【能ある龍は爪を隠す】~無能と呼ばれた男爵家長男、実は陰で努力するタイプの天才でした~
田舎の青年@書籍発売中
【第1章-エリクサー】
第1話:アードレン男爵家の事情
ここは世界で最も大きな大陸、ベイルランド。
現在この地では、常にどこかで戦火が上がっており、大陸全体に殺伐とした雰囲気が漂っていた。そんな荒れた大陸の南側に、アストリア帝国という軍事経済ともに優れた国が存在する。
帝国の辺境に位置する、とある森の中で。
「…………」
黒髪の少年が黙々と剣の素振りをしていた。彼の名はリュウ。
正式名称はリュウ・アードレン。アストリア帝国に属するアードレン男爵家の長男である。
今年十四歳になる彼は、毎日のように訓練に明け暮れていた。
(俺ももう十四か。剣術も魔法も、以前よりは大分マシになった)
そう考え事をしつつ鍛錬を続けていると、近くの茂みがガサゴソと揺れた。
リュウは焦らず、冷静に構えの姿勢をとる。
すると。
「ブガァァァァ!!!」
茂みから大型犬程度のイノシシが飛び出し、リュウ目掛け突進を開始した。
「Eランクのレッサーボアか。ちょうどいい。夕食の足しにさせてもらおう」
リュウは深く息を吐きながら目を瞑り、感覚を研ぎ澄ませる。
地を蹴り、一瞬でボアに肉薄。
ぶつかる瞬間に身を捻り……。
ザシュッ。
美しい太刀筋で首を斬り落とした。
「ふぅ……他の魔物が寄ってくる前に血抜きを済ませようか」
そしてリュウは戦いの余韻に浸ることなく、すぐに血抜き作業に移った。
その日の夕方、アードレン男爵家の“旧邸宅”にて。
「お兄様、お帰りなさい!」
「おかえりなさいませ、リュウ様」
「ただいま。二人とも」
リュウを出迎えた可愛らしい少女の名はレナ。彼女はアードレン男爵家の長女で、彼のたった一人の妹でもある。
その横に立つ執事の名はセバス。リュウとレナが生まれた時から、常に二人に仕えている敏腕執事だ。
「お兄様、そういえばお母様が呼んでいましたよ」
「わかった。だがその前に……セバス、このイノシシを頼む」
「かしこまりました。直ちに」
リュウはセバスにレッサーボアを渡し、母の待つ部屋へ向かった。
コンコン。
「母さん、今帰った」
「入ってちょうだい」
ガチャ。
ベッドに寝たままリュウに笑顔を向ける女性の名はアイリス。アードレン男爵の正妻である。彼女は数年前から病に伏しており、一日のほとんどをベッドの上で過ごしている。
「わざわざ悪いわねぇ」
「どうせ晩飯までは暇だから気にしないでくれ。それよりも体調はどうだ?」
「特に悪化はしていないけど、以前と変わらず、と言った感じかしら……ゴホゴホ……」
「……そうか」
(嘘を付け)
リュウの考えている通り、母の容態は数ヵ月前から少しずつ悪化してきている。彼女は子供たちに心配させぬよう、平然を装っているだけだ。
(予定よりもかなり早めだが、“例の作戦”を決行するか。やむを得ん)
母はリュウの服に、血が付着していることに気が付いた。
「今日も食材を取ってきてくれたの?」
「ああ」
「いつもいつもありがとうね。リュウには頭が上がらないわ、本当に」
「いいんだ。修行の一環だから」
ここだけの話、彼が獲物を持って帰らない日はない。
「それで、何か用があるのか?」
「いえ、愛する息子の顔が見たくなっただけよ」
「なんだそりゃ」
リュウは苦笑いをした。
そして母は、貴族が住んでいるとは到底思えないほど質素な室内を見渡す。
「ごめんね、私のせいで……」
「母さんは何も悪くない。悪いのは全部、あのクソ親父だ」
「……」
今から約五年前、母アイリスは難病を患った。
医者が診断した結果、この病はエリクサーと呼ばれる特殊な魔法薬でしか治せない事が判明した。
問題はここからだ。
エリクサーは超高級品であり、一男爵家如きの財産では、到底購入などできはしない。そもそも現在のアードレンは、帝国貴族の中で最も貧しいと言っても過言ではないため、尚更手を出せるはずもなく。
男爵家当主グレイ・アードレンは、その事実を知るや否や、『周囲の人々に病が移ってしまう』とこじつけ、まるで厄介払いするかのように、弱った妻を古びた旧邸宅へと追いやった。彼女の病は周りに移るタイプの病気ではないのにもかかわらず、だ。
アイリスに付いて行ったのは、リュウ、レナ、そしてセバスの三名のみ。また時間が経つに連れ、当主はこの三人にも冷ややかな目を向け始め、今では半ば絶縁状態に。
毎月本邸から送られてくるのは、最低限の資金と粗末な食材のみ。間接的に、この四人に“さっさと死んでしまえ”と言っているようなものである。
リュウが毎日、魔物の生息している森に潜り獲物を狩ってくるのは、これが主な理由だ。
「リュウ様、レナ様。食事の準備ができました」
「はーい。私は今日もお母様と一緒に食べるから、お母様の寝室に持って行ってくれる?」
「俺は用事を済ませた後に食べるから、テーブルの上に置いといてくれ」
「了解いたしました」
リュウは自室に戻り、羽ペンを滑らせた。
ヒビの入った窓から月光が差し込み、彼を美しく照らす。
ふと本邸の方へ視線を向けると……。
当主が若い女の腰に手を回しながら、意気揚々と本邸の中に入っていった。
「チッ。また女を連れ込んでいるのか。今年で何人目だ……?」
(すでに沢山の妾を侍らせているのにもかかわらず、一体何人の女に手を出せば気が済むんだ、あの猿は)
「そんなくだらない娯楽に使う金があるのなら、なぜもっと母さんのために使ってやらない……!」
リュウは羽ペンを強く握りしめた。
その日の深夜。セバスはリュウの自室に呼び出された。
「リュウ様、お待たせして申し訳ございません」
「こちらこそ急に呼び出してすまない。早速本題に入るが……セバス、お前も気づいているな?母さんの事」
「……はい。御夫人様の病状が三か月ほど前から急激に悪化してきております」
「その通りだ。おそらく母さんの身体は後一年も持たない」
「もっと私めに力があれば……」
セバスは俯き、己の無力さを恨んだ。
「お前はいつも良くやってくれている。自戒しなければならないのは俺の方だ」
「そ、そんなことはございません!」
「まぁ、落ち着け。少し脱線してしまった。話を戻すぞ」
リュウは続ける。
「母さんを救うには、俺たち全員で男爵家に戻ることが最低条件だ。……だが一人では厳しい。お前も手伝え」
セバスは目を丸くした。
「念のためお伺いしますが、一体どのような方法でお戻りになる予定ですか?」
「それは決まっているだろう」
リュウは今一度セバスに視線を合わせ、はっきりと言った。
「殺すんだよ……全ての元凶である、あのクソ親父を」
「!?」
アードレン男爵暗殺計画、始動。
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