第18話 戦いを終えて

 戦いの後、俺とライアは皆の歓呼の声に送られてミルグレーブ氏の元に戻った。


「サカキコータロー殿。よくやってくれた。お前こそ真の勇者だ! ヴァイスランを代表して礼を言う」

「い、いえ。人々を守るために戦うのが俺の仕事ですから」

「ライアもよく勇者を連れてきてくれた! 正直、間に合わぬと諦めておったが、ギリギリまで粘って戦った甲斐があったわ」

「おじ様もご無事で何よりでした。ヴァイスランの男たちが諦めずに戦ったおかげでしょう」


 ミルグレーブ氏は帝国本国の姫や幹部と違って、ざっくばらんに接してくれるので俺も話しやすかった。だが大男で迫力がスゴイ。戦技が発動して精神力が上昇していなければまともに話せなかったかも知れない。ライアとミルグレーブ氏は随分と親しそうだった。おじ様と呼んでいるが親戚では無く、親同士が親友で、昔から家族ぐるみの付き合いだからそうだ。


 ともかく、激しい戦いの後だ。ミルグレーブ氏は後処理の指揮がある為、俺たちは宮殿で休むように言われた。俺もライアも作業を手伝うと申し出たが、体力の回復を優先させろと諭された。敵は敗走していったが、詳しい状況は不明だ。またすぐに陣容を整えて戻ってくる可能性がある。ミルグレーブ氏は偵察部隊を派遣して、情報収集に掛かった。


 俺たちは万が一再度敵が来襲した際に備えて、休むことを優先させられた。俺は恐縮してしまったが、殿の応接間に通された。宮殿といっても、外は石材が一部使用されているが、内部は木造でログハウスのような感じだった。立派な暖炉があり、鹿の剥製みたいな物が置かれていて典型的な金持ちの家といった具合だ。なお戦闘が終わったので今のライアはポンチョを着ている。


 待っていると茶菓が運ばれてきた。紅茶っぽい飲み物と、ケーキのようなものだった。ケーキはスポンジケーキに砂糖を振りかけたもので、現代人の俺が食べても素朴で美味しかった。お茶とも合いほっとする味だ。


「うん美味い。久しぶりに甘い物を食べたような気がする」

「良かったわ、みんな聞いたら喜ぶわよ。……ねえ、あなたの世界は私たちより文明が進んでいるでしょ? どんなものを食べていたの?」

「え? うーんそうだな。ケーキはこういうのもあるし、これにクリームをタップリと乗せたものが主流かな。子供の頃は、駄菓子屋さんっていうのがあって――」


 ライアが日本の食べ物に興味を持ったので、俺はお菓子を中心に説明した。彼女も俺が死んでいることは知らなかったが、俺の世界がエルシウスより進んでいるのは知っているようだ。ライアは楽しそうに聞いてくれたが、ふと寂しげな顔をして俺に聞いてきた。


「そう。美味しそうなものばかりね……。ねえコータロー。あなた元の世界が恋しくないの? ここより進んだ生活で、食べ物だってよっぽど美味しいんでしょ?」

「……。そうだな。でも俺は元の世界では死んでいるらしいから、どうしようもないよ。まあ実感は全く無いけど。それに思ったより食べ物は俺たちの世界に近いから、今の所は不満は無いけど」

「そう。良かったわ……ごめんなさい。変なことを聞いて」


 彼女はそのまま黙ってしまった。俺は気まずくなってしまったが、彼女の心配は分かるつもりだ。今は戦闘状態で考える余裕もないが、落ち着いてきたら色々なことに不満は出てくるのだろう。この世界には清涼飲料水やジャンクフードの類は無いだろうから、恋しくなるかも知れない。


