第13話


「と、友達?」


 悪口・文句の追撃が来るとばかり思っていたから、その想定外の発言に肩すかしを食らった気分だった。冷静に考えても、絶対にこの流れでは出てこないフレーズだろう。

 初夏の表情は真面目も真面目。キリッとした顔で俺のことを見ている。開き直ったような雰囲気がある。何に開き直ったのかは分からないけれど、なんとなく言いたいことを言えたような爽快感すら感じられた。


「はい。オトモダチ」

「そ、それは分かるんですけど……まさかの発言だったので」

「それってあなたの価値観ですよね」

「正論パンチはやめてください」


 某創設者みたいな発言である。確かにそれを言われたらもう何も言えないよ。ちくしょう。

 無責任な人は嫌い――。初夏の発言が頭の中をぐるぐると回る。つまりは無責任に助けてしまった俺の事もイコールそうなのだろう。なら、どうしてその正反対とも受け取れる『友達』なんてことを言い出したのか。引っかかる。

 俺が考えていると、しびれを切らしたように彼女が口を開いた。その口調は、今までとは別人のように力強さすら感じた。


「私はあの日で人生が終わるはずでした。それをアナタが邪魔をしたわけです」

「別に邪魔したつもりは……」


 言いがかりも良いところである。何度も言うが、別に感謝して欲しいわけではない。俺だって無責任に助けたとは思っているが、間違ったことはしていない。そこにつけいって急に強気になったというのなら、佐富士初夏という人間は重大な勘違いをしている。


「だから私は、また生きる必要が出てきた。微塵みじんも望んでいない人生を」

「……それで?」


 ただまあ、後ろ向きな発言が出てこないだけマシなのか。『望んではいないが生きようとする感情』があるらしい。少しは前を向いてくれているのなら、俺としても少しだけ救われた気分になった。


「だから、責任を取って欲しい。あれだけ好き勝手したんだから」


 思わず咳き込む。飲み物を口に含んでいたら、きっと吹き出していた。責任って……その言い方はマジで俺がクズだと認定しているみたいじゃないか。

 その証拠に、偶然通りかかった若いカップルが俺の方を見てクスクス笑っている。違う! 違うぞ! 俺はそんな後先考えずやらないから! 勘違いだから!


「どうしてニヤついてるんですか?」

「に、ニヤついてなんかないですよ!」


 必死に否定するが、その必死さが余計にダサく思える。初夏は自身の発言のヤバさに気づいていないのか、相変わらずキリッとした顔をしている。


「その責任を取ることが、友達になることなんですか?」

「簡単に言うと」


 この人のことはマジでよく分からないけど、結構変わっているというか、ヤバい人なのかもしれない。冬子さんと喋っている姿はすごく普通だったから油断していたけど、冷静になれば先週自死を選んでいる人。もっと言えば、精神的にも不安定な人ではないのか。

 ここで嫌がれば、それを苦にまた――? なんて思考が出てきても不思議ではない。後先のことを考えず、ここは流れに乗っておくことが確実だろう。


「別に良いですけど、俺なんかと友達になっても楽しくないですよ」

「それは私が決めること。アナタはただ、私のお願いに応えていれば良いんです」

「……なんかそれ、友達じゃない気がするんですけど」


 完全に下僕かパシリである。マジでヤバい人じゃないか。責任を取れ、なんて言いながら都合の良い駒扱いするわけね。あぁ、すげえ面倒なことになったんじゃないかこれ。


「でもアナタに拒否権はないと思います」

「そんな決めつけないでくださいよ。俺にも一応人権はあります」

「拒否したらSNSでアナタのことを拡散します」

「俺には人権すらないの?」


 初夏もあの動画のことは知っていたのか。あの構図的に目立つのは俺の方だし、身バレしたら相当面倒なことになるだろうな。今以上に。


「冬子さんはこのこと知っているんですか?」

「バラしたらその時が最後です」

「脅迫すぎませんか?」


 ということは知らないのだろう。あの感じなら、SNSをやっていても不思議ではないが。初夏にとってはその方が都合良いわけか。俺としては彼女を止めたことに理解を示してくれる人間が多いに越したことはない。迂闊うかつに聞きすぎた。


