第20話 戦いの反省

 俺の不安そうな顔を不可解に思ったのか、ミルグレーブ氏が懸念が有るのか? と聞いてきたので、俺は正直に帝都で戦技を検証中にロムレスと揉めてしまい、一本背負いで投げ飛ばしてしまったことを話した。


 ミルグレーブ氏はそれを聞き、キョトンとしていたが、やがて大笑いを始めた。他の指揮官も嬉しそうにこれに追従した。


「そうか! あの生意気な若造をぶん投げたか! いやーこれは愉快だ! ハッハッハッハッハ!」


 どうもルセウムとドムスギアは確執があるのか、皆実に嬉しそうだ。……単にロムレスが嫌われているだけかも知れないが。


 ミルグレーブ氏は笑いが収まると、打って変わって冷静に話し始めた。


「サカキ殿の強さは我ら既に承知よ。今更訓練や模擬戦など不要。問題は戦技の内容だ。恐らくライアのような条件付きでの能力強化系だろう。こういった戦技は強い反面発動条件が複雑だったりするのだ。ライアがいい例だ。故にその内容を把握しておきたいのだ。……よいかサカキ殿。これはそなたにとって生命線と言えることだ。安易に他人に話してはならんぞ。……他の物もよいな! ここで知りえた勇者の戦技は一切口外無用だ! 破ったものには極刑を申し付ける!」


 ミルグレーブ氏の一言に場は静まり返った。彼は一見すると蛮族のような風貌だが、中身は相当な知恵者のようだ。俺は戦技の内容などあまり深く考えて来なかったが、確かに俺の戦技は癖が強い。これを利用されて力を封じられる危険性があった。とにかく、俺は自分の加護や戦技について話した。


 ミルグレーブ氏は俺の話を聞いて難しい顔をしていた。他の指揮官たちは思い思いに話しあい始めた。


「異世界の神……というのは我ら目線なのでしょうな。サカキ殿の故郷の神なのでしょう」

「ともかく、話を聞く限りでは、守りに特化しているというか、防衛向きですな」

「戦局が不利になるほど強くなるか……爆発力はあるが、効果が不安定なのが難点だ」

「今回の戦い。戦局は我らにとって最悪。戦闘する意思のない市民も大勢いた。それがあの恐ろしい威力の要因か」


 彼らは冷静に分析していた。なるほど、ろくよんや手榴弾が異常に強かったのはそのせいか。特に今回は『挑戦』と『献身』の影響が大きいのかも知れない。献身の説明に守るべき人数が多いほど強くなるとは書いていないが、書いていないからそうではないとは言い切れない。


 今後、攻勢に出た際には、『挑戦』は発動するだろうし、戦局は相変わらずヒューマンに不利だから強力なバフは得られるだろう。しかし『献身』は発動しないかもしれない。攻撃側なら弱者や非戦闘員は基本いないだろう。


 ゴブリンキングとの闘いの際には、首を締め上げられた姫や気絶したガルス翁。身動きのとれないカインなどが『献身』の発動に影響したのだろうが、要塞攻略戦となると微妙だな。……味方が攻勢に失敗して退却するとき等は発動するかもしれない。

 

 『誠実』については、戦闘中でなくても発動したりしているな。俺が誠を貫く行動や意思を見せれば発動するようだ。その特性から考えると、もし俺自身がこの戦争の大義名分に疑問を覚えれば、発動しないのかもしれない。また俺自身がゴブリンは絶滅させるべき、それが正義だと本気で信じ込んでゴブリンを皆殺しにしようとしても発動しない気がする。


 自分が正義だと信じていれば何をしても良いという物でも無いだろう。誠とは。


 俺は自分の懸念を話した。ミルグレーブ氏は俺の話を聞き理解してくれた。


「やはりこのタイプの戦技は癖があるな。強力だが弱点が無い訳では無い。とにかくサカキ殿もお前らも勇者の力を過信するな。足元を掬われるぞ。……ところでサカキ殿。例の銃を見せてくれぬか? 実際に見てみたい」

「勿論です。銃!」


 俺が装弾済みのろくよんを召喚すると、皆、やはりおおー! と声を上げた、見た目の物珍しさもあって興味津々らしい。


「サカキ殿。その状態で既に撃てるのか」

「ええ。弾も入っているからいつでも撃てますよ」

「そうか、……サカキ殿。すまぬがその銃を持たせてもらってもいいか? どのような構造なのか気になる」

「いいですよ。危ないから引き金には指を掛けないでくださいね」


 俺はろくよんを彼に手渡した。ミルグレーブ氏は物珍しそうに銃をいじくりまわしたが、突如俺に銃口を向けた! その目には殺意が見て取れ冗談の雰囲気では無い!


