第25話 攻勢へ
俺が意識を取り戻し、始めに目についたのは椅子に座って眠っているライアだった。俺は最後に覚えている記憶を掘り起こし、状況を整理した。どうやら俺は助かったらしい。恐らくだがライアが救助してくれたのだろう。それにしても危なかった。戦技では毒は無効化できないようだ。多分、体力自体は常人より高いから死ににくくなっているとは思うが。
ライアは俺をずっと看病してくれていたようだ。彼女には随分と心配を掛けてしまった。……ゴブリン達の覚悟を舐めていた。文字通り俺と刺し違えるつもりだったのだろう、あの隊長は。加護や戦技を過信していては駄目だな。もっと鍛えなくては。肉体を、そして心もだ。
俺は起き上がり、迷彩服を召喚して着込んだ。そしてライアを起こした。
「ライア……起きてくれ……」
「……う、うーん。……コータロー、目が覚めたのね。良かったわ……」
ライアは若干寝ぼけながらも、俺が起きたことに安堵したようだった。寝起きに申し訳無かったが、これまでの状況を聞いた。
「俺はどのくらい寝ていたんだ?」
「三日よ。昨日一度だけ目を覚ましたんだけど、覚えてない?」
「うーん。良く分からないな。それにしても三日も寝ていたのか……よく無事だったな……」
「とにかく食事を持ってくるわ。まだ安静にしてなさい」
「いや、もう大丈夫だと思う。自分で食堂に行くよ」
「そう、無理はしないでよ」
俺は彼女にそう言い、二人で食堂に向かった。その前にポンチョを彼女に着せてあげた。腕時計を見ると、丁度昼飯時だ。料理人の人に迷惑を掛けなくて安心だ。食堂につくと、ミルグレーブ氏やガルス翁そして、ローマ野郎ことロムレスがいた。もう到着していたのか。随分と早かったな。
「おお、サカキ。目が覚めたか。安心したぞ」
「ミルグレーブ首長。ご心配をおかけしてすみませんでした。油断しました」
「何の。レッドキャップを相手に一人で戦ったのです。無理もない。生きているのは奇跡ですぞ」
「それにライダーズも半壊したようだ。夥しい数の死体をロムレスが発見したらしい。とにかくよくやってくれた」
二人は俺を褒めたたえたが、ロムレスは無言を貫いた。別に褒めろとは言わないが、何かあってもいいのではないだろうか。俺とライアは彼らを救援すべく必死で戦ったのだから。嫌味を言いたいわけではないが、俺はロムレスに話しかけた。
「ロムレスさんもお着きでしたか。軍団はもう到着したのですか?」
「いえ。ヴァイスランより注意喚起の狼煙が上がった段階で、軍団には防御陣形を取らせました。機動部隊の奇襲が考えられましたからね。私が敵の立場ならそうする。だがいつまでも待ってはいられないので指揮は大隊長達に任せ、側近のみを連れてヴァイスランへ来たのです。途中でライダーズの死骸を発見しましたよ。ご活躍見事ですな。勇者殿」
ロムレスはそう言ったが、どうも嫌味っぽく聞こえてしまう。それにしても狼煙だけで状況を把握して対策を打ったのか。やはり将としては優秀なのだろう。ロムレスは俺を見ずに食事を続けている。軍人らしく早食いだ。あっという間に平らげ、席を発った。
「さて、私はこれで失礼しますよ。恐らくもうそろそろ第一軍団も到着するでしょう。手配がありますのでこれで」
ロムレスは足早に食堂を後にした。慇懃無礼というのはああいうのを言うのだなと俺は思った。他の人たちもそう思たのか、彼を見る目は厳しい。ライアに至っては無視している。ともかく俺達は席についた。俺は久しぶりの食事なのでおかゆだ。といっても米ではなく、麦を使ったポリッジという奴だ。ほんのりと甘く、塩味も効いて実に美味かった。俺は三杯も食ってしまった。
「それだけ食べられればもう大丈夫ね。あなたを見つけた時には心臓が止まったかと思ったわ。ガルス翁が一緒にいてくれたからすぐ治療できて助かったのよ」
「そうだったのか……ガルス翁。ありがとうございました。ライアもありがとうな。ずっと看病してくれて」
「ほほ。これまで良い所がありませんからの。宮廷魔術師としてこれぐらいやらなければ」
俺に感謝され、ガルス翁も満更では無さそうだ。ライアは後片付けを手伝ってくると言い席をたった。彼女がやらなくても良さそうなものだが、人手不足で大変らしかった。俺は食後のお茶を飲みながらミルグレーブ氏と今後の見通しを話した。
「それで、今後はどう動きますか?」
「うむ。帝国軍が着き、準備が出来次第、国境の要塞へ進撃するべきだろうな。敵は相次ぐ攻勢失敗で戦力を落とし勢いが無い。本国から援軍が来る前に要塞を奪還しておきたい」
