異世界テーマパークへようこそ!襲われるお姫様!屑勇者!追放にざまあ!上下水道!更には完璧なマニュアルに従うスタッフが貴方をお出迎え!……マニュアルに不備がありすぎるんだけど!なんでもありませんお客様!

福朗

ようこそお客様!

前書き

ふと思いついたネタです。


◆ 


 客観的な視点で見ると、夜の病院で眠る吉田優斗の人生は不幸で構成されている。

 

 青年ながら生気のない顔は童顔で、かつ小柄な体格なため中学生に間違えらえれることが多い。


 そんな彼は親の顔を知らず施設で育ったものの病弱で、しかも不治の病まで見つかり、今まさにその短い生を終えようとしていた。


 不幸中の幸いだったのは、学校などの閉鎖空間特有の無邪気な悪意を向けられなかったことだが、それでも彼の人生の短さを考えると悲劇に分類されるだろう。


(眠ろう……)


 だが優斗はなにかを恨むことなどなく、あるがままを受け入れて穏やかな眠りに落ちていった。


【対象を確認。肉体的強度不足・変換。状態に問題あり・変換】


 どこか遠くで何かが動いた。


 悪意ではないものの、善意とも言い難い。さりとて無邪気でもない。敢えて表現するなら思い付きで作られた世界の門が開かれた。


 数百。数千。数万を超える世界の一つが優斗を受け入れる。


「……え?」


 永遠の眠りに落ちたはずの優斗は混乱の極みだった。


 そよぐ風はまだいい。夜の病院にいたはずなのに、太陽に照らされた草原に立っているのもいい。


「きゃあああああああ!」


「っ!」


 だが優斗の目の前では、横転した馬車を背にして悲鳴を上げている西洋のお姫様のような少女、更には彼女を庇っているメイド服の少女がいた。


 そして。


「ぐるるるる!」


 血に飢えたような狼が十頭ほどいて、恐ろしい唸り声を漏らしていた。


 そんな明らかに狼に襲われている少女達だったが、優斗を認識した途端に一瞬だけ人と獣の視線が絡み合う。


 そして狼が優斗の力を感じ取って一歩下がる前に……。


 病弱で世間を知らない少年の脳で、元々持っている生来のスイッチが入った。


「わ、わあああああああああ!」


 優斗は明らかな危機に直面している少女達を庇うため、情けない悲鳴のような叫びを上げながら、後先考えず狼の群れに突っ込んだ。


「えっ⁉」


 この突然の乱入に少女達だけではなく、狼も大きく混乱したようで優斗以外の全員が動きを止めてしまった。


 更なる異常事態も起こる。


「きゃいん!」


「げっ!」


「ぐごっ」


 小柄で筋力なんてものは微塵も感じない優斗の体に狼がぶち当たると、冗談でも起こっているかのように狼の方が吹き飛んでしまう。


 そして優斗を危険な生物と判断した狼達は、慌てて地面から起き上がり森の方へと逃げ出していった。


「はっはっはっ……はあ……はあ……」


 頭が真っ白になっている優斗は短い呼吸を繰り返すだけで、自分がなにをやってのけたかを理解できていなかった。


「あ、ありがとうございます! 私はアイリス・ブルー。ブルー王家の第一王女です! こちらはメイドのネヴァ! 貴方様のお陰で助かりました!」


「ネヴァと申します。貴方様は命の恩人です」


「はあ……はあ……」


 それは少女達が名乗っても変わらず、優斗は完全に脳の限界を越えて固まっていた。


「あ、あの」


「はあ……えっ⁉ はい⁉ なんでしょうか⁉」


 アイリスと名乗った少女は再び優斗に声を掛けると、ようやく現実に引き戻った彼は飛び上がって驚き、異常な現状ではなく目の前の人間だけが視界に入った。


「私はブルー王家の第一王女、アイリス・ブルーです。この度は危ないところを助けていただいて本当にありがとうございます」


「アイリス様のメイド、ネヴァと申します。重ねてお礼申し上げます」


「よ、吉田優斗です!」


 なんとか自己紹介を終えた優斗は、ここでようやくアイリスとネヴァの容姿を認識する。


 アイリスは王女を自称するだけあって豪奢な青いドレスを身に纏っているが、本人はその服に劣らぬどころか凌駕している。


 背丈は優斗と同じながら少し年上に見えるアイリスは、彼の短い生では見たこともない程に整った顔立ちをしている。パチリとした青い瞳は宝石のようで、白い肌と腰まで流れる金の髪は太陽に照らされて輝いているかのようだ。


