第29話 異変

 昼食の後はみな野営の準備を始めていた。俺も手伝った。流石にこれくらいはしないと気まずい。この程度なら体力も消耗しないしな。進軍中も行ってきたので俺も慣れたものだ。何しろ全軍合わせて一万以上の軍勢なわけだから、設営も大変だ。ようやく終わった頃には日が落ち始め、周囲に篝火を設置し、警戒を続ける。


 だだっ広い平野部だから敵を見逃す事は無いと思うが、少数の敵なら侵入可能かもしれない。それこそ自衛隊なら匍匐前進で密かに近づき奇襲を仕掛けるかも知れない。自衛隊では夜間に歩哨に立つ訓練も行ったが、いつの間にか班長達に回り込まれ、俺達はあっさり殺されてしまった。……もちろん模擬での話だ。


 夜間警備のやり方は、新米とは言え自衛官の俺から見ても、自衛隊とあまり変わらない感じだった。歩哨線を引いて警戒網を作るのだ。唯一決定的に違うのは、こうごうと火を炊いて明るくしているところだろう。自衛隊なら光りは極限まで抑える。敵に見つからない為だ。もっともここは要塞前で俺達がいるのは明らかだから、普通の野営とは要領が違うが。


 ともかく、俺とライアは夜間警備は免除され、ゆっくりと休むことになった。流石に天幕は別だ。いくら何でも軍事行動中に男女が寝屋をともにして、おっぱじめる訳には行かない。


 ロムレスでなくてもキレられるだろう。とにかく休むのも仕事だ。俺はろくよんを脚を立てて横に置くと、早々に寝袋に潜り、目を瞑った。昼間の戦闘の興奮はまだ少し残っており、なかなか寝つけなかったが、いつしか俺は意識を失っていた。


 ●


 ……ん? 何か変だ……。俺は気配を感じて目覚めた。以前レッドキャップに奇襲を掛けられた時と同じように何か敵意のような物を感じたのだ。俺は慌てて飛び起き、天幕を抜け出した。だが一見何もない。気のせいかと思ったが、俺の感覚は戦技により強化されている。


 俺は敵意や殺意のようなものを敏感に感じ取ることができるのだ。俺は念のため、フル装備を召喚して備えた。完全武装だ。ろくよんにも照準眼鏡と銃剣を装備済みだ。弾倉も込め、槓桿を引いていつでも射撃可能にした。これは実戦だ。万が一があれば取り返しのつかないことになる。寝る前に召喚したろくよんはまだ消えていなかったので、ひとまず天幕の中に隠した。


 辺りを軽く見まわしてみたが何もいない。だが気配がする。俺はライアが心配になり彼女の天幕に行き入口で呼び起こした。彼女は天幕から頭だけ顔を出した。おそらく全裸で寝ているためだろう。俺はともかく人に見られたらまずいからな。寝ぼけまなこで可愛らしかったが、今はそれどころではない。


「……なによ。てきがきたの?」

「いや、なんというか変な感じがするんだ。とにかく警戒してくれ」

「……わかったわ。アーマーを召喚するから少し待って」


 段々目が覚めた彼女は事態を認識し、ビキニアーマーを装備して天幕を出てきた。勿論剣も持っている。まだ眠そうだが彼女も臨戦態勢だ。


「それで何が変なの?」

「以前一人で野営中にレッドキャップに襲われただろ? その時とそっくりな気配がするんだ。以前ほど大きくは無いけど、僅かにに気配を感じる」

「とにかく指揮官たちに知らせましょう。私はルセウム本陣へ行くから貴方はドムスギア陣営を起こしに行って」

「分かった。気をつけろよ」


 俺は彼女と別れて城門へ向かった。俺が腕時計を見ると、時刻は丁度深夜一二時だった。俺が腕時計から目を離したその時、俺は異様な物を目撃した。影だ。影だけが城門へと歩いているのだ。城門近くは篝火で明るく、その明かりに照らされて影だけが動いていた。


「ダレカ!」


 俺は思わず誰何していた。俺の声が響き渡った瞬間、影は走り出し、要塞内へ入っていった。


「敵だ! 敵が侵入しているぞ!」


 俺は大声で叫びながら影を追った! 恐らくだが魔法か何かで透明人間になっているのだろう。……この場合は透明ゴブリンか。俺はくだらない考えを頭から消し去り、とにかく敵らしきモノを追った。


