第19話 卒業の日

 俺は突然の出来事に硬直してしまった。特に下半身の一部が。部屋にはランプが置かれているので、薄暗かったが、彼女の体はハッキリと見えた。その美しい肉体は女神のようだった。俺は痛いほど股間があれになってしまい、ベッドに腰掛けた体制から後ずさった。彼女は俺に話しかけた。


「コータロー……ねえそっちに行ってもいいでしょ。恥ずかしいわ……」

「そ、それはダメじゃないけど……でもそのあの……」


 俺はどもってまともに話せなかった。俺が明確に拒絶しなかったからか、彼女は俺のベッドの中に入り込み、俺にもたれかかった。


「ななな何をするの?」

「なによ。私の口から言わせるの? 恥ずかしいじゃない……」


 俺はパニックになりかけたが、ひとまず冷静に考えてみた。これはつまりあれだ。彼女が故郷を救った俺に恩義を感じてこのような行動に出たのだ。俺は感謝されるのは嬉しかったが、こんな形でお礼をされるのは嫌だった。とにかく俺はライアを諭そうとした。


「い、いいか。ライア。俺は元々自衛官であるから、国民を守るのが仕事なんだ。俺に恩を返そうと、こんな事をしなくていいんだよ」


 俺がそう言うと、彼女は俺を鋭く睨み、そして俺の視界はグルンと一周した。彼女と初めて会った時を思い出した。あの時も今と同じような状況だったっけ。股間もだが。俺はまたしても彼女に平手打ちを喰らっていた。そして彼女もあの時と同じように目に涙を溜めて、俺に詰め寄った。


「馬鹿にしないでよ! 私がそんな女だと思ってるの! 好きでもない男の前で裸になったりしないわ!」


 そう言って泣き始めてしまった。俺は自分の失言を悟った。彼女の尊厳を傷つけてしまったのだ。その時、俺の脳内で『誠実』の文字がピコピコ点滅し始めた。だが今までとは違い、赤く点滅している。……これはひょっとして、俺の行いに『誠実』が怒っているのではないか? 説明文には不道徳な行いをすると能力が減少するとあった。 


 『誠実』は、俺が不実な行いをしたと判断し、ペナルティを与えているようだ。別に今は戦闘中ではないので問題ないのだが、彼女を傷つけておいて何もしないわけには行かない。何とか彼女を慰めないと。


「ご、ごめんよ。ライア。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。俺はもっと君に自分を大切にしてほしくて、俺なんかに、あのその、初めてを捧げなくてもいいんじゃないかと」


 俺は必死に彼女に弁解したが、彼女は泣き続けた。脳内の『誠実』はさらに激しく点滅しだした。もはや怒っているのは疑いようもない。その後も必死に言葉を重ねたが、彼女は泣き止まず、『誠実』は赤く点滅して怒り続けた。心なしか体が重くなってきた。今の状態でさっきのビンタを喰らったら死ぬかもしれない。不意にライアが顔を上げ、俺を見つめた。彼女の顔はやはり美しかった。


「……どうしてそんな事ばかり言うの? コータローはあたしの事好きじゃないの?」


 彼女の悲しそうな声を聞いて、俺は胸が痛んだ。そして気づいたのだ。『誠実』が何故怒っているのか。誠実は彼女を傷つけたことそのものに怒っている訳では無い。俺が自分の気持ちに嘘をついているから怒っているのだ。本当は彼女が好きなくせに。彼女を抱きしめたくて仕方が無いくせに、卑屈になって、自分の気持ちから逃げている。それに対して怒っているのだ。


(逃げるのか。榊!)


 いつかの班長の声が聞こえた。そうだ、俺はもう逃げないと誓ったのだ! 自分の気持ちから逃げてはいけない! 自分の気持ちを貫け! 今俺に必要なのは、言葉ではなく行動だ! 俺は彼女の肩を抱き、キスをした。俺は当然初めてなわけで、ひどく不器用なものだったが、知ったことではない! 俺は口を離すと、大声で叫んだ!


「好きだ! ライア! 俺は君が好きだ!」

「……! ……本当に? 私を慰めている訳では無くて?」

「そんなわけないだろ! 君はどうなんだ! まだはっきり聞いてないぞ、君の口から!」

「私も貴方が大好きよ! 決まってるじゃない!」


 彼女も叫ぶように俺に告白し、俺に覆いかぶさった。……そのままの勢いで、俺たちは愛し合った。俺たちは二人とも初めてだったが、勢いで全て解決した。彼女は蛮神の加護により自分の気持ちを偽ることは出来ないようだし、俺も似たようなものだ。いつの間にか『誠実』は赤い点滅が収まり、通常の点滅に戻った。俺の愛に反応してか、『誠実』も激しく点滅している。


 俺も彼女も若さもあったが、加護の影響で常人離れした体力を誇る。結局、俺たちは一晩中愛し合ってしまった。気づけば朝日が昇っていた。


 こうして、俺は卒業の日を迎えた。


 ●


 朝になり、俺たちは行為を終えた。俺も彼女もまだまだ行けたが、もうすぐ朝飯だろう。名残惜しかったがこれまでだ。……そういえば、この世界に来てから風呂に入っていないな。忙しくて気付かなかった。汗臭くないだろうか? もしかしたら帝都で意識が無い時は、誰かが体を拭いてくれたのかもしれない。


