第2話:作戦会議
魔狼の遠吠えが響き渡る、満月の夜。
男爵家旧邸宅の一室で、二人の男が密かに計画を練っていた。
セバスは冷や汗を流しつつ、冷静に問う。
「ほ、本当にグレイ様を討たれるおつもりですか?」
「ああ、本気だ。これしか方法はない」
「そうですか……」
セバスはかなり昔からアードレン男爵家に仕えているため、リュウやレナを孫だとすれば、グレイは息子のような存在なのである。いくらグレイが現在自身等を除け者のように扱っているとはいえ、本当にその命を奪うと聞けば、若干憚ってしまうのも仕方のない話。
しかしグレイ一人と、リュウ・レナ・アイリスの三人を天秤にかけるのであれば……。
(覚悟を決めなければなりませんね。私如きに信を置いて下さる、リュウ様達のためにも……!)
「どうやら決心できたようだな」
「はい、おかげさまで」
リュウは続ける。
「ちなみに今回の最終目標は男爵家の奪還ではない」
「エリクサーの確保ですね」
「その通り。だが男爵家の金庫を全て開けたところで、必要な金額の半分にも満たない」
全盛期のアードレンであれば話は違ったのだが、グレイが当主を継いでからというもの、男爵家は凄まじい速さで衰退の一途を辿っているのだ。
「あのクソ親父はシンプルに無能だからな。セバスや母さんが領地経営に携わっていた頃でさえギリギリだったのに、その二人を追い出したんだ。結果は火を見るよりも明らかだろう」
「あまり陰口は好きではありませんが、ごもっともでございます」
今や男爵領の税は、以前の倍。領は発展するどころか衰退しているのにもかかわらず、徴収税ばかりが上がっていくので、領民から見れば、倍どころの話ではないだろう。この状況で謀反が起きていないことが奇跡だと思えるほどに、領の現状はボロボロなのである。
「極めつけは性格や女癖まで最悪ときた。やはり死んだ方が男爵領のためだな」
「そんなに言わなくても……」
「これでも言い足りないくらいだ」
ここで一息置き、二人は紅茶を飲みつつ会議を続ける事に。
「相変わらず、セバスの出す茶は絶品だな」
「身に余る光栄でございます」
「エリクサーの資金を確保する方法は、今のところ四つ。一つ目はさらに税を上げる方法。まぁ、これはダメだな」
「はい。さすがに謀反が起きます」
「二つ目は一年以内に領地を発展させ、新たな資金源を捻出する方法」
「数年以内であれば可能かもしれませんが、一年ではほぼ不可能ですね」
「俺もそう思う。うちの領地は何もない事で有名だからな」
「三つ目は、男爵家に凄腕暗殺部隊を結成し、エリクサーを秘密裏に奪い取る方法」
「万が一成功しても、きっと我々は、真実を知ったアイリス様に半殺しにされてしまうでしょう」
「母さんは変なところで真面目だから、犯罪で手に入れたという事を知れば、俺達を連れて自首するかもしれん。あと母さんは怒ると怖いんだ。これもボツ」
「そして四つ目は……現在密かにアードレン男爵領の乗っ取りを企てているマンテスター男爵家を返り討ちにし、逆に全てを奪い取る方法」
「!?!?!?」
このタイミングでリュウは爆弾を投下した。
「そ、それは本当ですか?」
「残念ながら事実だ」
「なんと……」
「最近、森の中でちょくちょく、マンテスターのとこの騎士を見かける。これ以上は言わなくてもわかるだろう?」
「は、はい」
アストリア帝国の法律上、貴族同士の争いは特に禁じられていない。だがその代わり、自領の兵士を許可なく他貴族領に侵入させる事は厳禁と定められている。侵入させていいのは、その地の貴族と争うと決めた時だけだ。ちなみにここで言う許可は、“関所を通る”という意味である。
要するに、マンテスター兵がすでに数回アードレン領に不法侵入しているということは、この後マンテスターは必ず攻めてくる、という合図なのである。
「マンテスター男爵家はいつ頃アードレンを攻めるつもりなのでしょう」
「見たところ、今はまだアードレン領内の地形を調査している段階だ。そのため本格的に仕掛けてくるのは、およそ二、三ヵ月後だと推測している。ちなみにクソ親父は、現在窮地に立たされている事に一ミリも気付いていない」
「なるほど」
アードレン男爵を暗殺した後、直ちに隣領との戦争に向け準備を整えなければならないのである。もちろんそれはアードレンの改革を進めつつ行うため、常人のキャパシティを大幅に超えた仕事量であろう。しかし、彼等には特に問題ないのかもしれない。
リュウは紅茶を一気に飲み干し、カップをテーブルに置いた。
「昔から親父の面倒を見ていたセバスには悪いが、以上の理由を以て、アイツの暗殺などはただの準備運動に過ぎない」
「いえいえ。すでに決意は固まっているので、ご安心を。むしろ作戦実行日をできる限り早めた方が良いと考えているくらいです」
「明日だ」
「???」
「だから、クソ親父の暗殺は明日だ」
「……へ?」
リュウの急な発言に驚きながらも、セバスは顎鬚を擦りながら思考を巡らせる。
(明日……?リュウ様の事ですから、何か理由があるはず。明日、明日……。明日は……)
「!?」
「気付いたようだな」
「はい。明日は……半年に一度の、領地視察が行われる日です」
領地視察とは、貴族家の当主が馬車に乗り、一日掛けて領地を視察する行事である。
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