第21話 ガルス翁合流
戦没者の葬儀から数日が経った。俺とライアは街も落ち着いたこともあり、ヴァイスランの復興作業を手伝っていた。主に障害物の撤去など力が必要な場面で俺とライアは活躍した。
復興支援に従事していると献身と誠実が強く反応した。献身は戦闘以外でも人々を助ける際には発動するようだ。どうも戦技の説明文はどうとでも解釈できるというか、条件が曖昧だ。これも神の気まぐれなのかもしれない。
ともかく、俺は人々に感謝されながら作業に従事した。市民には勇者に殺到しないように通達が出ており、良心のある人々はそれに従った。勿論、俺に憧れるような子供やミーハーな人々というのは一定数いるので、あまり大っぴらに街を歩くと大騒ぎになってしまう。
俺は街へ繰り出すのは必要最小限とした。ミルグレーブ氏は俺に不自由をさせて申し訳なさそうだった。だがあまり仰々しく引っ張りだこにされるのは俺もごめんだった。どうも加護という借り物の力で威張り散らすのはみっともないように思えたからだ。
神が何かの気まぐれで俺から加護を取り上げれば俺などたちまちひ弱な人間に戻ってしまう。実際に加護でやりたい放題した結果、加護を喪失する人間というのはいるらしいのだ。まあ気まぐれでなくても、人々を助けるために善意で与えている神の方が多いのだろう。それが原因で世に混乱を齎すのであれば、取り上げられるのも納得だ。
それに俺の『誠実』は厳しいからな。不実なことをすれば能力が弱体化してしまう。ともかく俺は自衛官の義務に従い、品位ある行動を心がけた。
そうして復興も大分進んできたある日、懐かしい顔と出会った。俺が館で昼食を取っていると、帝国からの使者が訪れた。ミルグレーブ氏に呼ばれたのでライアと二人で応接間に向かうと、魔法使いの格好をしたジジイがいた。
「おお! サカキ様! 活躍は聞きましたぞ! ヴァイスラン救援、実に見事でした! 帝国本国を代表してお礼申し上げます!」
「ガルス翁! ありがとうございます。……でもすいませんでした。何も言わずに向かってしまって」
「何の! そのおかげでヴァイスランは救われ、ひいては帝国も救われたのです。結果が良ければ全て良し。律儀に我々に報告していては間に合わなかったかもしれません。お気にめされるな」
ガルス翁は随分と疲れているというか、ボロボロに見えた。話を聞くと大急ぎで向かってきたらしい。早馬に乗り、回復魔法で馬と自身を回復させながら、強行軍で来たとの事だ。護衛に近衛の一個分隊が付けられたが、結局途中で脱落してしまったらしい。いずれ追いついてくるだろうが。
関所付近で、ヴァイスランからの伝令とすれ違い、俺の救援成功を知ったらしく、安堵しながらも、一刻も早く俺と合流することを望み、やはり無理をしてきたらしい。俺は恐縮してしまったが、未だルセウム領内にはゴブリン軍団が下り、予断の許さない状況だ。彼が急行するのも止むを得ない。
ひとまず、俺達は情報共有をした。現状、ゴブリン軍団はルセウム西方の要塞で部隊の再編を行っているらしい。ゲリラ部隊を派遣して、後方を荒らされる事を俺は危惧したが、その兆候は見られずほっとしていた。
ガルス翁によると、帝国本土では、ロムレスが急遽部隊を編成し、ルセウムに向かう手筈になっているようだ。本来なら訓練を済ませ、それから出発する気だったようだが俺の出発を知り、訓練は中止して大急ぎで向かうことになったようだ。
……ん? 元々は訓練を予定していたという事は、もしや帝国本国はヴァイスランを見捨てるつもりというか陥落は止む無しと考えていたのか……戦略としては正しいのかも知れないが、やはり複雑な気分だ。ルセウムとドムスギアの微妙な関係はこれも原因か。
「それでガルス翁、帝国軍はどの程度で到着の見込みですか?」
「そうですな。通常の速度なら十五日はかかるでしょうが、強行軍なら十日程度で来るやもしれませぬな。ロムレスにも意地があるでしょう。サカキ殿お一人で、いや正確にはライア嬢もですが、ともかく若い二人だけ向かわせておいて自分たちは余裕を持って向かうような真似はせんでしょうな」
ミルグレーブ氏が尋ね、ガルス翁が答えた。なお彼もミルグレーブ氏に倣って、俺を様と呼ぶのをやめた。彼も年齢を重ねているだけあって、俺の気持ちに配慮してくれたようだ。正直助かる。
さて、俺達が帝都を発ってからざっと一週間程度だ。ロムレスが軍の再編に数日を掛けたとして、それから発ったとして四、五日。自衛隊では行軍は一日八時間で三十二キロメートルと教わった。そう考えるとガルス翁の見立てはそれほど間違ってはいなさそうだ。恐らくこの世界の人間は現代人よりはるかに体力で勝るだろうから、一日四〇キロぐらいは歩けるのではないだろうか?
