第24話 レッドキャップ

 俺はふと、何かの気配を感じて急に目が覚めてしまった。意識はぼんやりとしていたが、すぐにそれが殺気だと気づき、意識が覚醒した。ろくよんはまだ召喚されたままで、消えてはいなかった。ともかく、急いで寝袋から這いずり、天幕を飛び出た。


 その瞬間、天幕に何本も短剣が突き刺さった! 間一髪だ! 辺りは暗かったが周囲を見渡すと、至る所から殺気を感じる。俺はすっかり敵に囲まれてしまったのを悟った。すると隊長らしきゴブリンが一人俺の前に姿を見せた。ブエルのような大型のゴブリンではなく、オーソドックスな小型のタイプだ。


 だが俺は彼から漂う強者の気配を感じ取った。よく見れば、アニメに出てきた特殊機甲部隊が付けていたような赤い帽子を付けている。


「サカキコータロー! 貴様の命、我らゴブリン特殊部隊『レッドキャップ』が貰い受ける! 同胞たちの仇を取らせてもらうぞ! 貴様の返り血で我が肩を赤く染めてやるわ!」


 隊長らしき男が宣言し、敵部隊は俺に一斉に襲い掛かってきた! 彼らは短剣を手に、俺に跳びかかってきた。奴らは的が小さく、ろくよんでは不利だ。俺はろくよんを捨て、両手に銃剣を召喚した。二刀流で迎え撃つ!


 俺は素早く動きながら、殺到する敵を銃剣で斬り伏せ、或いは蹴りで迎撃した。だが数が多く、また暗夜で敵が視認しづらい! L型ライトで照らすことも考えたが、下手に明かりをつけると、俺の位置が丸見えだ。奴らは夜目が効くようだが、それでも明かりを点けるのは危険だった。


 ゲームやアニメであれば、この暗闇を利用して閃光手榴弾で一網打尽という展開があるが、俺は閃光手榴弾など見たことも触ったこともない。一応念じてみたが、やはり駄目だった。くそ! 何か他に手段があれば……せめて月でも出ていれば……月?


 そうだ! あれなら召喚できるはずだ! 俺は思わず叫んだ!


「召喚! 微光暗視びこうあんし眼鏡!」


 俺が叫ぶと、目元にギミックが装着された。やった! 成功だ! 俺が召喚したのは、一般にスターライトスコープと呼ばれる暗視装置だ。俺は訓練で一回だけ付けたことがあった。班長によると普通はこんなもの新隊員教育では扱わないそうだ。


 だが助教の一人が武器マニアらしく、理由をつけて、原隊から教育用として借りてきたらしいのだ。本当は助教が使いたかっただけのようだが。ともかく助かった。ありがとうございます、二班の小池士長。


 俺の視界は昼間同然とは行かなかったが、動物の生態を取り扱ったTVの夜間映像のように緑色で映し出された。正直見づらいが、真っ暗より大分ましだ。特に奴らの赤い帽子が目立ちよく見えた。バカめ! 特殊部隊と言いながら偽装を疎かにするとは……これが自衛隊なら反省だぜ!


 とにかく視界を克服した俺はレッドキャップと戦い続けた。流石特殊部隊とあって、その動きは素早く、短剣の扱いも見事だ。ほとんどの連中は俺にカウンターで倒されたが、ときおり投擲を仕掛ける者もおり、油断できない! スピードと技に特化した恐るべき部隊だ。


 だが戦技で強化された俺には及ばず、死体の山を築いた。しかし一行に怯む様子が無い。偽装はともかく、やはり特殊部隊のエリートなのだろう。どれだけ犠牲を払っても任務を遂行するという使命感を感じた。だが遂に部隊はほぼ全滅し、残るは隊長だけとなった。


「恐るべき男だ、サカキコータロー! 我がレッドキャップが全滅とは……しかし刺し違えてでも貴様を倒す!」


 隊長はそう言って俺に向かってきた! 俺はこれまで通り、銃剣で切り付け、奴は地に落ちた……だが一瞬、顔を起こし、俺に唾か何かを飛ばしてきた!


「痛て! 何だ!」


 急に目の下に痛みを感じ、手で押さえる。その俺を見て隊長が高らかに笑った。


「ハハハハハ! サカキコータロー破れたり! その針には猛毒が仕込んである! 貴様の命もこれまでよ! ……王よ! 我らレッドキャップ! 王命果たしましたぞ!…… ……サ、サカキ、先にあの世で待っておるぞ……」


 そう言い残し、隊長は死んだ。クソ! 毒とは油断した! 俺はだんだんと体に異変を感じつつあった。眩暈が起こり、手足が痺れ、視界が揺らいできた。


「こ、こんなところでまた死ぬわけには……」


 俺は立っていることも出来ず、倒れてしまった。何とか立ち上がろうと懸命に力をふり絞るが、どうにもならず、やがて虚無が訪れた。


 ●


 ……あれ、俺は一体どうしたんだっけ? なんだか意識がはっきりしない。……胸が苦しいな。いつか似たような事があった。俺が目を向けると、やはり大きな大福が俺の胸板を圧迫していた。大福餅は俺の好物だ。そういえば久しく食べていない。俺は夢中で噛り付いた。