「コータロー。待ってて。今お湯を貰ってくるわ」

「え? ああごめん助かる」


 彼女も体が拭きたいのか、部屋を出ようとしたが、ポンチョは消えていた。俺は再び召喚して彼女に着させた。彼女は部屋を出ると、すぐに桶にお湯を入れて戻ってきた。……どうもあらかじめ準備されていたようだ。ミルグレーブ氏が気遣って用意させてくれたのかもしれない。


 俺と彼女はお湯を浸した手ぬぐいで体を拭いた。ライアは最後に香水のようなものを掛けてくれた。花の香りだろうか? いい匂いだった。髪は少し油っぽいが仕方ない。


 ……しかし、俺も自衛隊生活で大分鍛えられたな。以前なら一日シャワーを浴びなければ気持ち悪くて仕方なかったが、訓練で二夜三日の演習に行き、耐性が付いた。演習場では風呂などないからな、天幕で寝泊りして、トイレも現地で穴を掘って作るのだ。俺は野糞などしたことが無かったから、なかなか出なかった。


 勇者召喚が戦士や兵士を呼ぶもので良かった。こういった経験をしていない学生等が呼ばれたら、ストレスで参ってしまうだろう。電気や水道のない生活など現代人には辛いはずだ。


 そんなことを考えながら、俺は迷彩服を召喚した。装具は無しだが今はいいだろう。ジャージでも召喚してジャー戦スタイルにしようかと思ったが、あれはみっともない。俺も一応勇者な訳で、それなりに相応しい格好をする必要がある。自衛官には品位を保つ義務があるからな。


 ともかく、俺たちは食堂に向かい、朝食を取った。ミルグレーブ氏も同席したが、俺たちを見て妙にニヤニヤしていた。全く、デリカシーのないおっさんだ。俺はともかく、彼女に失礼だろうにと思っていたが、彼女が照れ隠しで殴りつけ、氏は悶絶していた。……まあ仲が良さそうで良かった。


 食事が終わると、俺たち二人はミルグレーブ氏に呼ばれ、作戦室のような部屋に通された。ミルグレーブ氏以外にも部隊の指揮官クラスと思われる者が十数名いた。大きなテーブルに地図が広げられ、駒が配置されていた。どうやら彼我ひがの戦力を模したモノらしかった。


 斥候が持ち帰った情報を整理したようで、まだはっきりとはしないが、ゴブリン軍団本隊は国境の要塞に向かって帰還しているようだ。なお、敵の戦力は推定で七万ほどでこちらは一万。開戦してお互いに戦力が半減している状態だ。……そのうち数万は俺が殺したのだが。


 ひとまず逆襲の恐れが無くなり、ホッとしたが、今後の方針を決めなくてはならない。追撃するのか、守備を固めるのか。ミルグレーブ氏としては、まずはこちらも部隊を再編する必要があり、深追いはせず、ヴァイスランの復興と守備を優先すると宣言した。


 この決定に、何人かの指揮官は不服を表明した。敵将が死に、混乱している今こそ勇者を先頭に追撃に出るべきだと。これにライアも賛同した。彼女はやはり蛮神の加護の影響なのか、攻撃的な判断をする。元々の性格なのかもしれないが。


 ミルグレーブ氏は皆の意見を聞き、最後に俺に意見を求めた。


「サカキ殿はどう考える? 追撃するにしても貴殿の力無しでは不可能だ。最終的な判断はそれ次第としよう」


 彼は俺の判断を尊重してくれるようだ。なお勇者と呼ばれるのはこそばゆいので、普段は名前で呼んでほしいとお願いしていた。彼は快く承知してくれた。帝国本国とくらべ、ルセウムの人たちは気安く話しかけてくれるので、俺は気が楽だった。俺は少し考えこう答えた。


「敵が要塞に集結しているなら、その方が好都合です。今下手に撤退中の軍団に攻撃を仕掛けて、敵軍がルセウム全土に四散してしまう方が、私としては戦いづらいです。地理はよくわかりませんが、村々の被害も増えるでしょう。お互いに戦力を集中して一気に雌雄を決するべきでしょう」


 俺は堂々と答えた。周囲の指揮官は俺の見識におおー! と感嘆の声を上げた。ライアは自慢げに胸を張っていた。……なぜ彼女が自慢するのかは良く分からないが。


「サカキ殿は軍学にも造形が深いと見える」

「いやはや、勇者とは智勇兼備の英雄と見えますな。これは恐れ入った」

「やはり我らとは出来が違うのよ。凡夫など足元に及ばぬ」


 みな口々に賞賛してくれたが、俺は恐縮するばかりだ。俺はゲームであれば、敵が固まっていた方が攻略しやすいので、それっぽく言ってみただけだ。方々に敵がいると面倒なのだ。プレイが作業的になってしまい面白くないしな。


 そんな俺を見て、ミルグレーブ氏は目を細めていたが、ひとまず方針は決定した、次にミルグレーブ氏は俺の加護や戦技について聞いてきた。


「昨日の戦いぶりは見事だった。今後の作戦を取るにあたり、サカキ殿の攻撃手段や能力について聞かせてくれないか。味方の実力は知っておきたいからな」


 彼の言葉を聞き、またロムレスと戦った時と同じようにならなければいいがと不安になった。



【用語解説】


 ジャー戦:ジャージに戦闘服の略。下はジャージ、上だけ戦闘服のスタイル。主に課業外に駐屯地内を歩く時の格好。靴もスニーカーでよい。

 品位を保つ義務:自衛官の義務の一つ。

 二夜三日:旅行などは二泊三日というが、訓練は泊まりに行っている訳では無いのでこのように表現する。

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