第21話


 佐富士初夏と別れてすぐ、ポケットに忍ばせたスマホが鳴った。SUNAMOに入る寸前だったから、立ち止まって画面を見る。またコイツかよと思いながら、素直に呼び出しに従った。


「もしもし」

『お、春日君! あけおめー』


 桜野である。年明けすぐにメッセージを送っていたのもあって、特に新鮮味はない。電話越しにコツコツと聞こえるから、歩きながら電話しているのだろうか。


「あけおめ。どうかした?」

『ねえ、いま暇だったりする?』

「まあ、暇と言えば暇だけど」

『なら初詣行かない?』


 タイミングの悪い提案だった。桜野とであれば確かににはならないだろうが、さすがに二度目の初詣は気が引ける。思わず苦笑いが出てしまった。


「悪い。もう行ってきたわ」


 素直に言うと、桜野は想定外の発言だったようで『うぇーっ!?』なんて驚いている。そこまでビックリすることかよ。初詣に行くことぐらい普通だろう。


『春日君、そういうの絶対しないって思ってた。神様なんてクソ食らえって思ってそうだし』

「ひどい言い草だな。俺をなんだと思ってるんだよ」

『うーん、プロポーズに失敗した可哀想な人?』

「ただの事実すぎて辛い」


 あははと笑う彼女とは対照的に、ため息しか出ない。佐富士初夏に続いて、どうしてそんなことを言われないといけないのか。俺に優しく接してくれる女の人はいないわけ? 聖夏と別れてから今のところ冬子さんぐらいだぞ、マジで。


『じゃあいま外にいるの?』

「そうだよ。SUNAMOの目の前」

『スナモ? あぁじゃあ南砂にいるんだ』

「そういうこと」


 桜野は『ふーん』とつまらなさそうなリアクションをした。そんな態度を取られるのは心外だが、文句を言えば面倒なことになるから何も言わなかった。


『初詣はどこに行ったの?』

「駅近の神社。富賀岡八幡宮だっけか」

『近場で済ませるのは春日君らしいね』

「なんとでも言えよ。腹減ってるから、今から飯食いに行こうとしてたとこなんだわ」


 俺がそう言うと、彼女は分かりやすく反応する。


『じゃあ一緒にお昼食べようよ! 合流するから』

「別に良いけど。桜野はどこにいるんだ?」

『いま実家出たところだから、30分ぐらいでそっち着くよ』

「30分も待たないといけないのか……」

『それぐらい我慢できるでしょ。私とご飯食べられるんだから、もっと喜んでよね』

「はいはい。分かったから早く来てくれ」


 電話を切る。あと30分も待つのは正直しんどい。どうせアイツも駅前に出てくるだろうし、駅前で何か食うか。多分ファミレスサイゼなら開いているはずだ。少しでも歩いて時間を潰そう。

 せっかく立ち寄ったSUNAMOに背を向け、再び駅方面に向かって歩き出す。10分も掛からないだろうが、ここでジッと待つよりはいくらかマシだった。

 聖夏と別れてから、桜野との交流も増えたように思う。付き合っている時は無意識のうちに異性との関わりを持たないようにしていた。無論、聖夏の束縛があったわけではない。ただ俺が勝手にしていただけ。そうした方が、聖夏も嬉しいだろうと思ったから。彼女と付き合う前って、こんなに女の人と遊んでたっけな。記憶にないわ。


 桜野って彼氏いないって言ってたよな。公言はしてないけど、態度的に。

 もしかして、俺に気があるとかじゃないよな? プロポーズでフラれたことを良いことに、アプローチを仕掛けてきているのではないか?