 幸いだったのは、俺は三ヶ月間の自衛隊生活で、ある程度辛抱強くなっていた。自衛隊では食べたいものが常に食える訳ではない。食堂の飯はマズイ訳ではないが、基本的に熱々の物など出てこないし、いつも大急ぎで食べ、ゆっくりと味わっている暇など無かった。休日に実家に帰り、熱い味噌汁を飲んだ時などそれだけで感動したものだ。


 この世界の人々が俺を労い、常に最高の物を提供してくれているのは分かったので俺に不満は無かった。カレーライスもあるし、不満は今のところない。だがライアは俺が心配なのか、深刻に考えているような節があった。彼女にどう伝えたものか考えていると、応接間のドアが勢いよく開かれた。


「待たせたな、勇者よ! 改めて礼を言うぞ! まだ正式に名乗っていなかったな、ヴァイスランの首長、ミルグレーブだ!」

「いえこちらこそ。陸上自衛官、榊幸太郎です」


 彼は大声を出して、名乗りを上げると握手を求めてきた。大きくごつごつとした手だった。彼はあまり遠慮せずに俺に問いかけてきた。ライアも気安く接してくれていたが、どうもこれはルセウム人の気風らしい。礼儀正しいというか悪く言うと、どこか余所余所しいドムスギア人とは印象が違う。


「ほお、先程の威勢の良さはあまりないな。まあいたずらに武勇を誇らぬのは勇者の証よ。俺はお前の事を何も知らぬ。不躾で悪いがこれまでのことを聞かせてくれ」

「え、ええ。それは勿論です」


 俺はミルグレーブ氏の迫力に圧倒されっぱなしだったが、これまでの事を話した。俺が召喚されて間もないという事を聞いて、彼はひどく驚いていた。また帝都にゴブリンキングが侵入したと聞き、苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「全くカインの奴め、だらしなくなったものだ。みすみすゴブリン王の侵入を許し、あまつさえ討ち漏らすとは……刺し違えても仕留めるべきだろうに、覚悟の足らぬ事よ。こちらに帰ることがあれば一度揉んでやるわ」


 同胞であるカインの不手際に怒っているようだった。ルセウム人は尚武の気風が強いというか、蛮族チックな所があるようだ。流石、蛮神の加護を授かるだけはある。そんなミルグレーブ氏だが、ライアのポンチョについて知ると、俺に大層感謝してくれた。蛮族的な彼らでも若い娘が肌を晒すのは、やはりはしたないことの様だった。


「ライアの事、感謝しきれない。俺は彼女の父から行く末を頼まれてな。歯がゆい思いをしておったのだが、お前のおかげだ。……加護の無い俺には、ライアの気持ちがわかってやれん。コータロー、ライアの行く末、お主に任せたぞ。お前ならきっとこの子を幸せにしてやれる」

「嫌だわ! おじさまったら変なことを言わないでよ!」


 ライアは恥ずかしがりながら、ミルグレーブ氏を叩いた。……本来なら乙女の照れ隠しの軽い一撃なのだろうが、加護で強化されたその一発は相当威力があった。ミルグレーブ氏は恐らく痛いはずだが、そんな素振りは見せずに笑っていた。額から油汗を流しているので、たぶんやせ我慢だろう。ライアの為に耐えているのだ。彼女を傷つけまいとして。


 変な流れになってしまったが、ミルグレーブ氏はその後も俺を質問攻めにした。俺は姫に語ったように、戦後の日本の状況と、俺について話した。彼は俺がまともな戦闘経験が無いと聞き、驚くとともに俺に憐憫の視線を向けた。


 てっきり失望されるかと思ったが、その眼差しはひどく悲し気だった。彼の意図を図りかねるが、どうも思う所があるようだ。


 その後、ミルグレーブ氏は再び仕事に戻った。街の外のゴブリンたちの死骸の除去や、戦死者の弔い、破壊された施設の修復、ゴブリン軍団のその後の把握などやることはいくらでもある中、俺たちの為に時間を割いてくれたようだった。


