第17話 ヴァイスランの戦い

 俺はミルグレーブ氏の答礼を待ったが、氏は固まったままだ。彼が礼を返してくれないと俺はいつまでも敬礼を終えられない。おかしいな、彼らに敬礼の習慣は無いのだろうか? ドムスギアの軍人たちがしていたから、形は違えど慣習的には同じだと思ったのだが。


「ちょっと下ろしなさいよ! 何て無茶するのよ! 私を殺す気!」


 背中のライアが俺の頭を殴った。鉄帽を被っているので痛くは無いが、衝撃が凄い。副班長のげんこつより効くぜ。このままでは時間が無駄だ。無礼だが一旦彼女を下ろした。すると固まっていたミルグレーブ氏がようやく我に返った。


「お、お前ライアか! いったいなぜここへ! 何の為にお前を伝令に出したと思っているんだ!」

「おじ様! 今はそんな事より、門を守らないと! 勇者サカキへ情報の共有を!」

「ゆ、勇者!? この弱そうな男が!? ……いや失礼した! とにかく今は城門が限界だ! 我らは玉砕覚悟で迎え撃つところだったのだ!」

「良し! ギリギリ間に合ったか! ライア、城門で迎え撃つぞ!」

「ええ! 行きましょう!」

「お、おい待たぬか!」


 俺たちは走り出した。ミルグレーブ氏の声が後ろから届くが、もう一刻の猶予もない! 城門へ急がねば! 二人で大急ぎで城門前へ到着すると、確かに門はぼろぼろで兵士たちが必死に手で押さえているが、もう無理だ。


 俺は背中からろくよんを下ろし、その場に伏せると脚を立てて構えた。弾倉を山ほど召喚して手元に置く。積み上げられた弾倉はゲームのカセットのようだった。俺は安全装置を連発に切り替え、右手で握把を握り、左手で銃床の根本を掴んだ。脚使用伏せ撃ちの構えだ。


「みんなどけー! ハチの巣になるぞ!」

「勇者の戦技の巻き添えになるわよ! どきなさい!」


 俺とライアは大声を出して、兵を引かせた。そして俺は門に向けて撃ちまくった!


 ドガガガガガガガ!! と轟音を立ててろくよんが火を吹いた! 門はまだ開いていないが、どうせボロボロで向こう側にはゴブリンがひしめいているのだ。構うことは無い。門ごと撃ちまくってしまえ! 俺はひたすら連射した!


 だがろくよんは機関銃ではないので、一度に二十発しか弾が入らない。あっという間に弾切れになってしまうが、その度に俺は素早く弾倉を交換した。普段の俺なら、いや例え助教といえど、こんなに素早く弾倉交換などできない。しかし戦技で強化された俺は人間離れしたスピードで弾を込め、撃ちまくった!


 ドガガガガガガガ!! 再び火を噴くろくよん。俺だけでなく、ろくよんも既に普通の小銃ではない。俺の能力値に比例して、威力が上がっているようだ。正確には分からないが、下手をすれば重機関銃並みの威力になっているのかもしれない。また、オーバーヒートを起こすこともなく、弾を込めれば幾らでも発射できた。銃身を冷却する必要もない。凄まじい爆音を上げながら、みるみる内に空弾倉が増えていった。


 やがて積み上げた弾倉が無くなったタイミングで、遂に門が壊れた。門は外側へゆっくりと傾いていき、ドッスンと土埃を上げて倒れると、外の光景が露わになった。


 その光景は控えめに行っても地獄で、バラバラになったゴブリンの死体で一杯だった。挽肉をあたり一面にぶちまけた様に真っ赤になっている。ゴブリンの血と肉で作られたレッドカーペットがどこまでも続いていた。


 どうやら一旦ゴブリン軍団はろくよんの射程外に逃げたらしい。追いついてきたミルグレーブ氏と取り巻きたちがその光景をみて息をのむ。だが流石にミルグレーブ氏は冷静に指示を出した。


「今だ! 敵が引いているタイミングで門にバリケードを設置しろ! ぼさっとするな! 荷馬車でも家具でも何でもいい! とにかく門に突っ込め! サカキ殿は城壁から援護してくれ!」

「了! ライア、俺は上に行く。一緒に来てくれ!」

「分かったわ!」


 俺とライアは大ジャンプをして城壁に飛び移った。加護で強化された俺たちは人間離れした跳躍力を発揮した。マスク・ド・ライダーになった気分だぜ!


