お客様の感謝はスタッフにとってなによりのもの

前書き

 二話連続投稿の二話目になります。前話もスタッフが頑張ってるので是非ご覧になってください!


 さて、料理人達が色々と話し合っている間、優斗は提供された自室でゆっくりと食事をしていた。緊張して倒れた彼に配慮してアイリスやネヴァはいなかったが、もしここにいたならどうしていいか分からずうろたえただろう。


「……おいしい」


 優斗は目を赤くして鼻水が出る寸前だった。


 最期へひた走っていた時期の彼は味覚が失われ、噛むという動作も不可能なほどに衰えていた。それなのにどんな奇跡が起こったのか、彼は今までに縁がなかった普通の体となり、自分の口で暖かいものを食べることができるようになった。


「……」


 一言呟いた後の彼は、ぽろぽろと涙をこぼしながら少しずつ食事を進めていく。


 緩やかに到着した死は確かに受け入れた。だがそれはそれとして、今を生きている感動が身を包んでいた。


 その抑えがたい気持ちは食器を回収しに来たネヴァが訪れた時も続いており、彼女を酷く驚かせてしまう。


「ど、どうされました⁉」


 ネヴァは明らかに泣いていたことが分かる優斗に駆け寄ると、なにか大きな問題があったのではないかと焦った。


 上位存在が作ったシステムは、テーマパークへ連れてくる客を選ぶ際、家族や親戚との関係が疎遠、または険悪であること。そして前の世界への未練がない死者を優先する。


 なにせ夢に溢れて楽しんでもらえるテーマパークを目指しているのだから、元の世界に戻りたいと感じる者を連れてきても意味がないのだ。


 しかし、業界全体がまだまだ発展途上でトラブルやイレギュラー続きなため、優斗が元の世界を恋しがっている可能性も十分あった。


「その、こんなにおいしいご飯は初めてで……感動しちゃいました」


「それは……ようございました」


 優斗が隠すことなく素直に伝えると、ネヴァはゆっくり微笑む。ただ、続けられた言葉には一瞬戸惑うことになる。


「よかったら作ってくれた方にお礼を言いに行きたいんですけど、厨房の方に……」


「……分かりました」


「ありがとうございます!」


 お礼を言いたい優斗だが、ネヴァの返答にはほんの一瞬だけ間があった。


 しかし、そこはネヴァもプロである。優斗に違和感を抱かせぬよう、一緒に来ていたメイドに目配せをすると、そのメイドはいつの間にかこの場を去っていた。


 ◆


「……はい?」


「……なんで?」


「ですから、お客様がお礼を言いたいそうです」


 メイドから事情を聴いた料理人達は大いに困惑した。


 例えばの話だが、遊園地内のレストランで客に料理を提供したとしても、厨房で働く者に態々お礼を言いに来る者はそういないだろう。


 つまり彼らにすれば、ホールスタッフでもないのに客と関わるのは想定していない事態だった。


「いや、俺らが部屋に行けばよくないか?」


「ネヴァはそういったことを嫌うお客様だと判断したようです」


「ふーむ。なるほど」


 ある料理人が、なにもお客さんがこちらに来る必要はないのではと思ったようだが、メイドはネヴァの意図を正確に読み取っていた。


 実際、ネヴァがそれを提案したとしても優斗は譲らなかっただろう。


「よ、汚れてないか?」


「……大丈夫だ」


「俺は?」


「問題なし」


 慌てて白い服を着た料理人達はお互いの姿を確認しているが、どこか嬉しそうだ。


 想定外の事態なのは間違いないものの、自分達の料理を称賛してくれるというのなら悪い気はしないようだ。


 なお彼らのいる厨房は、作り出した上位存在が料理もしたいお客さんもいるだろうと思いきちんと中世風だ。ただ、他の見えない部分はかなり機械的で、以前に紹介した水道や下水もその分類に含まれていた。


 更に余談で頓珍漢な表現になるが、街の下水道はダンジョン攻略の代名詞であるとして、お客さんが訪れることを想定した綺麗で清潔な下水道も作られていた。


 勿論スタッフの中には、中世スタイルなのに綺麗で清潔な下水道とはなんぞやとは思った者も多い。


「こちらになります」


 料理人達が色々と準備をし終えたタイミングでネヴァが優斗を連れてきた。


「あの、初めまして。吉田優斗……優斗吉田? 名前が優斗です。本当にご飯が美味しくて……その、ありがとうございました」


「いえ、仕事ですので、えーっと、どうかお気になさらず。ですが……そう言っていただけて我々も嬉しいです」


 人生経験が足りていない優斗と料理人達の言葉は非常にたどたどしいものだ。しかし、スタッフにとってお客さんの笑顔と喜びはなによりのものであり、中には感動している者だっていた。


「それではお部屋に戻りましょうか」


「はいネヴァさん。皆さん、失礼します」


「こちらこそ、態々ありがとうございました」


 その後もたどたどしい会話を続けていた優斗だが、ネヴァが気を利かして部屋に戻る切っ掛けを作り、先導して厨房を後にする。


 なおこのできるメイドだが、斜め上にもデキていた。具体的には色ぼけていると言っていい。


 それは彼女の主であるアイリスも同じだ。


「それでは優斗様、なにかありましたらベルでお呼びください」


「はい。ありがとうございますネヴァさん」


「滅相もありません」


 優斗を部屋に送り届けたネヴァは、その後にアイリスの部屋に向かうと、優斗がいないところでもメイドとして振る舞い入室する。


「初日のお背中をお流ししますプランは止めておいた方がいいですね。優斗様が倒れてしまいます」


「そうですね。ネヴァの言う通りゆっくりプランで行きましょう」


 だが部屋の中では色ぼけ馬鹿主従だった。

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異世界テーマパークへようこそ!襲われるお姫様!屑勇者!追放にざまあ!上下水道!更には完璧なマニュアルに従うスタッフが貴方をお出迎え!……マニュアルに不備がありすぎるんだけど!なんでもありませんお客様! 福朗 @fukuiti

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