第22話 ゴブリンライダーズ

 伝令からの急報に俺たち一同は作戦室に集まった。他の指揮官達も大急ぎで集まってきた。事態は一刻を争うが、まずは状況を整理して、どう行動するのか決断しなくてはならない。ミルグレーブ氏は居並ぶ指揮官達に簡潔に状況を説明した。俺はまず、敵となるゴブリンの騎乗部隊について聞いてみた。


「ゴブリンの騎乗部隊というのは具体的にどんな敵何ですか? 馬に乗った騎兵ですか?」

「その認識でいい。もっとも乗っているのは馬では無いがな。大猪に乗っている」

「猪ですか……それで戦闘力というか、強さはどんな程度なんでしょうか」

「うむ。主な攻撃方法は槍を使っての突撃と、弓による射撃だな。大柄なゴブリンが槍を、小柄なゴブリンが弓を用いる。奴らはゴブリンの中でも特殊な部族の集まりで、ゴブリンライダーズと呼ばれる精鋭部隊だ。ヴァイスラン攻めには姿を見せていなかったが、ここで切り札を出してきたな」


 それを聞いて、俺はゲームで知った、槍騎兵と弓騎兵という兵科を思い起こした。猪の機動力が馬と比べてどうなのか気になったが、どの道、本来の騎兵の機動力など俺は知らない。聞いても意味が無いと思ったので質問はしなかった。


「今から救援部隊を派遣しても間に合わぬな。我らにも騎兵部隊があればな」

「詮なきことをいうな。それより何とかして帝国軍に危機を知らせねば!」

「とにかく、注意喚起の狼煙を上げてみましょう。少なくとも警戒はしてくれるでしょう」


 彼らの話を聞き、俺は自分に何が出来るか考えた。今の俺は『専守防衛』と『誠実』しか発動していない。今の状況では『挑戦』は発動しなかった。以前のように心中で文句を付けてみたが駄目だった。そう何回も便宜は図ってくれないか……


 実際に接敵すれば発動するだろうが、やはり俺が救援に向かうしかないだろう。ライアを見ると、彼女はゆっくりと頷いた。どうやら俺と同じ考えのようだ。


「ミルグレーブ首長、とにかく俺とライアが救援に向かいます。いま一番機動力があるのは俺たちです」

「ええ。私たち二人なら、そこいらの伝令より早く辿り着けるわ」

「ううむ。それしかないか。……だがこれがヴァイスランから二人を引き剝がす陽動作戦の可能性も否定できないな。……おそらく二段構えの作戦だな。帝国軍本隊を狙い、かつ二人を引き離す……クソ! 小賢しい連中だ!」


 ミルグレーブ氏の言葉で、ヴァイスランを狙われる可能性に思い至りゾッとした。敵はとんでもなく狡猾な連中だ。ゲームの雑魚敵イメージに囚われていると、足元を掬われそうだ。


(常に警戒を怠るな)


 また小野三曹の言葉が聞こえてきた。戦闘間隊員一般の心得だ。今は戦争中なのだ。敵がどんな行動を取ってくるのか予測がつかない。何が起きても対応できるようにしなくては。


 ともかく、陽動作戦だとしても黙って見ているわけには行かない。可及的速やかに敵を撃破し、ヴァイスランに帰還しなくては。俺たち二人は急いで部屋を出ようとしたが、ガルス翁に声を掛けられた。


「お待ちくだされ! サカキ殿! 儂に策があります。少しお待ちくだされ! ミルグレーブ殿……ヴァイスランでもっとも体力があり早い馬を用意できますかな」

「うむ、分かったすぐ手配する。二人は外で待っていてくれ」


 俺たち二人は顔を見合わせたが、言われた通りに館の外で待った。すぐにガルス翁が馬を一頭連れて現われた。いかにも屈強で早そうな馬だ。この世界に馬はいるがあまり数が多くなく、伝令や偵察が主任務のようだ。騎兵部隊を編成出来るほど数を揃えられないのだ。ガルス翁が馬の前で俺たちに作戦の説明をした。


「儂が今からこの馬に強化魔法を掛けます。その上からさらに狂暴化の魔法を重ね掛けします。そうすれば、尋常ではない速度を発揮するでしょう。帰りは馬がボロボロになりますので一方通行になるでしょうが、走るよりは圧倒的に早く着きます。問題は狂暴化した馬を御せるかですが……」

「アタシに任せて! 馬なら五才の頃から乗っているわ! コータローは後ろに乗って頂戴!」


 ライアが自信満々に答えた。俺は馬などのったことが無いから彼女に任せるしかない。しかし狂暴化の魔法か……そういうのもあるのか。まあゲームでは定番だが、動物に掛ける発想は無かったな。やはり魔法に関してはこの世界の人たちの方が運用は優れている。


 俺は馬に乗る不安はあったが、ビビってもいられない。ライアがポンチョを脱いで先に乗り、俺は後ろに乗った。……思った以上に視点が高い。これはかなり怖いのではないか? 果たしてどの程度速度が出るのか? バイクぐらい出るのだろうか? 不安を隠せない俺を差し置いて、ライアはノリノリだ。


「ガルス翁! さあお願いします! いつでも大丈夫です!」

「宜しいですかな。ではまず、スピードアップ、スタミナアップを掛けて……」


 ガルス翁がまずはベースとなる能力値を上げる魔法を掛け始めた。魔法が効いた瞬間、馬がぶひひん! と嘶いた。何か異変を感じているのだろう。そしていよいよ狂暴化の魔法が掛けられた。


「では行きますぞ! 狂暴化!」


 ガルス翁が叫びながら魔法を掛けると、馬の肉体が盛り上がったように感じた。そして棹立ちに鳴りながら、叫ぶように嘶きを上げた!