「俺が戦った、ゴブリンキング……ザルトスはどこにいるんでしょうか?」
「当初ルセウムに侵攻した際には奴の姿は無かった。てっきり陣頭指揮を取るものと予想したが、勇者召喚を察知し、少数で帝都へ向かったのだろう。その後は本国へ帰還した可能性が高いな」
思い起こせば、あの時ザルトスは神託で勇者召喚を知ったといっていたな。奴に加護を与えた闇の神が教えたのだろう。無理をして来たとも言っていたので、奴もリスクを負って帝都へ侵入したのだろう。
俺が銃剣で与えた傷はそれなりに深かったと思うが、魔法のある世界だ。すぐに回復しているはずだ。本国で療養中と考えるべきではないだろう。援軍をまとめていると想定すべきだ。
俺は自身の見解をミルグレーブ氏に述べた。彼も同意見だった。とにかく今は援軍が来る前に要塞を取り戻すことが肝要だろう。……だが要塞を取り戻した後はどうするのだろうか? ザルトスが引きつれてくる、本国の増援部隊と雌雄を決するのだろうが、それに勝てたとしてこの戦争は終わるのだろうか? まだ勝利した訳では無いが、俺はこの戦争の着地点をどこに持っていけばいいのかミルグレーブ氏に聞いてみた。
「難しい問題だな……要塞を取り戻してなお、ゴブリン達が攻勢を続けるなら迎え撃つまでだが、いくらゴブリンとはいえ、無限に湧いてくる訳では無い。既に十万以上の将兵が命を落としている。奴らもどこかで拳を下ろすタイミングを図っているだろう。俺としては開戦以前のルセウムの土地を取り戻せればそれでいいが、要塞以西の土地には元々ヒューマンが入植していた土地もあるのだ。そこを取り戻せと主張するものも多いだろう。勇者の力をあてにしてな」
ミルグレーブ氏がそう言い、俺を真っ直ぐみた。その視線は俺にお前自身はどうしたいのだと問いかけているように思えた。……やはり戦争というのは難しい。これがRPGならゴブリンキングの本拠まで攻め込んで、魔王城か何かにいるラスボスを倒せばそれでお終いだが、そうは行かない。
何も知らない部外者の俺にとっては、戦争以前の状態に戻ればいいではないかと気楽に考えてしまうが、現地の人達の思いも分かる。しかし、俺が勇者の力を振りかざして攻勢を続けるのは正しい事なのだろうか? それは侵略になるのではないだろうか? その時、『専守防衛』は発動しないかもしれない。いやむしろ赤く点滅して俺の力を奪うかもしれない。
俺は何故自分の戦技がこんな性能なのか分かった気がした。神様も無限に戦火が拡がるのを望んではいないのだろう。過去の勇者の過ちについて、神としても忸怩たる思いがあるのかもしれない。
「ミルグレーブ首長。俺は自衛官です。……意味が分からないかもしれませんが、俺の力は人々を守るための物。いたずらに戦火が拡がるのを望んではいません」
俺の答えを聞いて、ミルグレーブ氏はニッコリと笑った。大男の彼があんな表情をするとある種の凄みがあって怖いのだが、俺の答えに満足したようだ。
「やはり勇者としてお前が召喚されて良かった。……サカキ。今はゆっくり休め。帝国軍の準備が整うまでに数日は掛かるだろう。戦士にも休息は必要だ。英気を養うのも仕事だ。いい機会だからライアと遊びにでもいけ」
「し、しかし俺だけ休むというのは……」
「いいから、サカキ。お前、ライアにキチンと礼を言ったか? 単に言葉を掛けただけで終わらせてやしないか。あの娘はな、自身も父を失くし、それでも故郷や人々の為に戦ってきたんだ。お前も大変だと思うが、あの娘のことをもっと見てやってくれ。……ライアを頼む」
ミルグレーブ氏の言葉を聞いて、はっとした。俺はライアと深い仲になったが、よくよく考えれば彼女のことをあまり知らない。……そういえば彼女の母はご存命なのだろうか? 父親が戦死したことしか知らない。何となく故郷がヴァイスランだと思っていたが、そうであれば実家で寝泊りした方が気が休まるだろう。
俺と一緒に宮殿で生活してくれているが、俺を気遣ってのことだったのだろうか。彼の言う通り、ライアをもっときちんと見てやらないと、
普通はもっと色々と話して関係性を深めてからああいう事をするのに、俺と来たら場の勢いで突っ走ってしまった。体が目的の関係ではないが、急に自分がふしだらなことをしているように思えてきた。
とにかく彼女が戻ってきたらもっとお互いについて話さないと。俺はそう心に決め、席を発った。
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