第14話
今年のクリスマスはやけに長く感じる。
あぁこのまま一人で年を取っていくのかな。今から新しい恋愛をする気にはなれないし、先のことを考えるとスゴイ疲れるし、俺の未来はもう真っ暗になっちゃったなぁ。
『――私とトモダチになってください』
少し遅めの昼休み。オフィスのフリースペースでコンビニで買ったパンをかじりながら、昨夜のことを思い出していた。というより、あの光景が勝手に頭の中に浮かんできた。
佐富士初夏。そしてその姉の佐富士冬子。二人の美女とクリスマスイブを過ごしたわけだが、ここで少し冷静に考え直してみる。
まず、俺が門前仲町駅で助けたのは、妹の初夏だ。詳細は出回っている動画を見れば分かることだが、確か最後に1万円を渡した記憶がある。金で解決しようと考えたようだ。実に自分らしくて笑うしかなかった。
週明けの月曜日、つまり平成天皇の誕生日である12月23日、俺は桜野と門仲で終電まで飲む羽目になった。電車のつり革に掴まっていると、再び初夏が姿を見せた。乗り込む寸前で転んでしまった彼女を、俺は介抱した。
そして昨日のクリスマスイブ。俺が聖夏にフラれてから1週間もしないうちに、佐富士初夏という人間に3回会ったことになる。
うん、めっちゃ怖いわ。普通に考えて意味分からないだろ。呑気なヤツなら奇跡とか運命とか言ってくるだろうが、そんなものは別に望んでいない。ただただ不気味で自分ではどうしようもない力が働いているのではないか、なんて疑いたくもなる。
「どういうつもりだ……? やっぱ何か裏があるよなぁ……」
微糖と
佐富士初夏という人間は、多分そんな悪い人ではない。昨日は唐突感があって驚いたけど、飛び込んだ日とか介抱した時は大人な距離感を保っていたし。冬子さんとの会話も自然だったし。
第一、俺と友達になって何のメリットがあるのか。金か? 俺が1万円を手渡したから勘違いさせた可能性は確かにある。
聖夏との結婚のためにある程度の貯金はしていたけど、平社員の給料なんてたかが知れてる。それに彼女には俺の勤め先を言っていない。身なりにも高級品はないし、『金持ちのやり手サラリーマン』と判別するのは難しいだろう。
テーブルの上に置いたスマホを手に取り、電話履歴を確認する。そこには確かに、冬子さんが打ち込んだ見覚えのない番号への発信履歴があった。意図せずして初夏の連絡先をゲットしたわけだ。
だけど、これを登録するのは少し気が引けた。友達になったと言っても、俺は正直彼女のことを何も知らない。昨日聞いておけば良かったと後悔するが、酔っ払った冬子さんの圧がすごくてすっかり飲み込まれてしまった。
「はぁ……良い事ねえな……」
思わず出るため息。新たな友達が出来たのを『良い事』と捉える元気はない。むしろ不可解な再会や展開に巻き込まれた気がして気分は沈むだけだった。
そんな俺の思考を打ち消すように、頭に軽い衝撃が走った。
「せっかくのクリスマスなのにしけてるねぇ」
頭を抑えながら見上げると、桜野がコンビニ袋を片手に立っていた。相変わらず化粧もバッチリ決まっていて、その綺麗な顔立ちに吸い込まれそうになる。
「また桜野かよ……」
だけどここ数日の日常のせいで、彼女の顔はしばらく見なくても良い。事の発端は、コイツが変に興味を示して飲みに誘ったからだ。俺は別に初夏を自死を食い止めるだけで良かったのに。
「そういう反応は傷つくなぁ」
「にしては落ち込んでないな。どうせ聞き流してるんだろ」
「むふふー。聞き流さないと社会を生きていけないからねぇ」
「まあ、それもそうか」
桜野は俺の右側に席を一つ空けて座る。カバンを置いてレジ袋からサンドウィッチと紙パックの野菜ジュースを取り出した。
「いま昼?」
「うん。さっきまで営業回りしてたから。後は書類作業だから戻ってきたの」
「クリスマスだっていうのに大変だな」
「そういう春日君もいま昼休みなんだね」
「ちょっと仕事詰まっててさ。昼休みぶっ通しで作業してて」
彼女は野菜ジュースにストローを差し、口を細めて飲んでいる。営業に限らず外勤はかなりエネルギーを使う。サンドウィッチだけで足りるのだろうか。喉まで出かかったが、余計なお世話か。彼女なりにスタイルとかに気を遣っているのかもしれないし。セクハラだって騒がれても嫌だし。うん。
「春日君は年末年始帰省するの?」
サンドウィッチを開封しながら、桜野が問いかけてきた。
「いや予定ないな」
ここ数年は毎年帰省している。ただ金も掛かるし、そろそろ帰らない年があっても良いんじゃないかって思って飛行機のチケットは取っていなかった。
缶コーヒーに口づけると、砂糖の甘さが一気に広がる。
「親御さんには言ったの?」
「なにを?」
「プロポーズ失敗してフラれたこと」
その甘さが一気に苦みに変わる。
聖夏と付き合って1年経ったころ、親にも一度会わせている。二人とも結構気に入ってくれてたし、言わないわけにはいかないだろう。
「言ってない。考えるだけで気が重いわ」
「こればかりはね。同情するよ。チケット取ってなくて良かったね」
「ホントだよ。不幸中の幸いだった」
聖夏のこと、佐富士初夏のこと、親のこと――。頭を抱える案件が一気に降り注いできたせいで、もうパンクしそうだ。イスの背もたれに身を任せると、体の力が抜けていった。
「てか桜野は彼氏いないのか?」
ふとした疑問である。ここ数日彼女との会話を思い出しても、基本的には俺の話しかしてない。彼女が質問マシーンと化していることもあるが。
すると桜野は、飲み干した紙パックの野菜ジュースをぐしゃりと握りつぶして見せた。
「ケンカ売ってる?」
「忘れてください」
ただ質問しただけなのに。だけど面倒なことになりそうだったから、彼女の言葉を素直に受け入れた。
クリスマス前の忙しい時に俺を誘うぐらいだからなぁ。ある意味想像通りというか、なんというか。
だけど桜野も美人な部類に入るし、相当モテると思うけどな。彼女自身に恋愛とか結婚願望がないのだろうか。人の話にはグイグイ入ってくるくせに。
「春日君は良いよね。すぐ出会いがあって」
「あれを出会いと捉えるお前がすごいよ」
「ポジティブに考えないと人生損だよ。別れがあれば出会いがある。まさにその言葉を体現したのが春日君だし」
「随分と達観してるんだな」
「出会いって、そう簡単にはないと思うから」
彼女の言うことも一理ある。社会人になって特に思うのは、新しく友達を一人作るのにもかなりの労力を使うこと。同僚や先輩とは飲みに行ったりするが、それは友達とは少し違うわけで。だから結局、友達と言えば学生時代とかに出会った彼らのことを指す。
そう考えると、昨日の佐富士初夏のような展開は初めてだった。あんな風に面と向かって言われたことは今まで無かった。
「それで、あの人とは何か進展あった?」
ここで電話番号をゲットした、なんて正直に告げたらどんな顔をするだろう。今までの俺の発言を全て否定することになる。
「特に何もないよ」
だからそうやって嘘を吐いた。面倒になるのは目に見えていたし。
その瞬間――テーブルに置いていた俺のスマホが鳴った。とてつもなく嫌な予感がした。
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