屑勇者
「……あれ? 確か……」
ゆっくりと目を覚ました優斗は全く覚えのない天井に困惑するが、記憶はしっかりしていたので狼を追い払ったことや王宮に連れていかれたことは覚えていた。
「よかった。優斗様……」
「ア、アイリス様?」
「はい。アイリスです。ネヴァもいますよ」
そんな優斗を心配そうに見つめていたのは、ベッドの隣の椅子に座っていたアイリスとメイドのネヴァだ。
「申し訳ありません。私達の配慮が足りないばかりに……」
「い、いえそんなことはありません! 自分の方こそ気を失ってたみたいで申し訳ないです!」
これ以上ない失態を演じてしまったと言わんばかりに表情が暗いアイリスとネヴァだが、優斗は両手を振って自分が悪いと断言する。
強いて言うならば、悪いのは人間への理解が薄いのに脚本とマニュアル、この世界を作り上げた上位存在だろう。
(夢じゃなかった……異世界に来ちゃったんだろうか……車とか走ってなかったし、なんか空を飛んでた人もいたような……)
一度脳がリセットされて落ち着きを取り戻したのか、優斗は馬車の中から眺めた文明レベルや人々の服装に生活、更には摩訶不思議な光景を思い出し、ひょっとして自分は異世界に来たのではないかと考えてしまう。
常識的に考えるならあり得ないことだが、なにか科学では説明できない現象が起こっていないと、病院で寝ていた優斗がここにいることが説明できなかった。
「安心してください。優斗様は私の命の恩人なのですから、困ったことがあればなんでもサポートさせていただきます」
「あ、ありがとうございます」
「はい」
暗い表情から一転して、安心させるような微笑を浮かべるアイリスの提案には、優斗も素直に感謝の言葉を述べる。
全く状況が分かっていない上に生活能力が乏しい優斗は、この状況で放り出されると間違いなく死んでししまう確信があった。
命の火が消える感覚を覚えていても、態々二度目を体験したくないのは生物としての本能だろう。
「失礼するよ」
突然部屋の扉が開かれると、男一人と女三人の集団が入って来た。
礼服を身に纏った先頭の男は肌が日焼けしており、少々伸びた金の髪と灰色の目が室内の光を反射している。
そして女性たちは全員が美女、美少女で、まるで男に付き従うように控えていた。
「勇者ケビン⁉」
アイリスが驚いたように男の役職と名を口にし、優斗を庇うように彼の前に立つ。
その男、勇者ケビンはどこか粗野でいやらしい笑みを浮かべようとして……。
「王女様を助けた男ってのを見に……」
その時、勇者ケビンに電流が奔る。
「ゆ、勇者様なんですか⁉」
(す、凄い! 本物の勇者って呼ばれてる人だ!)
きらきらと、それはもうきらっきらに眼を輝かせた優斗の表情で全てを察してしまう。
(古き良き勇者が好きなタイプだ! ええいマニュアルと脚本はどうなってんだ! 最近は屑勇者が流行ってる筈だろ⁉)
心の中で驚愕するケビンの役目は、仲間を追放したり嫌味を言って客のヘイトを買い、最終的に没落して泣きわめくことだ。
しかし忘れてはならない。ここは客の夢を守るテーマパークであり、流行りしか想定していない状況だろうが、お客様第一を優先する必要があった。
そしてあまり裕福ではなかった優斗にとって、読むことができた本の物語とは王道で使い古されたものばかりだ。つまり内容は古き良き時代の勧善懲悪であり、勇者はまさに英雄に相応しい人物しかいなかったのだ。
だから……スタッフとしてケビンが選べる選択は一つだけである。
「ああ! 俺がこの国一番の勇者ケビンだ!」
浮ついた表情など欠片もなく、頼もしさを感じる好青年の勇者として挨拶するしかなかった。
「君の勇気が王女様達を助けたと聞いてね。是非一度会ってみたかったんだ」
「そんな⁉ 僕、本当に覚えてなくて!」
「いや、体が勝手に動いたということは、君もまた勇気を持つ者なんだよ。この俺が保証しよう」
「あ、ありがとうございます!」
まさしく勇者らしい爽やかな笑みを浮かべるケビンと、喜ぶ優斗を見ていたアイリス、ネヴァ、そして他の女達はどうしたものかと視線を絡ませる。
今回は単なる顔合わせであり、暫くすると勇者ケビンによって追放された者が優斗のところに転がり込む予定だった。そしてケビンは傲岸不遜な態度を取り続け、優斗に敗北するのが結末の筈なのだ。
だから……。
「お、俺は……俺は……! 屑勇者失格だ!」
部屋を離れたケビンは別室で四つん這いになり床を叩いていた。
「本当よ!」
「どうするんですか!」
「私達関連の脚本がぐちゃぐちゃなんだけど!」
更には虐げることによって屑勇者の所業を見せつけられる筈の女達まで、ケビンに遠慮なく言葉を投げつける。
「だ、だがあんな純真な目で見られたら屑勇者なんて演じられないだろ⁉ ここは人の! お客様の夢を壊す場所じゃねえ! 俺達スタッフは臨機応変な対応が求められるんだよ!」
「うっ」
「まあ……それは……」
「確かに……」
そんな女達だったが、ケビンにスタッフとしてあるべき姿勢を熱弁されると頷かざるを得なかった。
ここはお客様第一のテーマパークであり、人の夢を守るための場所だと言われたなら、全スタッフがその通りだと頷くだろう。
「じゃあどうすんのよ」
だがそれはそれとして、予定が粉微塵になったのは間違いない事態なため、今後の修正が必要だった。
「このままきちんとした勇者を演じるしかない……!」
「私の追放はどうするんです?」
「却下だ。時折見かける勇者一行の凄腕魔法使いのままでいこう」
「本当にそれでいいんですね?」
「屑勇者ならともかく勇者一行が瓦解するなんて夢も希望もないだろう。お客様にとっての勇者は正義の象徴なんだよ」
ケビンはこのまま大真面目な勇者を演じると断言し女達も納得した。
「あんた、あれだけ石を投げられてみじめに泣きわめく演技の練習してたじゃない」
「それでもだ。俺の努力はお客様に楽しんでもらうためであり、優先順位を間違えてはならない!」
だがケビンは屑勇者として弛まぬ練習を重ねていた、屑勇者の中の屑勇者だ。そして雨の中でも泥の中でも完璧な惨めさを演出できる域にまで到達していたが、客のためにそれを綺麗さっぱり切り捨てる。
これぞまさにスタッフの中のスタッフである。
「だが確認とフィードバックはしないと。別次元のテーマパークは屑勇者がヘイトを買った後に落ちぶれるのが流行りなんだよな?」
「はい。かなり受けがいいみたいです」
「お客様の中には、あー屑勇者ね。って感じで納得してる人もいるみたいよ」
「つまりそれだけ認知度が高くお約束の筈なんですけど……」
「決めつけはよくなかった。実際、古き良き勇者が好きなお客様もいたんだ。事前に普通の勇者と屑勇者、どちらが好みかの調査をしてから行動に移すべきだった」
「確かに」
「それはそうですね」
「言われてみれば」
そんなプロの元屑勇者と仲間達は反省も怠らない。
例え別の次元の流行りが屑勇者一色でも、個々にきちんと対応しようとするのが一流のテーマパークとスタッフである。
こうして優斗の知らないところで、屑勇者は真の勇者へと姿を変えるのであった。
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