ひとまず、軍の情報はその程度だ。俺やミルグレーブ氏はガルス翁にヴァイスランでの戦いの顛末と俺の戦技についての見立てを話した。ガルス翁は少し考えた後、ミルグレーブ氏の予想を概ね肯定した。
「うむ。サカキ殿の能力の要点はそんな所で正しいでしょうな。守りに特化した能力というのは、我らにとっても都合が良いかもしれません。……これは話すべきか迷いましたが、これまでの勇者様について、どのような顛末を辿ったのかお話すべきでしょうな」
そういえば、過去の勇者について詳しくは聞いていなかった。四百年前の勇者はともかく、六十年前の勇者は召喚された年齢にもよるが、俺と同い年であれば生きていて不思議ではない。ガルス翁は言いづらそうだが、俺を慮って全てを打ち明けてくれた。
まず、四百年前の勇者だが、彼はやはり戦国武士のようで、とにかく凄まじい強さだったらしい。彼の登場でヒューマンは一気に勢力を回復した。そこまでは良かったのだが、その時の勇者は戦国武士だけあってか、非常に野心家で、ヒューマンによる大陸統一を目論んだそうだ。
彼はまず南部のオークたちを責め立て、壊滅的な被害を与えた。これに恐れを抱いたエルフ達は、十人の美姫を妾として彼に差し出し、服従することで難を逃れた。その後、北部のドワーフとゴブリンたちの連合軍と戦うが、ここにきてヒューマンも彼のやり方を危険視し、勇者を見捨てた。孤立した勇者の最後はゴブリン・ドワーフ連合を相手に壮絶な討ち死にをしたそうだ。
……何というか、日本人の俺としては複雑な心境だが、ヒューマンを責める気にはなれないな。大昔の日本人は血の気が荒かったと聞くが、さもありなんと言ったところだ。もしかしたら有名な武将かもしれないと思い、名前を聞いてみたが、聞いたことのない名前だった。
俺も歴史シミュレーションゲーム、織田家の系譜は相当プレイしたので、戦国武将の名前には詳しい。少なくともメジャーな人物ならすぐわかる。……まあ完全な余談だな。
そういう事情があったので、勇者召喚の危険性は各国認識しており、ヒューマンも安易に行うことはしなかった。それで随分と期間が空いているのか……。だが約六十年前、領土問題や経済問題など複数の要因が重なり、ヒューマンはゴブリンとオークの二勢力との戦争になってしまった。なおエルフやドワーフは勇者召喚を警戒して、不干渉の立場を貫いた。
南北から挟み撃ちにされ、やはりヒューマンは存亡の危機に立たされた。そして止む無く勇者召喚を行った。幸い、召喚された勇者は俺と同様に野心家では無かったので、純粋にヒューマンの防衛に専念してくれた。
しかし、南部のオーク戦線で孤軍奮闘し、最後は強力な加護を持ったオークの王に飛行機で突っ込み、相打ちで果てたそうだ。六十年前の勇者は呼び出されて四年で戦死してしまったのだ。その後、和平が結ばれ暫くは平和な時代が続いたそうだ。
「……先代の勇者様は優しい方でしたが、どこか死に急ぐような所があったそうです。勝手な言い分ですが我らとしては誠に遺憾でした。生き残り救国の英雄として余生を過ごして欲しかったものです。……サカキ殿。くれぐれも無理はしないでくだされ。あなた一人を犠牲にして助かろうなどど皆思っておりませぬ」
「先代の勇者は俺の父とも面識がある。父が言うには、友と一緒に死んだと思ったら、自分だけこのような世界に来てしまった。ヤスクニに行った皆に申し訳が立たぬと零していたようだ。……俺も今なら彼の気持ちが分かる。仮にライアスとともに死んだとして、俺だけ異世界に呼ばれたとしたら、俺も同じように思うだろう」
二人の話を聞いて、俺はやるせない気持ちになった。国の為に戦い戦死したと思ったら、この世界に一人だけ来てしまった彼の気持ちは筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。ヒューマンを助けるためとは言え、やはり勇者召喚など間違っているのではないか。
神様ももっと別のやり方でヒューマンを救おうとはしないのだろうか。というか神様が調停なりなんなりすればいいではないか。俺はこの世界の神に疑問を抱いた。
その思考を遮るように、伝令が応接に来た。報告があるらしい。
「お話し中、失礼します。関所より狼煙で連絡がありました。本日、帝国軍本隊が関所を通過したとの事です」
「うむ、ご苦労。ロムレスめ。相当無理をしたな。この分ならあと五日程度で着くだろう」
「あやつも曲がりなりにも軍神の加護持ちですからな。貴下の軍団の移動速度も通常とは比べ物になりますまい」
そうか、ロムレスは加護で軍隊を強化出来るのだったな。それならこの速さも納得だ。そう考えている最中にまたもや別の伝令が来た。どうも悪い報告らしく、大分焦っている。
「偵察部隊より急報! ゴブリンの騎乗部隊数千がヴァイスランの南方に向け進軍中との事! 関所の封鎖が目的では!」
「いや、関所の封鎖なら騎乗部隊は不向きだ。……狙いは帝国軍本隊か!」
「マズいですぞ! ロムレスの軍は行軍で疲れ切っている! その上大半は新兵、奇襲を受けては一溜まりもない!」
予期せぬ報告に焦る二人を見て、俺は休息の日々は終わったことを悟った。そして激闘の日々の幕開けとなった。
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