第22話
「にしてもマジかよ」
思わず独り言が続く。南砂町駅地下に続く降り口のすぐ側で、壁にもたれてスマホを覗く。佐富士初夏とのメッセージ履歴を振り返る。相変わらずヒドイ会話をしていると思うが、実際に会って話す内容よりはマシに思えるから怖い。
それよりも店を決めないとだな。駅前にもいくつか居酒屋はあるが、元旦ということも考慮しなければならない。まあ開いている店で良いか。調べれば出てくるだろう。
「なにがマジなの?」
「どわぁぁぁぁぁ!!」
スマホに落ちていた視線の中に、桜野が急に入ってきた。まだ来ないモノだと思っていたせいもあり、心臓が止まるんじゃないかってぐらいビビった。すんごい情けない声を出すと、彼女は俺を指さしながらゲラゲラ笑っている。ふざけんな。
「そんな驚かなくても良いじゃん。よっぽど考え込んでた?」
「お、脅かすなって……マジで死んだと思ったわ……」
「大げさだよー!」
桜野は俺の背中をパンと叩いて笑う。全然反省していない様子である。
「もう少し掛かるもんだと思ってたんだよ」
俺が腕時計を体の前に出すと、彼女は「あーそっか」と納得する。
「私、長く待たせるの嫌だからいつもちょっと嘘吐くの。ほら、伝えた時間より早く来てくれた方が嬉しいでしょ? 春日君に電話したときはもう駅の改札通過してたし」
「そうなのか? 外に居るのは分かったけど、そこまでは気づかなかったよ。というか、そこまで気を遣わなくて良いぞ」
「いやあ、仕事でもしもの場合を考え過ぎちゃって。普段は絶対遅刻とかしないんだけど、『万が一遅刻したらこうしよう』って考えちゃうんだよね。それで、ちょうど良い実験台がいたから使ってみたの」
「仕事熱心なこと。でも確かに得した気分になるな」
「えへへ。でしょー!」
桜野は誇らしげに胸を張る。佐富士初夏とは違って、クリーム色のダッフルコートに濃い緑色のチノパンを履きこなしている。靴も可愛らしいブーツを履いていて、普段から身だしなみに相当気を遣っているのが分かる。まあ営業でバリバリ成果を出す人間は、そういう基本的なところがしっかりしている人がほとんどだし。
「でもまあ、今日は少し待たせちゃったね。てっきりスナモにいると思ったけど」
「別にどこでも良いからさ。駅前ならサイゼもあるし、ちょうど良いと思って」
「春日君もシゴデキだねぇ。おかげで歩く手間が省けたよ」
「サイゼで良いだろ?」
「うん。開いてる店も限られてるし」
うん、良い流れだ。サイゼならここから歩いて5分も掛からないし、何より安くて美味い。年末は飲み会やら佐富士初夏への1万円寄付やらで金を使いすぎている。財布にはとても優しい店として重宝していた。
「初詣はいいのか?」
「明日両親と浅草まで行くことにしたよ」
「人多そうだな」
「春日君だってこっち長いでしょ? そろそろ慣れるもんじゃないの?」
「案外慣れないモノだぞ。地方民からすれば」
まあ個人差があるのは当然として。そんな会話をしているとあっという間に店の前に到着する。階段を上がってドアを開けると、空いている席に案内された。
――もしかして、俺に気があるとかじゃないよな? つい10分前の思考が頭をよぎる。俺と向かい合って座る彼女は、ダッフルコートを脱ぐと、可愛らしい柄のセーターが姿を見せた。
「どうかした?」
「いや。スーツ姿以外見るの初めてな気がして」
こんなことを彼女に聞けるわけもなく、適当に話を誤魔化した。
「そうだっけ。社内イベントとかは私服だったけど」
「あんまり記憶にないな」
「それ、春日君が元カノに熱中してたからだよ」
「……そうかもね」
佐富士初夏とは違った意味で冷静な指摘をしてくる。これ以上突っ込まれると悲しくなるから、咄嗟に目線をメニュー表に落とす。
「サイゼはお酒が安いんだよねぇ」
「だな」
「何飲む?」
「ドリンクバー」
「舐めてるの?」
「それ、現代ではアルハラって言うんだぞ」