「イタ! ……コータロー! 目が覚めたのね!?」


 気づけばライアの顔が目に入った。だがどうも頭がぼんやりして状況が飲み込めない。彼女の顔は変わらず美しかった。俺は眠気が取れずに彼女の胸に顔を埋め、そのまま寝てしまった。


 ●


 ヴァイスランの会議室ではミルグレーブやガルス翁。そして異変を察知し、早馬で軍団より先に到着したロムレス一行など幹部一同が集まっていた。雰囲気は重苦しく、沈黙が場を支配していた。そこへライアが幸太郎の意識が一時的に回復した旨を報告に来た。


 なお今の彼女はビキニアーマー姿だ。幸太郎が意識不明の為、ポンチョが召喚できないのだ。幸太郎の召喚した物品は基本的に時間経過で消滅する。皆なるべく彼女を直視しないようにしていた。


「一時的だけど目が覚めたわ。今はまた眠ってしまったけど大丈夫そうだわ」

「そうか! 一安心だな!」

「いや、一時は肝が冷えましたぞ!」


 幸太郎が倒れた後、一行に戻らぬ彼を心配して、ライアとガルス翁が捜索に出たのだ。ガルス翁がいれば、馬の速さを強化できるため、二人はともに行動した。これが幸いした。


 二人は夥しいゴブリンの死骸を発見し、そこで倒れている幸太郎を見つけたのだ。回復魔法が使えるガルス翁が直ちに毒を治療し、事なきを得た。それでも幸太郎のダメージは大きく、昏睡状態が続いていた。ようやく意識が目覚め一同は安堵した。


「……それにしても、ゴブリンライダーズを半壊させ、レッドキャップをも壊滅させましたか……我らが途中でライダーズの死体の山を見つけた時には正直ゾッとしました。伝説にある通り、勇者の力は強大です。……しかし毒に対しては耐性が無いというのは朗報かもしれませんな」


 ロムレスがそう言い放った。その不穏な結びの言葉にライアが激昂しかけるが、ミルグレーブが制した。ライアだけでなく、他の一同も明確な敵意をロムレスに向けた。


「ロムレス……その言葉、どういうつもりだ。貴様、この戦争が終わったら勇者を毒殺でもするつもりか……答えて見よ! 我らの恩人に危害を加えるような事があれば、我らルセウムはドムスギアとの一戦も辞さぬ!」


 ミルグレーブが場を代表してロムレスに問うた。だがロムレスは表情も変えずに淡々と答えた。


「ミルグレーブ首長。お怒りはごもっとも。恥ずべき発言だと自覚しています。……なれど、帝国軍を代表する立場として、勇者の力を無条件に肯定することはできません。彼の力は強すぎます。……今は我らに従順でも将来どう関係が変化するかわかりません。国防を担う者としては、最悪の想定に備える必要があります」

「ロムレス……お主の言い分、分からんでもないが、やはりその発言は不当よ。名誉あるドムスギア軍人のいう事ではないぞ。あまりにも自分本位よ」


 ガルス翁もロムレスを非難した。それでもロムレスは自説を曲げるつもりはないようだ。


「私とて、彼の人間性は否定しません。本質は惰弱な男ですが、根は悪くありません。ですが可能性として勇者の暴走は常に視野にいれておくべきでしょう。現実問題として、彼がその力を悪用する事態になったらどうするつもりですか? お答えいただきたいものです」


 ロムレスが悪びれずにそう発言すると、ミルグレーブも答えた。


「サカキが人として間違った道に進むことが有れば、俺は全力でそれを正すだけだ。俺が、いやルセウム中の戦士が束になってかかっても、あいつには叶わぬだろう。だがな、元はあいつに救われた命よ。あいつの為に捨てることなど造作もないことだ」


 この言葉に居並ぶルセウム人たちがオウ! と答えた。彼らは死を恐れない。勇敢な戦士は死後神の国へと招かれ、そこで戦友たちと再会できると信じているのだ。彼らの死生観は戦前の日本軍人とどこか似た所があった。彼らが先代勇者に同情的で、幸太郎に好意的なのはそこからも来ていた。ミルグレーブは続けた。


「お前はサカキの本質は惰弱だと言ったな。お前の目は節穴よ。あいつの本質は……まだ子供なのだ。ようやく親離れしつつある、少年と言っていいだろう。戦士としては未熟よ。だがな、それだけに俺達大人が失いがちなモノを失わずにいるのだ。……俺は勇者として召喚されたのがアイツでよかったと心から思っている。……元の世界で死んだのは気の毒でならんがな。ロムレス、お前が嘗てレリクス将軍から信任されなかったのは能力故からでは無い。お前には将として、人として決定的に足りないものがある。サカキはそれを持っている。故に俺達は勇者を信じるのだ」


 ミルグレーブはそう結んだが、ロムレスはどこ吹く風だ。彼は彼の信念と正義に基づいて行動しているのだ。口ではともかく、心中では恥すべき行いなど一つもしていないと思っていたのだ。だが彼の部下たちは気まずそうだ。


 この両者の対立を見て、ガルス翁はため息をついた。ヒューマン同士がいがみ合っていては勝てる戦も取り零すかもしれない。


 暖炉の揺らめく火を見ながら、ガルス翁はヒューマンの行く末を案じた。

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