 そしてどこかあどけない顔は優斗を心配するかのように覗き込み、やたらと距離感が近かった。


 もう一人のネヴァは役職名の通り、フリルの多いメイド服を着こなしているが、黒い瞳は若干目つきが鋭く、黒髪も短く切り揃えられている上に表情も乏しいので、どちらかというと護衛のように感じられる。


 更にアイリスよりも僅かながら年上なのか、少女と女性の中間であるネヴァの背丈はすらりとしており、小柄な優斗が少々見上げる必要があった。


「あの! その! ごめんなさい! あんまり女の人と話したことなくて!」


 だが、途轍もない美少女だろうが、できる女の雰囲気を漂わせていようが、優斗にすれば等しく慌てる存在だ。


 なにせ施設にいた異性は姉や妹のようなものであり、学校でもあまり交流がなかったせいで、身内以外の女性と至近距離で話した経験などほぼなかった。


「どうかお気を楽にしてください。優斗様は私達の命の恩人なのですから」


「無我夢中で覚えてないと言うか、とにかくなんとかしなきゃって思っただけと言うか!」


「ま、まあ」


 優斗を落ち着かせようとしたアイリスだが、全く考えず思ったことだけを口走っている優斗に、僅かながら驚いたような顔になる。


「姫様ー!」


「ご無事ですか!」


 そこへ突然、実用的な革鎧を身に纏った男達が、馬を走らせて急接近してくる。


「私はここです! ここにいる吉田優斗様に助けていただきました!」


「ご安心ください。我が王国の戦士達です」


 アイリスは大きくて手を振って自身の健在と恩人の存在をアピールし、ネヴァは事態に付いていけない優斗の耳へ息を吹き込むように話す。


「アイリス様を守っていただき感謝いたします」


「馬車もすぐ到着しますので、ぜひご一緒にどうぞ」


「王国の恩人でございますのでどうか」


「えっ⁉」


 馬から降りた男達は丁寧ながら、有無を言わさぬ勢いで優斗の予定を決めてしまい、アイリスとネヴァも当然だとばかりに頷く。


 優斗にそれを断る気概や理論など存在せず、川に浮かぶ木の葉のように流されてしまうのだった。


 しかし……。


 その光景を観察していた複数の目があった。森に潜んでいる者達は冷静に、そして正確に優斗をじっと見ていた。


 なにかの企みだろうか。恐ろしい陰謀なのだろうか。


 否。視線は狼のものだった。


「やはり……不備があるのでは?」


 驚くべきことだ。獣であるはずの狼の口から、はっきりとした人の言葉が発せられたではないか。


「確かに。いきなり放り込まれても訳が分からないだろう」


「俺もそう思った」


「酷く混乱していたな」


 しかも一頭だけではなく、狼全てが人の言葉で話していた。


「受付が必要だったな」


「受付? 普通にやっては意味がないし気付かれるぞ」


「そうだな……例えば……神の役目を用意する」


「ふむ」


「そして貴方は残念ながら亡くなりましたが、この世界に転移することになりました。強靭な力も授けますので、第二の人生を楽しんでください。まあ細部を詰める必要はあるが、こんなやり取りと説明があればワンクッション置けたはずだ」


「なるほどな。しかしもう後の祭りだ」


「色々と経験不足だから仕方ない」


「別次元のまだ人を迎えてない連中にフィードバックしておこう」


 恐るべき真実の一端が狼の口から飛び出したが、これを聞いたとしても人間では理解できないだろう。


 得体のしれない上位存在によるただの思い付き。


 そんなことで形作られた世界、人間、生物が存在するなど誰が理解できる。そして……外部から招かれる人間を楽しませるためだけに世界が動いているなど、予想すら不可能だろう。