「ぶひいいいいいいいいいいひひひひん!

「うおっほ!」

「コラ! 大人しくいうことを聞きなさい!」


 俺は振り落されないように、下半身で馬の体を挟み、必死でしがみついた! ……ライアの体にだ。ライアは暴れ馬を必死で御し、何とか制御に成功した。そして猛然と走り始めた!


「ハイヨー!」

「おおおおおおおおお!」


 す、スゴイ早さだ! そして振動がスゴイ! というか振動等という生易しいものではない! 馬の足が地面を蹴り、着地するたびに体が宙に浮き上がってしまう! 自衛隊でもトラックの荷台に乗って、演習場を走行したときは振動が凄かったが、その比ではない! 俺はライアにしがみついて落とされないように必死だ!


「ちょっとコータロー! そんなに抱き着かれたら走りづらいわ!」

「そ、そんなこと言ったって、落ちちゃうよ! こんなにはねたら!」

「馬の動きに合わせて自分の身体を動かすのよ! 呼吸を合わせて!」


 俺は乗馬というのは、背中に乗っていれば勝手に馬が走ってくれるものだと思っていたが、騎手は馬の上でリズムに合わせて上下に身体を揺らし、バランスを取らなければいけないようだった。俺は必死で彼女の動きに合わせて体を動かした。


 この非常時に関わらず、俺は何故女性上位の例のあれを騎乗位と呼ぶのかを思い知った。確かにあれは騎乗だ。それ以外に表現のしようがない。俺がこんな馬鹿な事を考えていたせいか、『誠実』が赤く点滅を始めた。『誠実』はTPOに厳しいようだ。


「わわわ! 冗談です! 真面目にやります!」

「……何を言っているの? 喋っていると舌を噛むわよ!」


 彼女がそう言って更にスピードを上げた。雑念を振り払ったおかげか、『誠実』は通常の点滅に戻った。やれやれ、おちおち妄想も出来やしないな。まあ非常時だから当然だ。


 俺と彼女は疾風の如き速さで馬を走らせた。


 ●


 暫く走り、大分ヴァイスランから離れた。俺達は事前に斥候から聞いていた敵の進軍予想箇所へ向け走らせていたが、無事に補足できるか心配だった。しかし、遠くにものすごい土煙が起きているのを発見した。何しろ数千の騎乗部隊だ。舞い上がった土煙が目印となった。


「しめた! あの土煙に向け一気に距離をつめよう!」

「任せて!」


 彼女は意気込み、一気にスピードを上げた。俺達は土煙の横につけるような形で接近し、遂に敵集団を補足した。猪に乗ったゴブリン達が大勢いた。ものすごい迫力だ!


「あれがゴブリンライダーズか!」

「コータロー! 銃で一気に攻撃して!」

「任せろ!」


 彼女は馬を御している。攻撃は俺の仕事だ。敵を目の前に捉えた事で、『挑戦』が発動した。俺は下半身でさらに馬の胴体をしっかりと挟みこみ、召喚したろくよんで連発射撃を開始した。


 ドドドドドドドドド! ど爆音が響き、俺の体は銃の反動と馬の振動でブレブレになった。正直、この体制では正確な射撃が難しいが、とにかく乱射して敵を攪乱しつつ倒すしかない! 俺はひたすらライダーズに向け撃ちまくった! すぐに弾が切れてしまうので、弾倉を込めなおすが、この体制では一苦労だ。それでもろくよんの威力は確実に敵を削った。


 撃たれたゴブリンや猪は体を吹っ飛ばされ、後続の部隊を転倒させた。だが敵は数千だ。なかなか減らない。俺は手榴弾を召喚して、敵に向かって投げた。爆発にタイムラグがあるせいか、狙った個所で爆発させるのは難しかったが、敵中で爆発すれば一気に敵が削れた。だが前回のような威力は出なかった。やはりこの前は戦技がフルパワーだったせいか。


 しかし、これまで一方的に攻撃を受けてきた敵が、俺達に向け攻撃を仕掛けてきた。一部の部隊を切り離して、俺達に当ててきたのだ。……本隊は帝国軍を狙うつもりだろう。これは足止めか!


「ライア! 敵の攻撃をかわして、敵中を突破するんだ! 本隊から引き離されるわけにはいかない!」

「わかったわ! 後ろは任せるわよ!」


 俺達は向かってきた敵集団に突っ込んだ! 幸いそれほど敵は密集していなかったのですり抜けることができた。俺はすれ違いざまにろくよんを発射し、敵を薙ぎ払い続けた。だが敵も槍を持った個体が俺達に肉薄し、攻撃を図った。


 ライアは片手で手綱を引き、片方の手で剣を振るった。幸いリーチはこちらが上で、次々と槍騎兵たちは倒されていった。今度は弓を持った個体が馬を狙って射撃してきた。奴らの弓は小型で、それほど威力はないだろうが、馬を仕留めるには充分だ。


 俺が弓騎兵を狙撃し、ライアが槍騎兵を切り捨てる。この連携で何とか敵集団を突破した。俺は後方の敵に向け手榴弾を何発も投げてやった。爆発音と共に敵の悲鳴が聞こえた。


 そうして、俺達は敵本隊に斬り込んだのだ。

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