 俺は息を飲み、撃たれる! と本気で思ってしまった。だが彼が構えた直後、ライアが居合の様に一瞬で剣を抜き、ミルグレーブ氏の喉元に突きつけた。そしてゾッとするような冷たい声を発した。


「……おじ様。これはどういうことです。返答によっては許しませんよ」

「……すまなかったな。二人とも。……サカキ殿。これもお主の弱点だ。出会って間もない者に自分の武器を渡すなど戦士としては考えられぬ愚行だ。……責めている訳では無い。貴方は加護を授かり強大な力を得たが、その本質は実戦経験の少ない若者だ。ゆめゆめお忘れなきよう老婆心ながら申し上げる」


 彼は深々と頭を下げ、俺に銃を返した。今の俺は『専守防衛』と『誠実』しか発動していない。もし彼が銃を撃てば、俺は死んでいたかもしれない。彼は身をもって俺に教えを授けてくれたのだ。


(如何なる時でも、銃を手から放すな)


 不意に小野三曹の言葉が聞こえたような気がした。……やはり俺はまだまだ新米だ。基本がまるで出来ていない。こりゃ反省が必要だな。後で腕立て伏せをしておこう。自主的に。ライアは複雑な顔をしながらも剣を収めた。


 作戦室は重苦しい雰囲気となったが、指揮官の一人が大声で話し始めた。


「全く、兄者の心配性にも困ったものよ! サカキ殿、許されよ。それより折角なので、銃を使った演武でも披露してくれぬか? 兄者、作戦会議はもう終わりで良かろう。当面は防衛と警戒に専念し、帝国軍を待つ。要点はそうだろう」


 どうやらミルグレーブ氏の弟のようだ。後で聞いたが名前はミロンだそうだ。……しかし、見た目のいかつさに比べて妙に可愛い名前だな。そもそもミルグレーブ氏に至っては、ケーキみたいでおいしそうな名前だ。


 彼は場の空気を和ませるため、あえて提案をしたようだった。ミルグレーブ氏もその意を汲み、作戦会議を終わらせた。俺も勿論提案を受け入れ、庭へと向かった。なお、彼らは銃に詳しい素振りを見せていたが、どうやら六十年前の勇者が銃を使っていたので、どんな武器なのか知っている者も多いそうだ。彼らの父親世代は若い時に勇者と従軍していた者も多くおり、それも一因らしい。


 皆でぞろぞろと庭に行き、俺は着剣して銃剣格闘の演武を披露した。といっても、基本となる直突、そしてそこから派生する、横打撃……これは銃剣とは反対部分の床尾で、水平方向へと打撃を加える技だ。剣と名前がついているが、銃剣の本質は槍だ。床尾は槍でいう所の石突と言っていい。


 そしてやはり直突から派生させた縦打撃……要領は横打撃と変わらないが、名前の通りに今度は垂直方向に床尾による打撃を加える。俺はこの三つぐらいしか出来ない。だがみな俺の演武に満足したようだ。


「基本的には短槍と同じですな。矢弾が尽きれば白兵戦を行う。やはり戦いはどこでも変わりませんな……サカキ殿。ひとつ模擬戦をお願いしてもよろしいかな?」


 ミロン氏がそう提案してきた。しかし銃剣は本物だからな。むしろ本物以上だ。刃がついている。危険すぎるので断ろうと思ったが、どうにか彼らの意を汲めないか、考えた。そしてあることを思い付き、俺は念じた。


「木銃!」


 俺が念じると、銃剣格闘の訓練で使用する、木製の銃が出現した。銃といっても形だけだ。先端には竹刀のようにゴムでカバーが付いている。これなら安全に模擬戦が出来る。……といっても喉に直撃すれば大けがの危険性がある。慎重にやらないと。


「これでお相手しましょう」

「おお、是非!」


 ミロン氏も、訓練用と思われる木刀を持ってきた。彼は両手で構え、俺と対峙した。俺は彼の実力を見極めるため、先手を打たせた。キエイ! と気合とともに上段からの振り下ろしを放ってきたが、俺はこれを見極め、後方に回避した。