 城壁の上に到着すると、周囲の兵士たちは驚いたが、ライアが、勇者が来たわよ! と叫ぶとみな喝采を上げた。ともあれ、城壁上から外を見ると、城門の前だけ死体が散乱している。貫通して相当遠くまで弾が飛んでいったらしく、城門前だけ部隊がいない。モーゼの十戒のワンシーンのようだ。


 城壁の周りに取り付いていた部隊も一旦下がったようだ。冷静な判断に見えたが、かえってそれが仇になった。がむしゃらに城壁攻撃を続けて、乗り越えられてしまえば、乱戦となり俺も手の打ちようが無かった。彼らの知性が今回は敗因となった。


 俺はここからろくよんを撃ちまくっても良かったが、角度の関係であまり効率が良くない。まだ何万人もいるのだ。一人一人撃ってもキリがない。どうしたものかと考えたが、うってつけの武器があった。……成功するかは不明だが、試しに念じてみた。


 すると、俺の手に小さなパイナップルが出現した。勿論果物ではない。手榴弾だ。一応召喚には成功したが、実は俺は本物の手榴弾は使ったことが無い。訓練で投げたモノは模擬弾だからだ。果たしてこれは、実弾なのか、模擬弾なのか……とにかく俺はダメもとで投げつけることにした。


 訓練で教わった通り、ピンを抜き砲丸投げの要領で敵に向かって投擲した。


「みんな伏せろ! 爆発に巻き込まれるぞ!」


 俺は大声を出して注意喚起し、俺自身もその場に伏せた。安全管理上の手順だ。……これで爆竹程度の威力しか無ければ赤っ恥だが、それはすぐに杞憂だと判明した。


 ボガーーーーン!! と凄まじい爆発が起こった。やったぜ! 成功だ! たぶん神様がサービスしてくれたんだろう。 ……しかし妙だ。手榴弾ってあんなに威力が大きいのか? 訓練では最低三十メートルは投げないと、自分たちが危ういと聞いていたが、あの爆発では百メートル距離を取っていても爆発に巻き込まれる気がする。


 どうやら手榴弾も俺の能力に比例して威力を上げているようだ。魔力依存の魔法攻撃みたいな物か。俺はゲーム的な解釈をした。城壁の兵士たちはみな唖然としている。ともかく、手榴弾なら敵を一網打尽にできる!


 俺は十個まとめて召喚し、その場に手榴弾がころころと転がった。兵士たちが慌てて逃げ出し始めた。爆発すると思ったらしい。俺が次弾を投げようとすると、ライアが私にも投げさせて! と言ってきた。流石蛮神の加護持ちだ。怖いもの知らずである。貴族令嬢とは思えぬおてんば娘だぜ。


 俺は使い方をレクチャーし、くれぐれも真上に投げたり、地面に叩きつけたりしないように念を押した。訓練でもたまにすっぽ抜けて事故が起こるらしい。新隊員は模擬弾しか使わないが、部隊配置されれば実弾を使用する。過去に何度も事故が起きている恐ろしい武器なのだ、手榴弾は。


 ともかく、俺とライアは敵陣に向けて投げまくった。着弾した地点は爆発で一気に吹っ飛んだ。爆風で空中にまでゴブリンが放り上げられ、俺は祖父から聞いた戦争体験のことを思い出した。大砲の砲弾が敵に着弾するとああなるらしい。今の俺の手榴弾は大砲クラスの威力があるのかもしれない。


 全て投げ終わったので、次弾を新しく召喚しようとしたがライアが俺を止めた。


「コータロー! そんなに連発して大丈夫なの! 魂の力を使い果たしたら気絶してしまうのよ!」


 ライアはSP切れを心配しているようだ。確かに彼女の言い分はもっともだ。今の俺は爆発魔法を連発している状態と同じだ。あまり調子に乗って召喚しては、SPが底をつくかもしれない。つぐつぐステータス表記が無いのが悔やまれる。しかし敵をどうやって倒したものか。


