お客様の故郷の料理はどうするべきか
前書き
二話連続投稿の一話目になります。
◆
(え……?)
異世界に来た優斗は混乱の連続だ。なんなら今いる部屋にだって戸惑っている。
「こちらが優斗様のお部屋になります」
「は、はい。ありがとうございます……」
案内をしてくれたネヴァの声に、優斗は我に返れているのだろうか。
大きな部屋というものは病院の大部屋しか知らない彼は、アイリスによって提供された自室の広さと豪華さが理解の範疇の外だった。
軽く走り回れるような部屋には、小柄な優斗なら五人は横になれる巨大なベッドの他に、見事な作りの調度品が溢れていた。
(可愛い……)
ポカンとしている優斗の顔を見たアイリスとネヴァの主従は同じ感想を抱いた。
優斗が無我夢中で狼の群れに飛び込んで、胸をときめかせた王女とメイドは、スタッフとしての仕事以上に彼へ入れ込んでいる。
元々上位存在に作られた生命体である彼女達は人間とは言い難く、精神構造も人と似てはいるがやはりどこか違う。
そのため他のテーマパークでも、普通の客に何かしらの美点を見出して急接近するスタッフがよく発生していた。
「水洗トイレと、浴室でお湯を出す方法もご説明します。魔法的技術によるものですが、優斗様の操作は単純なものになります」
「お湯……魔法……」
更にネヴァが説明を続けると、優斗は魔法という言葉に誤魔化された。
(没入感を高め過ぎて不便になるのは本末転倒ですからね)
柔らかな笑みを浮かべ、物語に登場する美しいお姫様そのものなアイリスの心の中は妙に現実的だった。
だからこの世界の住人は毎日風呂に入るし、下水道の処理だって完璧だ。
そして上位者が作成したマニュアルには、文明レベルに合わないものは全部魔法でごり押ししろと、無責任なことが書かれていた。
「それでは食事をお持ちしますので、少々お待ちください」
一通りの説明を終えたネヴァが食事についても言及する。
勿論、この食事一つをとっても裏方のやり取りがあった。
◆
「今回はパンでいいんだが……」
城の厨房で働く男達が、ネヴァの持っていった洋食についての議論を始めていた。
「正直なところ……非常に難しい問題だ」
「ああ。世界観を大事にするならパンだが、毎日米を食べてたお客さんが一生食べられないのは苦痛なはず」
議論の中身は、日本人である優斗の故郷である和食をどうするかについてだ。
当然ながら剣と魔法の世界観を優先するならパンが優先される。しかし、客が日本人である以上は主食である米が全く提供されないのは問題だった。
「オリジナリティを出して、そのテーマパーク特有の動植物による食事を提供しているところはどうなんだ?」
「俺も気になっていた。没入感を高めるのにはいい試みだと思ったが、聞いたこともない植物を受け入れて貰えているのか?」
ここで一人の料理人が参考になるかもしれないと思い、地球上には存在しない食材での料理を提供しているテーマパークについて尋ねる。
話題に上がったテーマパークは、異世界でトマトやリンゴが普通に存在するのは興ざめになるという理由で、そのような食材を使用している。だが、業界全体では意見が纏まっておらず、没入感を優先するのはいいが馴染みのない料理を注文して楽しめるのかという疑問の声も多かった。
「基本的に味も見た目もいいものを出してるから、その点では問題になってないと聞いたな」
「案外大丈夫なのか」
「だが、分かりやすい食材を使うのも一つの正解だとは思うぞ。それに短期的な今は問題なくても、長期的な視点では問題が出てくるかもしれん」
「同意する。異世界にも同じものがあるんだと思われても、馴染んだ食材があるのはお客さんにとって大事なことだ」
「ああ。それに、やはり故郷の主食が食べたいと思うお客さんは多いらしい」
世界観を優先する食事は案外受け入れられているらしいのだなと頷く料理人達だが、長期的な視点で考えると元の世界の食事が存在するのはプラスに働くはずだと考えた。
「いきなり世界観をぶち壊すのはよくないから、今の対応は間違ってないと思う。だから、東方より伝来した食事ということで、少しずつ和食も混ぜてみるのはどうだ? そしてお客様の反応がよかったら、交流が活発になったということで増やしていく」
「なるほどな」
「それはいい。なら……いい反応が返ってきたら、東方から来た一家が定食屋を初めてみた。とかすれば、お客さんも好きな時に行けるだろう」
そして料理人達は、可能な限り世界観を壊さない流れで和食を提供する方法を思いつき、手が空いている者達にこの話をすることを決めた。
「聞いた話では、米を育てるところから始めるお客さんもいるとか」
「専門家のお客さんか?」
「いや、なんとなくで始めたようだが、スタッフが色々と手を回して上手くやったようだ」
「いきなりは難しいだろうからそれで正解だ」
「スローライフ系はいきなり失敗したら面白くないはずだからな」
「いや、失敗も楽しめるお客さんもいるはず。上級者向け、初心者向けの分類が必要だろうか?」
「ふーむ。その辺りは今度、他のテーマパークのスタッフと話し合うときに聞いてみよう」
「頼んだ」
更に続いた話は少々脱線したが、それでも念頭にあるのはただ一つ。
ただお客さんに楽しんでもらいたいという気持ちだった。
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