第26話 戦う理由

 俺はライアを探して宮殿内をうろついた。多分厨房にいるのだろうが、お、いたいた。彼女は若い女性と楽しそうに話しながら食器を拭いていた。友人なのだろうか?

 楽しそうに話す彼女はどこにでもいる普通の女の子に見えた。……まああれだけの美少女はどこにでもはいないけど……


 ともかく、彼女が剣を振り回して敵の返り血を浴びている様を想像すると、俺は一言では言い表せない気分になった。彼女が日本に生まれていれば、どうなっていただろうか? 戦いとは無縁の平和な日々を送れたはずだ。……よそう。こんな想像は意味が無いし、彼女に対して失礼だ。俺はつまらぬ考えを頭から振り払うと彼女に声を掛けた。


「ライア、仕事中にごめんな。ちょっといいかな」

「あら、珍しいわね。こんなところまで、丁度終わるところよ。少し待ってて」


 ライアと話していた女性は、俺に対し恐縮しており俺は微妙な気分だった。今後ずっと俺は一般人から敬われながら生きていくのだろうか。もっと普通に接してもらえると助かるのだが。どうも小市民の俺には居心地が悪い。食器を片付け終えたライアが話しかけてきた。


「お待たせ、行きましょう。で何の用事なの?」

「ええと。特に用事って訳じゃないんだけど、ほら看病してもらってたのに、一言しかお礼をしていなかったから、もっとキチンと話さないとなと思ってさ。……ありがとうな、ライア」

「なによ急に改まって……さてはおじ様に何か言われたのね? 別に気にしなくていいのに……ま、こんな所で立ち話も何だわ。バルコニーでも行きましょ」


 彼女はそう言って俺を先導し始めた。宮殿には二階があり、俺は今まで立ち入っていなかったのだが、初めて二階に上がった。どうやらミルグレーブ氏の私室というかプライベートスペースらしく、彼の奥さんや子供が住んでいるらしかった。……ライアのこともそうだが、ミルグレーブ氏の事も何も知らない。彼は今多忙を極めている。戦争が終わったらゆっくりと話すか。


 二階の奥には展望台のようなスペースがあり、テーブルが置かれていた。宮殿は小高い丘の上に建てられているので、ここからならルセウム全土が見渡せた。遠くに見える山々が一望でき、実に壮大な光景だ。俺と彼女は席に座り話し始めた。


「ねえ。貴方の世界の事が知りたいわ! もっと聞かせて」

「え? ああ、勿論だよ。何でも聞いてくれ」


 俺は彼女の求めに応じて、主に日本のことだがあちらの世界について語った。食い切れぬ程に溢れかえった食べ物や飲料、日本中、電車や車、飛行機でどこへでもすぐに行ける、二四時間営業のコンビニがそこら中にあり、街が眠ることは無い……


 ライアは俺の話をポカンとした顔で聞いていた。まぬけな顔だが、彼女がすると可愛らしかった。彼女はため息をつくと、俺に羨望の眼差しを向けて話しはじめた。


「なんだか夢みたいな話ね。戦士が死んだ後に招かれる神の国でもそんなに豪勢じゃないと思うわ。きっと平和で皆幸福に生きているんでしょうね……」


 彼女がそう言うが、俺は複雑な気分だ。確かに日本に限っていえば、平和で豊かな社会だが、皆言うほど幸せを感じているだろうか? 無論、貧しい国のように飢え死にする子供などおらず、幸せな社会なのは間違いないだろうが……


 犯罪は無くならず、子供ではイジメを苦にして自殺する者、不登校になる者、色々だ。大人でも過労死する者は後を絶たず、今までは入社すれば老後まで安泰だった大企業でも、リストラの名の下に非常に首切りされ終身雇用への信頼は揺らいでいる。父も大手企業の会社員だったが、リストラに怯えていた。


 日本だけでもそうだが、外国はもっと深刻だろう。貧困な国は勿論だが、戦争が世界から無くなったわけではない。絶えぬ紛争にテロ、大国も泥沼の戦争に足を踏み入れた。俺は幸福とは一体何なのか、考え込んでしまった。