 手榴弾によって大分敵は削れたが、やはり数が多い。この人海戦術がゴブリンの最大の武器か……今は混乱しているが、波状攻撃を仕掛けられたら長期戦となりSPが尽きるかも知れない。一気に決着をつける必要がある。


「ゲームだとこういう時は敵の総大将をやっつければ、敵兵がどれだけ残っていても勝利になるんだが……」

「そうね。敵将を仕留めれば、奴らは敗走するでしょう。どうする? 突っ込む?」


 俺の独り言にライアが反応した。やはりどこの世界でも総大将が死ねばお終いか。桶狭間の戦いみたいなものだな。ライアは実に野蛮な打開策を提示したが、それは最終手段にしておきたい。折角、地の利がある以上は最大限に生かすべきだ。しかしどうすれば……


 俺はひとまず、眼鏡がんきょうでも召喚して敵陣を偵察しようかと思ったが、もっといい考えを閃いた。そうだ! あれがあるじゃないか! 俺は叫んだ!


「ろくよん! スナイパーモード!」


 俺が適当に叫ぶと、ろくよんに新たなギミックが出現した。槓桿付近に粒子が集まり、照準眼鏡しょうじゅんがんきょうが装着されたのだ。俺は訓練では使ったことは無いが、座学で触ったことがあるのだ。64式小銃は突撃銃ではあるが、照準眼鏡を取り付けて狙撃銃としても運用される武器なのだ。


 俺は照準眼鏡を覗き込んで構えてみた。……おお! すごい! 遠くまではっきり見える! 訓練では肉眼で二百メートル先を撃っていたが、これなら幾らでも当てられそうだ。俺は照準眼鏡を覗き込んだまま敵陣を見回した。すると敵集団のやや後方あたりに豪奢な鎧に身を包んだ立派なゴブリンを発見した。キングより若干体格が劣るが立派な風貌だ。ゴブリンジェネラルだな! あれが!


「敵将見えたり!」


 俺はそう叫ぶと、一気に肺の中の空気を吐き出し、ジェネラルの頭に照準を合わせた。今の俺はゴルゴム13だ! 一発で仕留めて見せる! 


 俺は単発に切り替え、ゆっくりと引き金を引いた。ズドーン! と爆音を上げ、ろくよんが火を噴いた。照準眼鏡を覗き込んだままの俺は、その弾道がジェネラルの頭を吹っ飛ばす瞬間を目撃していた。ヘッドショットを決めたのだ。


 奴らは何が起こったのか、すぐには理解できていなかったが、やがて大騒ぎとなった。次席指揮官らしきゴブリンが指揮を引き継ごうとしていたが、俺はこいつも撃ち殺した。これが止めになったようで、本陣の連中が恐慌状態となり、敗走し始めた。


 これに連動して、各部隊も一斉に逃げ出していった。俺は片っ端から偉そうなゴブリンを撃ち殺してやろうかと思ったが、やけを起こして突撃されても厄介だと、そのまま敵の退却を放置した。


 城壁の兵士たちは呆然としていたが、事態を把握して口々に勝どきを上げ始めた。


「ソラリウム万歳! ビャクラン万歳! 勇者万歳!」


 ここでも万歳三唱が起こった。彼らは俺を讃えてくれたが、戦技が収まり、冷静になりつつあった俺は、城外の死体の山を見て絶句してしまった。ゴブリンとはいえ、一体どれだけの命が失われたのだ……これが戦争か……いや、俺がやったのは、戦いと言えるのだろうか?


 神の加護をいいことに、力を振りかざしてゴブリンたちを虐殺しただけではないのか……そんな思いが俺の胸中にこだましたが、黙って俺は手を上げ、皆の声に応えた。ひとまず考えるのはやめだ。今はこの人たちが生きていることを祝おう。


【用語解説】


 答礼:敬礼を受けた者は必ず敬礼を返さなければならない。

 脚使用伏せ撃ち:脚を立てて固定し、その状態から地面に伏せて撃つ射撃方法

 了:了解を短縮した言い方。特に通信などで良く使う。

 眼鏡:ここではいわゆる双眼鏡のことを指す。

 照準眼鏡:一般には英語でスコープと呼ばれることが多い照準装置のこと。

 射撃訓練:新隊員は二百メートル先の的を撃つ。部隊配置後は三百メートル。

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