俺は完全なランチをイメージしていたが、桜野は違うらしい。
確かにサイゼリヤに来てしまった以上、この安い酒から目線を逸らすのは難しい。なんなら食事しながら飲むのが普通ぐらいな存在感だ。
だが今夜の予定もあるし、昼飲みはアルコールが普段よりも回るから警戒しなければならない。というのもワインが安すぎるんだわ。その辺の飲み放題行くよりも安上がりに酔えるから、ある意味タチが悪い。
「ワイン本当安いね……何回来ても毎回思うよ」
「同じ事考えてたよ。とりあえず生ビール飲むかな」
「結局飲むんだ」
「誰も飲まないとは言ってないだろ?」
「分かってるよ。私も同じにする」
決まってからは早かった。俺はハンバーグステーキ、桜野はミラノ風ドリア、そして生ビールを2杯注文した。
「それで、あの人との進展はあったの?」
まだ酒も来ていないのに。我慢できなかったようで、桜野は前のめりになって聞いてくる。
「どこまで話したっけ。もう色々ありすぎて困惑してる」
「え、そんなに進んだの!?」
「進んだって……別に狙ってるわけじゃないぞ」
俺の指摘と同じタイミングでビールが運ばれてくる。キンキンに冷えたジョッキに入ったソレは、まさに社会人の黄金ガソリン。俺と桜野はソレを見た瞬間に欲を抑えきれず、会話を途切らせて乾杯する。
喉を通り過ぎる新年初のビールは、暴力的なまでに体に染み渡る。空腹ということもあって、全身の筋肉が喜んでいる。
「このために生きてる」
「同感だ」
年末から桜野と一緒に飲む機会が増えたが、コイツはかなりの酒好きだ。第一、終電間近の3次会まで行こうなんて言う女性を見たことがない。それこそ聖夏は弱い方だったし。
「それでそれで、続き聞かせてよ」
「分かったから。落ち着けって」
こうやってコイツに経緯を説明するのは、2度目だっけか。この前はそう、電車で桜野を放置して佐富士初夏を介抱したときだ。次の日のコイツはとにかくしつこかったし、今でも印象的に映っている。
ビールを半分ほど飲んで、佐富士初夏について説明した。道案内をした人の妹が彼女そのもので、そこから友達になってメンヘラチックなやり取りをしていると。
「てかヤバくない?」
「俺が聞きたいよ。あの人、ちょっと怖くてさ」
「そうじゃなくて」
まさかの否定が返ってきたから、思わず言葉を飲み込んだ。
「別れてからの春日君、なんか偶然が重なりすぎて怖い」
「お、おいなんだよ急に。あんなに楽しんでたくせに」
「まあそれは否定しないけど。でも助けた女性が線路さんのお姉さんって、ライトノベルでも中々ないよ。そんな展開」
「で、でも実際に起きてるわけだし。ぐ、偶然だろ」
あんなに楽しんでいた桜野が急にビビるから、なんか俺も気持ち悪くなってくる。でも確かに、彼女の言うとおり今までの展開は不気味なほどに佐富士初夏が中心に居る。まるで何かが彼女と俺を引き合わせるように。
「実は全部仕組まれてたりして」
桜野がそんなことを言うから、思わずビールを吹き出しそうになった。
「お、おい。急に変なこと言うなって」
「あはは。でも冷静に考えて無理無理。台本でも無い限り、人は思ったとおりに動かないって。つまり、全部偶然のミラクルが起きてるってこと」
「そう、だよなあ……」
そう考えるのが自然だ。うん、これ以上なにを疑えと言うのか。
全部偶然。奇跡の展開。こういうことは稀にあるだろう。うん、そうだそうだ。俺の空になったジョッキを見て、彼女はニヤリと笑う。
「ワイン、
メニューを俺に見せながら、彼女は満面の笑みでアピールする。ワインを飲みたい桜野が、この会話を仕組んだのではないか。そう思えるほど完璧なプレゼンだった。
あぁもう。飲むしかないわ。考えれば考えるほど怖くなってくるから、今はとにかく酒で忘れてしまおう――。俺は桜野の提案に乗り、溺れることにした。
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