「どうされたのですか! 勇者殿!」

「敵が透明になって要塞へ侵入したんだ! 急いで警戒してくれ!」

「なんですと! 大変だ!」


 要塞前の不寝番が声を掛けてきたので俺は異常事態を伝えた。彼は笛を取り出し大急ぎで吹いた。笛の音が周囲に響き、辺りは騒然とし始めた。俺はとにかく敵を追った。


「うわ!」

「どうした!」

「い、いえ何かにぶつかって転んでしまって」

「あそこだ! ゴブリンが潜入しているぞ!」


 どうやら兵士にぶつかったことで透明化が解けたらしい。ゴブリンは赤い帽子を被っており、レッドキャップの残党のようだった。そいつはある部屋に入り、鍵を閉めてしまった。


「この部屋には何があるんだ!?」

「倉庫ですが、どうも食糧庫に使っていたらしく、小麦粉の袋が大量に保管されていました」

「小麦粉……?」


 俺はそれを聞いて嫌な予感がした。奴らは始めからこの要塞を捨てるつもりだった。そんな連中が食料を残していくだろうか? 本当に中身は全て小麦粉か? これが映画なら次の展開は……


「全員要塞から逃げろー!!」


 俺は叫びながらその場から逃げ去った。俺の考えが正しければここにいれば死ぬ! それを裏付けるようにゴブリンの大声が聞こえてきた!


「我が祖国、我が同胞に栄光あれ!!」


 やはり自爆する気だ! 俺はすれ違う兵士たちを無理やり掴み、急いで脱出した。俺が城門を出たその直後、突如大爆発が起こり、俺は吹っ飛んでしまった。くそ! やはり小麦粉の袋に火薬か何かを仕込んでやがったな! それとも粉塵爆発でも起きたか!


「コータロー!! 無事なの!」

「俺は大丈夫だ!」


 心配したライアが大急ぎで俺のもとに駆け寄ってきた。俺が要塞に目を向けると、城門が崩れて通行出来なくなっていた。要塞そのものは崩れていなかったが、ドムスギア軍と分断されてしまった。非常にマズい事態だが狙いは何だ? 大事だが瓦礫は数時間もあれば撤去は可能だろう? 俺がゴブリンを見つけたのは偶然だ。俺を狙ったわけではないようだが……


「お、おい! あれはなんだ!」

「馬鹿な! どういうことだ!」


 俺が考えていると、後方が騒がしくなった。俺とライアが確認に行くと、信じられない光景が広がっていた。


「ゴブリンの軍勢じゃないか! 何であんな近くに来るまで気づかなかったんだ!」

「そ、それが急に出現したんです! 軍靴の音が聞こえたからおかしいなと思った矢先に!」

「くそ! 偽装魔法の類か! 大方、闇魔法か何かだろ!」


 俺は目の前に突如出現したゴブリン軍団を見て思わず歩哨を問い詰め、毒づいてしまった。さっきのレッドキャップもそうだが夜は奴らの領域か! 油断した!


 ミロン達幹部が集まり大急ぎで陣形を整えた。陣形と言っても横一列に並ぶぐらいしか出来なかった。後方が要塞に阻まれ退却もできない! 背水の陣よりひどいぞ!


 俺達が敵を待ち構えていると、大きな輿に乗った大柄なゴブリンが前に出てきた。その隣には更に大きいゴブリンが控えている。輿には玉座が作られ、そこに座っていたのは……


「久しいな! サカキコータロー! 約束通り、戦場にて貴様を殺しに来たぞ!」

「ザルトス! やはり貴様の闇魔法か! 奇襲を掛けておいて偉そうに!」

「ほう、随分と勇ましくなったな。見違えたぞ。戦う顔になっているではないか」


 やはり現われたのはゴブリン王ザルトスだった。奴は玉座から立ち上がり俺に向け叫んだ。奴の後ろにはホブゴブリンの軍勢が控えている。少なく見積もってもルセウム軍より多い。ドムスギア軍と分断された状態では勝ち目はない。こうなれば俺がザルトスを一騎打ちで倒すしかない!


「ザルトス! 約束に答えてやる! 俺と一騎打ちで勝負しろ!」

「無論そのつもりだ。だがな、サカキコータロー。相応しい舞台というものがある。お前を招待してやろう。ではいくぞ! 決戦の舞台へ!」

「な、何だこれは!」

「コータロー!!」


 俺の体を影のようなモノが取り囲み、俺の視界は闇に包まれてしまった。ライアの叫び声が、いつまでも俺の耳に残った。

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