 俺はライアの案内で、宮殿内やヴァイスランについて教えてもらった。このヴァイスランには大勢の市民が暮らしているらしい。もっとも半数は疎開しているらしかった。残っている者は行く当てのない人間が大半で、俺たちが来なければ殺されるか奴隷にされていただろうと彼女は言った。


 奴隷と聞いて俺は顔を青褪めてしまった。曲がり間違えば、ライアも奴隷にされてしまったのだろうか。美しい彼女が奴隷になどされたら、何をされるか分かったものでは無い。だがライアは屈託なく答えた。


「私が奴隷になっていたら、さぞ活躍していたでしょうね。鉱山とかの強制労働で」

「……え? そういう方向? もっとその何というか、……夜伽みたいのをやらされたりするんじゃないの? 女性は」

「嫌ね。そんな事されるわけないでしょう。変な事言わないでよ」


 どうも価値観に相違があるようなので、詳しく聞いてみると、他人種間で交配的なことはどうもしないらしい。人種が違えば美的感覚が違うというか、俺たちで言う所の、獣相手に行為をするのに近い間隔のようだ。


 どの人種でもそのような行為は変態を通り越して禁忌らしく、社会的に忌避される行為だそうだ。ただヒューマンとエルフは見た目が近いので結婚する者もいるらしい。……あまり受け入れられるものではないらしいが。


 俺はそれを聞いて安堵したが、奴隷になった女性は当然男と変わらぬ強制労働をさせられるわけで、体力のない女子供は真っ先に死んでしまうらしい。性奴隷にされないのが良いのか悪いのか、俺には分からなかった。


 その後は昼食を取り、やはり館内で過ごした。今俺が街に出てしまうと、市民が押し寄せパニックになる危険性があるため、今は表に出ないで欲しいとの事だった。今の俺は韓流スターもびっくりの存在だ。冬のアナタのペロン・ヨジュも目じゃないぜ。


 やがて夜になり、夕食の際はミルグレーブ氏と供にした。夕食も昼食と同様に村で提供されたようなシンプルなものだった。ミルグレーブ氏は、本来であれば祝宴を開いて豪勢なもてなしをするべきだが戦時ゆえ許されよ、と申し訳無さそうだった。俺はそんな気づかいはやめてくれと訴え、彼もほっとしていた。


 食事の席で、ルセウム軍はここ数日は偵察や哨戒に専念するので、俺とライアはいつでも動けるように待機してほしいと言われた。今は情報を集め、今後の方針を決定する必要があった。また帝国本国とも情報共有をする必要がある。俺とライアは素直にうなずいた。


 食事を取ると、ミルグレーブ氏はまた現場に向かっていた。問題は山積している。彼に休む暇はない。俺は申しなく思ったが、せいぜいゲームで覚えた軍事用語程度しか知らない俺が手伝えることは少ないだろう。食事を終えるとやることが無いので、俺とライアは早々に寝ることにした。


 勿論部屋は別々だ。村では俺を守る必要があったし、部屋も無かったので同衾してしまったが、彼女も貴族令嬢だ。俺と一緒に寝る訳にもいくまい。


 俺が客間に通され、迷彩服を脱いだ。弾帯やサスペンダーから解放され快適だ。……結局弾嚢の中の弾倉は使わずじまいだったな。まあいい、召喚する暇が無い時もある。今後も戦闘時はこの格好でいいだろう。なにしろ俺は陸上自衛官だからな。相応しい格好というものがある。


 俺はベッドに入って寝ようとしたが、寝付けなかった。まだ時間が早い。しばらくもぞもぞしていると、不意に誰かが部屋に入ってきた。俺は体を起こして身構えたが、すぐに警戒を解いた。ポンチョを着ていたので、ライアだと分かったからだ。


 俺がどうしたのかと聞く前に、彼女はポンチョを脱いだ。だがその下には何も付けておらず、一糸纏わぬ裸体であった。

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