 いや確かにアイツは可愛いと思うし、基本的に良いヤツだ。でも同僚だし、恋仲になって別れでもしたら面倒だよなぁ。部署は違うと言えど、この先も部署が被らないとは限らないわけで。


 ――なんて思考を遮るように、再びスマホが震えた。一回だけだったから、電話ではなくラインだろう。前方から人が来ていないことを確認して、スマホの画面に視線を落とす。


『私は、あまり好きではありません』


 俺の思考に対する返答にも感じられたが、送り主は桜野ではない。文面ですぐに分かった。そして、何に対する返事かも。


『南砂は良いところだと思いませんか?』

『分からないんです。何もかもが』

『分からないのに好きではないの?』

『好きという感情がないのは確かなんです』


 イマイチよく分からない。いきなりこういうことを送ってくるあたり、やはり佐富士初夏はメンヘラチックというか、心に布を被せたくなるような人生を送ってきたのだろう。

 面倒なのは事実だった。それもめちゃくちゃ。けれど、これを無かったことにするには、あの日の彼女を助けないという選択しかないわけで。それはどうなのだろう。見知らぬ人だとしても、見捨ててしまうのは心が苦しいのも事実。

 無論、これは生きている人間の言い分でしかないのだけど。


『人生そういうものかもしれませんね』

『こんな人生なら、私がいる価値はないです』


 うつ病的な何かなのだろうか。でもこうして誰かに吐き出す勇気はあるようで、それが唯一の救いとも受け取れる。

 けれど、俺にそれを受け止めるだけの覚悟はあるのだろうか。無責任なりにこれまで対応してきたけど、これ以上足を踏み入れれば、簡単に抜け出せないことぐらい分かるはずだ。


『じゃあ、死にますか?』


 正直、固唾を飲んで送信した。彼女がどれだけ苦しんでいるのかは知らない。知りようがない。だって教えてくれないんだから。

 彼女は何をして欲しいのか。人生をリスタートさせた俺に何を求めているのか。その何もかもが分からなくて、今まで一番避けていたはずのフレーズをぶつけた。


 彼女から帰ってきた言葉は、言い掛かりも良いところだった。


『アナタが死なせてくれないから』


 だが冷静になって考えると、ここで『死にます』なんて返ってくるよりは遙かにマシだろう。俺のせいで死ねないと言うのは、ある意味事実でもあるし。

 少なからず、頑張って生きようとはしている。無責任に助けてしまった手前、彼女の言葉に安堵しているのもまた事実だった。上から目線な気がして、褒めるなんて感情は出てこなかった。


『無責任なりには頑張ってます。まだ1週間ちょっとですけど(笑)』


 若干おちゃらけて言葉を紡ぐと、返事はすぐに来た。


『すみません』


 何に対する謝罪なのか。というか、実際に会って話す時とキャラが違いすぎる気がする。いまさら気づいてしまったせいで、余計にそのギャップが気になってしまう。


『なんかキャラ違いますよね』


 話の流れも重くなっていたから、空気を変える意味で問いかける。視線を上げると、駅の看板が目に入る。もうここまで来てしまったか。腕時計に目をやると、桜野が来るまでまだ20分ほどある。

 待ち時間に憂鬱ゆううつになっていると、彼女からの返事が来た。


『メッセージは知らない人とやってる感じがして』

『どういうことですか?』

『面と向かうとすごく言いやすいんです』

『それ完全に舐めてますよね?』

『そういうつもりはないです。トモダチですから』


 要は顔が見えないから気を遣ってしまうというわけか。本当はもっと言いたいことがあるのに、メッセージだと言えないわけ? でも、面と向かって言う方が難しいと思うけどな。


『じゃあ今夜、一緒に晩飯食べませんか? 言いたいことあるなら吐き出した方が良いですよ』


 正直、断られるだろうと思った。昼飯だって『疲れたから』と断ったぐらいだし。でも、彼女が何かを言いた気であるのは間違いなくて、それを無視してしまうのはそれこそ友達として良くない。


『分かりました。行きましょう』

「マジかよ」


 だけど、俺の予想は簡単に裏切られた。思わず声が出るほどに。

 彼女の判断基準がイマイチ把握できないけど、メッセージのやり取りをしているうちに話したくなったのだろうか。まあ、行くというのなら合わせるしかない。言い出したのは俺だし。


『とりあえず、18時に南砂町駅前で。場所は適当に予約します』

『分かりました。では』


 元旦とはいえ、どこか居酒屋はやってるだろう。

 佐富士初夏。彼女は一体、何を考えて、何を求めて、何を思って、死のうとしたのか。聞けるといいな。酒の勢いに任せて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る