第6話:証言と裏切り者

時を少々遡り、この日の昼頃。

渓谷の向こう側にある小さな農村にて、事件の調査が行われていた。


一人の騎士が大声で叫ぶ。

「おい!!!シルバ団長がお見えになったぞ!!!」

騎士達が道を空け、一人の巨漢が悠々と歩みを進める。


大剣を豪快に背負う、この男の名はシルバ。

栄えあるアードレン男爵家騎士団の団長である。


騎士に案内された先には、冴えない中年男性の姿が。

「シルバ様、この方です」

「貴殿が村の代表か」

(少々頼りない気もするが……)


「あ~はい。一応戸籍には村長として登録されています」

「そうか。では昨日の事件について色々と聞かせて欲しい」

「わかりました。知っていることを全てお話させていただきますね」

「頼む」


数十分後。

「まぁそんな感じで、おそらく事故の可能性が高いんじゃないかと。元々ガタがきていた所に、大きな馬車と騎士何人かが同時に乗ったので、崩落するのも無理はないです」

「ふむ……ではなぜ修復の申請を出さなかったのだ?」

「冗談抜きで、もう百回以上は送っていますよ。何年経っても返事すら返ってきませんけど」

「な、なに?それは本当か?」


「本当も何も、男爵家の方々は皆ご存知のはずです。逆に団長様にまで届いていないことに驚きですよ」

「はぁ……結局、我々男爵家側の責任だったか……」

団長は溜息を吐いた。


「最後の確認だが、ここの村人を含めた誰かが企んだことではないのだな?」

「はい。その時間は男爵様が視察に来られるということで、村人全員ここで待機していましたから」


「他の誰かが犯行に及んだ可能性は?」

「いやぁ~、ここら辺の森は歴戦の狩人ですら行方不明になるほど危険なので、部外者が通り抜けるのはあまり現実的ではないですね。もし一般道を利用して計画を実行したのであれば、足跡の痕跡ぐらい残っているか、それか目撃証言の一つや二つくらいあるんじゃないかと。なぁ、皆」


村長がそう言うと、後ろの狩人達が大きく頷いた。


「ふむ。正直私は男爵家の誰か……特に、小さな頃から森に入り浸っているリュウ様辺りを怪しんでいたのだが、その線は薄いようだな」


実際の所、現当主であるリュウを裁けるのは、子爵階級以上の偉人のみ。つまり一騎士団長のシルバが疑ったところで特に意味はない。また本人もこの事をきちんと理解しているため、声を大にして言うつもりはない。ただの興味本位での真犯人探しである。


「あの~、リュウ様って今おいくつでしたっけ?」

「確か今年で十四歳になられたはず」

「じゃあ絶対に無理だと思いますよ。言い方は悪いですが、これは大人数人でも難しい話なので、子供一人では尚更です。というか、それ普通に不敬なのでは?」

「……」


村長はごもるシルバ団長を見て、気を遣い会話を終わらせる。

「では引き続き調査を頑張って下さい。あと、できれば橋の修復も急いでもらえると助かります。我々にとっては生命線といっても過言ではないので」

「相分かった。調査の協力、感謝する」


騎士数名がここに残り、団長を含めた調査隊は、渓谷に沿って川の下流へと馬を走らせた。


村長は深く息を吐く。

「ふぅ……」

(これで良いんですよね?“リュウ君”)


実はこの男は、リュウが家族やセバスを除き、唯一信を置いている知人なのだ。冴えない見た目をしており、一見頼りない印象を受けるが、今のやり取りからわかるように、“あのリュウが”作戦の一部に組み込むぐらいには優秀な人物なのである。


結局この後、アードレン男爵が亡くなった事件は不慮の事故として片づけられ、リュウが継いだ事を含めて書簡に記し、帝国の首都に早馬が送られた。




それから数日後の晩。

「マスター、美味い酒を一杯」

「あいよ」


町唯一の酒場のカウンター席にて、リュウは情報収集を行っていた。彼は外套を深く被っている上、身長も成人と同等以上には高いため、当主本人だとバレることはない。実際、酒場内には似たような風貌の冒険者が複数いるので、特に怪しまれる心配もないだろう。


ちなみにこの国の法律では、酒は十五歳からだと定められているため、十四歳のリュウは普通にアウトである。


そんな彼がなぜここに来たのかと言うと……。

(酒場とは様々な情報が飛び交う場所。冒険者や商人、騎士が頻繁に出入りし、酔った勢いで何でも喋ってくれる。今の俺にはもってこいだ)


そこそこの葡萄酒をチマチマ楽しんでいると、後ろのテーブルから興味深い会話が聞こえてきた。

「最近、料理や酒の値段は変わってねぇのに、なんか量だけ減ってねぇか?」

「あー、やっぱそうだよな?まぁ、ここの店は料理も酒も美味いから別に良いんだけどよ。隣の食堂まで減ってんだもんな。さすがに困るっての……」


リュウは目の前でグラスを拭いている、強面の男に問う。

「マスター」

「なんだ」

「後ろの連中曰く、最近料理やら酒やらの量が減っているらしいが、何かあったのか?」


「……」

しかしマスターは口を閉ざしたまま。


「マスター、この店で一番高い酒を頼む」

「あいよ。待ってな」

マスターは棚の奥にあった最高級の酒を取り出し、グラスに注いだ。いわゆる情報料というやつである。


「商人が急に値段を上げやがったんだ」

「本当か?」

「ああ。ずっと不景気だっていうのに、ここにきてまた一段つり上げやがって……」


リュウはフードの中で眉を顰める。

(どういうことだ?そんな情報、一切挙がってきてないぞ)


「誰かに言わなかったのか?例えば……男爵家の人間とか」

「何度も言ったさ。だが商人に掛け合うどころか、見せしめという名目で売上の一部を没収して行きやがった。そのおかげで飯を出す店がいくつか潰れたんぞ?ここと隣の食堂もいつまで持つかわからん。俺達に何か恨みでもあるのか、アードレンは?」

マスターは怒りを露わにした。


(マンテスター男爵め。アードレン男爵家どころか、領内全体を少しずつ弱体化させる作戦を企てているようだな。だが残念。無能な当主はもう消したぞ。これからは俺の掌の上で転がしてやる)


「それは災難だったな。でも何日か前に当主が代替わりしたらしいぞ。詳しい理由は知らないが」

「ふん、ざまぁみろってんだ。これで少しは変わってくれるといいんだがな……」

「俺もそう願っている」


「マスター、もう一杯」

「まいど」

「最後に売上金をふんだくった馬鹿の名前を教えてくれ」


マスターは再び酒を注ぎつつ、言った。

「確か……ベルターつったか」

「そうか。感謝する」


リュウは酒を飲んだ後、カウンターに金貨を置き、

「また美味い酒を飲みに来る」

「それまで店があれば出してやるよ」

皮肉を利かせた冗談に口角を上げながら踵を返した。




「ということがあってな」

「なるほど、情報操作ですか。情報の規模から考慮するに、おそらく複数犯でしょうね」

「俺もそう思う。早急にベルターとかいう裏切り者を捕らえ尋問し、仲間を炙り出せ。どうせマンテスター男爵と繋がっているだろうから、ついでにそっち方面の情報も引っ張り出してくれ」

「承知いたしました。直ちに」



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