第4話:暗殺
「はっ‼」
御者が掛け声と共に鞭を打ち、当主を乗せた馬車は、ついに例の橋を渡り始めた。
馬車がガタゴトと揺れるが、当主等はそんな事を気にも留めず、今度はリュウへの悪態を肴に盛り上がっていた。
「ねぇねぇグレイ様、そういえば男爵家の長男は今何をしているの?」
「あぁ……あの無能野郎か。アイツは昔から何の努力もせず、毎日家の外で遊んでばかりだからな。どうせ今も森の中で、ウリ坊と追いかけっこでもしているんじゃないか?」
「「ぷっ、あははは‼」」
当主は酒も入っていることで上機嫌になり、続けて悪態をつこうとする。
「くっくっく。アイツには絶対当主は継がせな……」
だがしかし、その瞬間。
ドォン!!!
鈍い衝撃音が響き渡った。
「「「???」」」
すぐに窓の外から騎士達の声が聞こえたが……。
「御当主様、もうじき橋が崩れます!至急避難を!」
バキバキバキ!!!
それは橋が崩壊する音に、一瞬でかき消されてしまった。
馬車と騎士等はどうすることもできず、重力に身を委ねた。
もちろん、中にいる当主達も例外ではない。
「きゃー!!!」
「グレイ様、助けて!!!死にたくない!!!」
「どけ‼邪魔だ、クソアマ共‼」
(まずは外に出ないと死んじまう!どうにか俺だけでも……!)
当主は女達を押しのけ、必死に外に出ようとするが、落下中の馬車内で上手く動ける筈もない。それでも足掻き、何とか扉の位置には辿り着いたものの、結局開けることは叶わなかった。
当主が最後に窓から見た光景は、悠々と聳える渓谷と、その上から冷たい表情でこちらを見下ろしている……。
(リュウ???犯人はまさかアイツだったのか!?!?!?)
「リュウゥゥゥゥゥゥゥァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!」
馬車は派手に水面に叩きつけられ、その音は当主の断末魔と共に、渓谷に木霊した。そして亡骸や瓦礫は瞬く間に濁流に飲み込まれ、川の藻屑となった。
その頃、当の犯人であるリュウはというと……。
「おぉ、なかなか良い音が鳴ったな」
渓谷の上で、呑気にその様子を眺めていた。
「まぁクソ親父と妾以外の奴等には、少し申し訳ない気もするが、これも必要な犠牲だ」
(この残酷な世界において、全てを救うことなど到底できはしない。己が絶対に守りたい者達以外は、冷酷に切り捨てるが吉。毎度毎度迷いをみせていれば、いつか必ず足元をすくわれる)
リュウはそう呟き、踵を返す。
そんな彼の拳には紫電が迸っていた。
その日の夕方。
リュウはいつものように背中に獲物をぶら下げ、旧邸に帰宅。母と妹に挨拶をし、セバスに食材を渡した後、風呂に入った。
ここまでセバスとリュウは、特に作戦についての会話をしてはいない。リュウがいつも通りの生活を送っているということは、つまり“そういう事”だからだ。
その後、母の部屋にて三人で食事をとっていると……。
「アイリス様!!!リュウ様!!!レナ様!!!」
セバスが焦った表情で入室してきた。
母が冷静に問う。
「落ち着いて、セバス。何があったの?」
「本日の昼頃、領地視察中の馬車が橋の崩落に巻き込まれ……」
「う、うん」
ここで三人は、ゴクリと生唾を呑む。
「男爵様を含めた計七名が、命を落としたそうです」
「「「!?!?!?」」」
急な出来事に、驚愕した。
「そ、そんな……あの人が……?」
「お、親父……」
「お父様……」
リュウはともかく、アイリスにとってのグレイは、一応長年愛し合い、子を二人成した相手でもあるので、たとえ今このような扱いを受けていようとも、亡くなれば悲しみが勝るのである。レナも母に似て優しいため、沈んだ表情をしている。
セバスは続ける。
「現在、念のため犯人の調査が行われていますが、橋近郊にある農村の長曰く、経年劣化による崩壊の可能性が非常に高いとのことです」
「確かに俺達がここへ追いやられる前から、しばしば地元住民から橋の修復に関する話が挙がっていたが……」
「現状を考慮するに、おそらく男爵様は動いていらっしゃらなかったようですね……」
「自業自得と言えばそれまでなのだが、さすがに急すぎだろう」
「おっしゃる通りです」
数分後。
「二人とも、もう大丈夫か?」
「ええ。取り乱しちゃってごめんね」
「私ももう落ち着いたよ」
「では今後の話をさせてもらう」
リュウは一息置いた。
「言葉を選ばずに言わせてもらうが、親父が死んだ今、当主の座は自動的に俺に引き継がれる。アードレン家は代々長男が上に立つ決まりだからな」
「その通りでございます」
帝国において、貴族の当主は必ず男性が継がなければいけない、などという下らない法律は存在しない。代々男性が継ぐ家もあれば、代々女性が継ぐ家も存在する。また性別関係なく、実力主義の家も存在する。要するにそこら辺の判断は、それぞれの家に委ねられているということである。実際、今代の皇帝は女性が務めている。
アードレン家の場合は代々男性が継ぐ決まりとなっているが、本来リュウは母に継いでもらいたかった。しかし彼女の体調を考慮し、渋々己が当主になることを選んだのである。
「というわけで、皆で戻るぞ。“俺達の本当の家”に」
その言葉に、皆無言で頷いた。
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