 尤も作り出された狼だけではなく、アイリスやネヴァもちゃんとした生物であり感情を持つ。


「アイリスとネヴァの奴、女の顔をしてなかったか?」


「予定じゃ俺らがお客の力にビビる感じで逃げる。そんでアイリスがお客は凄まじい力を秘めているに違いないって言う流れの筈だったんだが……」


「力を自覚してない状態で、とにかく助けなきゃって動かれたからきゅんとしたんだろ」


「ちょろくね?」


「俺ら全員、生み出されたばっかりで人生経験ある訳じゃないしなあ」


「他所のテーマパークでも似たような事例が多かったりして」


「この業界じゃちょろいのが一般常識とか言われたくないぞ」


 狼達はアイリスとネヴァの表情が打ち合わせの時と違うことに気が付いていたが、脚本を木っ端微塵にしないのであれば客との恋愛も許容されていたため問題視しなかった。


 そして彼らの言う通り、生み出されたばかりの世界の住人は圧倒的に経験が不足しているのだが、そのせいで時折妙なことが起こる可能性を秘めていた。


「っていうかお客が突っ込んできたときはマジで焦った」


「どうしたらいいか分からなくなったもんな」


「俺のぶっ飛び方、変じゃなかった?」


 狼達は思い思いの感想を口にする。


 それらは全て、この異世界テーマパークをよくするためのものだった。


 一方、連れられた優斗は王国の王都……どころか王城の玉座の前に招待されていた。


 四十代の半ばか。豊かな金の髪に威厳ある髭も蓄え、鷹の様な鋭い青目が優斗を観察する。


(よいよい気にするな。礼儀がなっているな。よいよい気にするな。礼儀がなっているな。よいよい気にするな。礼儀がなっているな)


 国王ライリーはマニュアルに従い、王として優斗を出迎える準備を整えていた。


 彼の素晴らしい頭の中では、優斗がため口で話しかけてきた場合と敬語の場合の二つが想定されている。そしてため口なら気さくな王を演出して許し、敬語ならばその態度を称賛するべしというのがマニュアルだ。


(何度も練習した私に不備などない!)


 ライリーは王であるため頻繁に優斗と会うことができず、下手をすれば彼の役目はこれで終わることだって考えられる。そのためこの男は絶対に失敗できないと意気込んでおり、短い時間ながら他の者達と練習を重ねてきた。


(さあどっちだ!)


 客の言葉を聞き逃すなどスタッフ失格であるため、ライリーは集中力を高めて優斗の言葉に即反応しようと身構えた。


「……」


(ど、どっちだ⁉)


 だが優斗の反応は想定外の無言で、今か今かと待っているライリーは思わず喉を動かしてしまう。


「きゅう……」


「え?」


 均衡は破られた。


 目を回すという表現がぴったりな様子で優斗はばたりとふかふかの絨毯の上に倒れ、ライリーだけではなく騎士達も驚いた声を漏らす。


「き、気絶した?」


「早く医務室へ!」


「おきゃ……お気を確かに!」


 これには騎士達だけではなく大臣も大慌てで、優斗は気を失ったまま屈強な男達に運ばれ玉座の間から姿を消した。


「ど、どうなっている⁉ 体調不良……と言うよりは緊張か⁉」


 愕然とした声を漏らすライリーの周囲に、家臣であるはずの者達が身分を気にせず集合して顔を突き合わせた。


「よくよく考えたらいきなり玉座の間に連れてこられたら、普通の人間は緊張するだろ!」


「常識的に考えたらそりゃそうだ!」


「本当にあの台本とマニュアル正しいのか⁉」


 大臣や騎士達は会議室にいるかのような顔となり、演出に無理があったのではないかと意見を交わす。


 彼らの予想通り、急展開の連続で緊張の限界を迎えた優斗は気絶していた。元々人生経験も足りず、つい先日まで病室で過ごしていたのだからこれは当然だろう。


 そもそも、老若男女問わず同じ環境にぶち込まれたら、脳の処理限界を超えて倒れる者が出るのは予測できたはずだが、この辺りは上位存在の感性とでも言うべきか。


 人類全てがあらゆる状況と困難に対処できるものではないのだ。


「いや、先行で稼働しているテーマパークはまず、ため口か敬語の反応の二つで上手く回っていると聞いたぞ!」


「だがこっちの反応も現実的に起こり得る可能性が高かった! それを想定していないのは明確にミスだ!」


「なんてこった……」


「他所のテーマパークとも打ち合わせの必要がある。これはイレギュラーな事態ではなく我々の怠慢だ」


 嗚呼、素晴らしきプロ精神。上位存在が作り出したスタッフ達はすぐさま事態の反省を行い、別次元の同業他社との情報共有を決心する。


 全ては素晴らしきテーマパークを運営するために。

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