「それぐらい、アナタはひどいことをしたのです。私の人生を――終わらせてくれなかったアナタを、許せない」


 その言葉がどこまで本気かは分からない。別に許してもらいたいとも思わない。

 彼女がそこまで言うのなら、俺も開き直った方が早い気がした。お願いされてはいないけど、勝手に助けた。ただそれだけの話だ。


「友達になれば許してくれますか?」

「それはアナタ次第」

「やっぱりソレって友達じゃないですよね?」


 彼女は何も言わない。意味が分からなすぎて笑いそうになる。

 でも裏を返せば、必死に生きようとしている証拠なのかもしれない。それはそれで良いと思うんだけど、彼女と俺の考え方には大きな乖離かいりがあった。


「でもほら、友達っていうのは言ってなるものじゃないですよね。気がついたらなってるみたいな? 契約みたいな感じとは違うと思いますよ」

「結婚は契約ですよね。アナタは破棄されたようですけど」

「急にあおってくるじゃん。普通に泣いちゃうからやめてください」

「トモダチはこういう感じですよね」

「距離感の詰め方が急激すぎますって」


 佐富士初夏には友達と呼べる人間はいないのだろうか。ぼっちタイプか? 確かに今までの対応を見ても素っ気ない部分が多いし、口数も少ない。姉である冬子の前では素を見せることができる感じか。

 正確なことは分からないけど、彼女に友達がいるイメージが掴めない。別に悪口とかじゃなくて、二人きりで喋った感じだと独特すぎる。せっかく美人なのに。


「ちなみに下心は持たないようにしてください。男の人はすぐ手を出してくるから」

「いやそんな気にならないですよ。

「どういう意味ですか?」

「別に深い意味はないです。傷心中だからそんな気にならないって話で」


 あっぶねえ。無意識のうちに本心が出てしまった。

 話してみると、綺麗さより面倒さの方がまさった。なんとか誤魔化せたけど、これは心臓に悪すぎる。佐富士初夏は確かにすごい美人なんだけど、その……地雷感がハンパないんだよな。地中に埋まっているはずなのに存在感マシマシで『ここにあるよ』なんてアピールしている。無論、踏んだらとんでもないことになるのは明らかである。


「おー。仲良さそうに何話してるの?」


 冬子さんがようやく店から出てきた。思っていた以上にケロッとしていて安心した。だが仲良さそうに見えたのなら、ずいぶんと良い加減な目である。


「トモダチになった」


 返答するように初夏が言う。すると冬子さんは目を大きくさせて俺たちを見る。


「何言ってるの? 仲良くお酒飲んだわけだし、もうお友達でしょう?」


 あまりにも純粋な発言で、胸がきゅんきゅん鳴く。見た目もそうだが、本当に俺の3つ上かよ。そのせいか、初夏とは違って彼女が天使に見えてきた。冬子さんがいるだけでこの場が和む。


「そうですね! 色々と考えてても仕方ないですし、僕たちはもう友達っす!」

「急に元気になってる」

「あはは。春日さん面白い人だなぁー」


 でも冬子さんはそのうち地元に帰るんだろうなぁ。そうなると、必然的に初夏だけが残る。どうなるんだこれから。


「春日さん、初夏のことよろしくお願いしますね」

「お姉ちゃん、誤解招く言い方やめてよ」


 アンタが言うなよ、と喉まで出かかったが必死にこらえる。余計なことは言わない方が良いだろう。


「また飲みに行きましょう。とりあえず今日は帰りましょうか」

「責任取ってくださいね」

「え、責任……?」


 あぁ、すっげぇ不安。俺はとんでもない女を助けてしまったようだ。

 もうクリスマスイブも終わる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る