 彼はそのまま連撃を繰り出し、俺を追い詰めに掛かったが、俺は彼の上段切りを木銃の腹で受け止めると、そのまま横打撃で顔面を打った。打ったといっても寸止めだが。実際に当てては大けがの危険がある。


 俺は素早く木銃を戻し、床尾を喉元に突きつけ、残心を決めた。ミロン氏はまいった! と降参した。あっさり勝ってしまったが、彼の強さは、現代人で言えば剣道の高段者かそれ以上なのは間違いないような気がする。


 ともかく、俺はルセウムの猛者たちと次々に模擬戦を行い全て勝利した。そして最後にライアと戦った。彼女はこれまでの男たちとは比べ物にならない強さだった。やはり加護の影響は凄まじい。俺たちは一進一退の攻防を続け、結局決着は付かなかった。途中でミルグレーブ氏が中断させたのだ。


「もういいだろう。あまり無駄に体力を消耗するな。サカキ殿、今戦技は何が発動している?」

「ええと、『専守防衛』と『挑戦』、『誠実』ですね」

「ううむ。それでライアと互角か。戦技が四つ全て発動し、かつ相手が強く戦局が不利なほど、そして守る人々が多いほど強くなるわけか。恐ろしい伸びしろだな」


 どうやらミロン氏も単に自分が戦ってみたいだけで提案した訳では無かったようだ。俺の実力を把握する為のものか。みな蛮族っぽい感じだが、戦いに関してはキレるな。その後はみな持ち場に戻り、戦後処理を続けていたようだ。


 そしてその夜にようやく戦死者を弔う準備が完了した。ヴァイスランの郊外に、戦士たちの遺体が並べられ、火葬の準備が整った。至る所からすすり泣きが聞こえる中、ミルグレーブ氏は戦没者に向けた演説を行った。


「今日はこの勝利を祝い乾杯しよう! 神々でさえ、名誉を喜んでおられる!

 お前たちの勇気と名声はすでに歌われている! 人々の間には、お前たちへの賞賛が鳴り響いている! ゴブリンという侵略者に打ち勝つ中で、ヒューマンの強さと勇気が本物であることを証明してくれた。 ヴァイスランの市民は、この恩を生涯忘れない! だが、敵はここで止まらないだろう。いや、ヒューマンに対して、今後も攻撃を続けるだろう。我々一人一人がこの暴挙と戦い続けなければならない。命を落とした仲間のためにも! 私からの感謝と祝福が死者たちと共にあるように!」


 演説が終わるとミルグレーブ氏は戦死者に火をつけ火葬を行った。生き残った戦士たちはみな胸に手を当てて敬意を表した。ルセウム式の敬礼らしい。俺も挙手の敬礼で送ろうとしたが、ふと思い立ち、着剣したろくよんを召喚した。そして、左手で銃の中央部を持ちながら上に引き上げて体の中央で構え、右手で銃の下部を持った。


 着剣捧げ銃という、戦没者に対する儀礼上最高位の敬礼だ。訓練の時は非力だった俺はなかなかキチンと構えることが出来なかったが、今の俺は手本通りの美しい敬礼を行えた。


 燃えていく戦士たちの亡骸を見ながら、俺は戦いの行く末を案じた。……果たしてこの戦争に勝てるのか……勝利したとして、その先に平和は訪れるのか……


 俺がふと横を見ると、ライアの横顔が目に入った。炎に照らされその美しさを更に引き立てていた。


 ……少なくとも今は、彼女の故郷を守れたことに満足しよう。そして彼女を、いや人々を守り抜くのだ。それが自衛官としての俺の任務つとめだ。


(使命感に徹し、あくまで任務を遂行せよ)


 またしても誰かの声が聞こえたような気がした。戦闘間隊員一般の心得の一つ、十一個ある心得の中でも最初の一つだ。


 不思議なことに、先程の声は小野三曹でも、藤枝三曹でも無かった。一体誰の声だったか……区隊長だろうか? 女性の声だったような気もした。不思議な現象だ……


 揺らめく火を見ながら、俺は決意を新たにした。必ず人々を守り抜くと。



【用語解説】


 区隊長:教育隊における小隊長のこと。

 捧げ銃:本文中にある通り、敬礼の中でも最高位のもの。

 床尾:銃床の末端部分。射撃時に肩に当てる箇所

 木銃:銃剣格闘の訓練で使用する竹刀のようなもの。

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