 ライアは俺の様子を見て、俺の世界でもこの世界と同じく苦しむ人々は無くならない事を察したのか、それ以上は言及しなかった。……彼女は聡明で優しい人だ。俺はまた自分ばかり話していることに気づき、ライアのことを聞いてみた。


「俺のことはまたそのうち話すよ。なあ今度はライアの事を聞かせてくれないか? ……家族はいるのかい? お母さんはご存命なの?」

「母は、私が十歳の頃に病気で死んだわ。私には兄弟がいなかったから父と二人暮らしよ。……勿論使用人とかはいるけど。私の一族はまあ名家だから皆少し距離があって……いい人たちだけどね」

「そうなのか……さっきの人は?」

「ああ、彼女はおじ様の姪よ。ミロンさんの娘さんね。昔から付き合いがあるから仲がいいのよ。私も貴族令嬢だから付き合いは広いのよ。だから寂しくは無いわ。家は静かだから宮殿の方が知り合いが多くて気が休まるわ」


 そうか、彼女の実家に帰っても、家族はいないのか。俺の面倒を見るのもあるが、彼女自身にとっても宮殿の方が居心地良いのかもしれないな。彼女の実家はやはりヴァイスランらしく、貴族街の一角にあるそうだ。彼女はこの街で生まれ育ち、子供の頃は随分とお転婆で母親を心配させたそうだ。何しろ五歳から乗馬をしていたくらいだ。いくらルセウムでも乗馬が趣味の令嬢は珍しいようだ。


「そうだ! コータローに乗馬を教えてあげるわ! 乗馬なら遊んでいるようには見えないからいい気分転換になるわ! 今から行きましょ!」

「お、おい! それはいいけど袖を引っ張らないでくれ!」


 彼女はグイグイ俺を引っ張り、厩舎に連れて行った。その後彼女の厳しい指導で俺はクタクタになるまで馬に乗らされた。だがおかげで乗馬の基本はマスターできたし、馬に乗って俺に指導する彼女は年相応の明るい笑顔を見せた。……できれば彼女にはもう敵を殺して欲しくない。


 ゴブリンといえど、会話が可能な知的生命体だ。漫画の影響もあるだろうが、俺は話の通じる相手を無暗に殺すのは嫌だった。……あれだけ殺しておきながら偽善以外の何物でもないが。


 その後、宮殿に帰り折角なので俺は召喚した缶飯を皆に振る舞うことにした。俺はてっきりみんな喜んでくれると思ったが、意外にも味が不評だった。どうもルセウムの人たちには味が濃すぎたようだ。まあ俺でも疲れている時は食えなかったからな。無理もない。


 俺は少し落ち込んでしまったが、一人だけ絶賛した奴がいた。ロムレスである。彼は軍人だけあって、この缶飯の有用性を高く評価してくれた。


「おおー実に味が濃い。だがそれがいい! これなら大量に汗をかいても塩分がしっかり補給できる。長期保存が可能なのも素晴らしい。茹でるのが必要なのが難点だが、お湯はそのままスープにでもすればいい。どのみち水分補給は必要だからな。うむ、やはり勇者殿の国は進んでおりますな。――これが将来のドムスギア軍が目指すべき姿だ!」


 周囲は引いていたが、ロムレスは缶飯に未来を見出したようだ。彼は俺のような一兵卒ではなく、軍の司令官だ。補給やら何やら俺には分からぬ苦労があるのだろう。俺は少し慰められた。ローマ野郎に感謝する日が来るとはな。人生は分からん。


 俺は疲れていたので、そのまま休んだが、ついむらむらしてしまい、ライアを求めてしまった。彼女も俺を受け入れ、俺達は愛し合った。……まあ以前から夜はこの生活が続いているのだが。


 一通り行為を終え、俺は眠くなってしまったが、そんな俺の眠気を吹き飛ばすような質問を彼女はしてきた。


「ねえコータロー。どうして貴方は私達の為に戦ってくれるの? 貴方はこの世界に何の責任もないのよ? ……もし貴方がゴブリンやオークに召喚されたら、私達の敵になったのかしら?」

「……え?」

「急にごめんなさい。……もうすぐ攻勢が始まるからなんだか不安で。変な事を聞いてしまったわ……忘れて頂戴」


 ライアがそう言うが、俺はこの質問から逃げるわけには行かなかった。彼女の言う通り、もうすぐ激戦が始まるのだ。何が起きても不思議ではない。キチンと答えなくては心残りだ。俺は頭をフル回転させて、戦う理由を整理し、彼女に答えた。


「まず、オークやゴブリンに召喚された場合だけど、こっちの答えは簡単だよ。俺は君たちが余程非道な事をしない限りは参戦しなかったと思う。理由は単純で見た目が同じ人々を傷つける気にはなれない。まあゴブリンなら幾ら殺しても胸が痛まない訳じゃないけど」


 昼間とは矛盾するかもしれないが、やはり見た目というのは重要で、仮にゴブリンたちが俺と変わらぬ人間であれば、俺はヒューマンに手を貸さなかったかも知れない。見た目による同胞意識は馬鹿にできない。鹿やたぬきを駆除するのは心が痛むが、虫を駆除するのは誰も文句を言わない。身勝手だが人間の価値観とはそう言う物だろう。問題は次だ。


「俺が戦う理由だけど、単純に言えば俺が自衛官だからだ。人々を守るのが俺の任務つとめだ。……実は元々国防には大した興味は無かったんだ。ゲームは好きだったけどね。俺が自衛隊に入隊したのは親に楽をさせたいというのが表向きだけど、本当は……自分自身を鍛えなおしたかったんだ」


 俺は誰にも言えなかった本心を彼女に打ち明けていた。


「俺は大学受験を二度も失敗したけど、本気で勉強してきたとは言えない部分があった。ついだらけてしまってズルズルと親の好意に甘えて浪人生活を続けてしまった。そうやって逃げてしまったんだ。だからそんな俺が普通に就職してもまた逃げてしまうんじゃないか、そんな不安があったから思い切って自衛隊に入って鍛えなおそうと思ったんだ」


 自分を鍛えるためと称して自衛隊に入るやつは珍しくない。同期の中には親にほぼ無理やり入隊させられた奴もいた。


「だけど、結局訓練についていけなくて、苦しい思いをした。中には俺より先に退職してしまった同期もいて、俺だけじゃないと思って、やめようとしたんだ。親も仕方ないと言ってくれた。だけど、班長……俺の上官が逃げるなと諭してくれて、何とか最後までやり切ろうと思ったんだ」


 そして俺は新隊員教育最後の訓練に臨んだんだ。だが……


「最後の訓練でも、俺は同期たちについていけなかった。だけど何とか最後の力をふり絞って、全力を、いや限界以上に頑張ったつもりだったんだ……でもそれが原因なのか死んでしまったんだ」


 俺はライアを見ながら話していたが、いつしか目の前が歪んで見えていた。訓練のあの時のように。


「だ、だから俺は逃げるわけには行かなかったんだ。この戦いから。確かに俺はこの世界にはなんの義理もないけど……過去の日本人たちも戦ったのに俺だけ逃げるわけには行かなかった、それに俺が呼ばれた以上何か理由があるはずなんだ。そう思わなければ一体俺の人生は何だったんだ!」


 俺は叫んでしまった。そんな俺をライアは抱きしめてくれた。俺は彼女の胸に顔を埋めながら泣いてしまった。わんわんとだ。勇者としていや男としてみっともなかったが、それでも涙が止まらなかった。そんな俺にライアは耳元で囁いた。


「コータロー。なぜ神が貴方を遣わしたのか分かった気がするわ。貴方の力の源……戦う理由は私達とは少し違うわ。でもそんな貴方だからこそ、この世界に必要だと神様は思ったのかも知れないわ……だから……」


 俺は彼女の言葉を聞きながら、疲れもあり、いつしか睡魔に襲われていた。


「……貴方は私が守るわ……命に代えても……」


 ぼんやりとした俺はその言葉を聞き流してしまい、そのまま眠り込んでしまった。

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