第16話 天降る戦士
ルセウムの中心都市、ヴァイスラン。そこは城壁に囲まれた堅固な要塞都市である。長きに渡り、その城壁は外敵の侵入を阻んできたが、今は陥落の危機にあった。
ルセウムの人々は皆勇敢な戦士たちだ。ルセウム人の武勇はヒューマン随一と言っていい。統率の取れたドムスギアに集団戦闘では一歩遅れを取ったが、個人の強さでは他の追随を許さない。
そんな屈強なルセウム人だったが、ゴブリンとの戦いに疲れ切っていた。ここヴァイスランには一万の兵と数多くの市民がいたが、ゴブリンの昼夜を問わぬ猛攻に苦しめられていた。
ゴブリンは戦闘力ではヒューマンに劣るが、とにかく数が多い。彼らはけっして知性の劣る野獣などでは無く、ヒューマンと同じように知恵と文明を備えている。彼らは自らの利点と弱点を知り尽くし、数の多さに任せてひたすら猛攻を加えた。
一見、無策に見えるが、消耗戦になれば数の多い方に軍配があがる。ゴブリン軍団は精鋭のホブゴブリンやシャーマンたちを控えに回し、通常兵でひたすら消耗を強いた。その目論見は達成しつつあり、ヴァイスラン側は矢も底をつき始めていた。城壁を乗り越えられれば乱戦となり、数で劣る彼らに勝機は無い。
ヴァイスランの首長ミルグレーブは都市の中心部の宮殿にて大剣を携え、豪華な椅子に目を瞑って座っていた。周囲の側近たちもみな武装し、最後の時に備えていた。そのミルグレーブが誰ともなく語り始めた。
「ライアは無事帝都に着いただろうか……」
「ご無事でしょう。彼女の力なら加護持ちでも無ければ止めることはできませぬ」
「そうだな……あの子に万が一があれば、ライアスに顔向けできぬ」
ミルグレーブとライアの父、ライアスは竹馬の友であった。彼が死んだとき、友と一緒に死ねなかったとミルグレーブは泣いた。ルセウム人は男の惰弱を軽蔑するが、獅子の如き男の涙を誰も笑いはしなかった。ライアがいれば、もう少し善戦できただろうが、彼女を逃がしたことを悔いる者は一人もいない。
沈痛な一同だったが、ボロボロの伝令が部屋に飛び込んでくると、血相を変えた。
「守備隊長より報告! 城門はこれ以上持たず、雌雄を決する時が来たと!」
「相分かった! 皆の衆、死すべき時が来たぞ! これより我らは一人でも多くゴブリンを殺し、神の国への手土産とする! 続け!」
首長の言葉にみな、おう! と威勢を上げた。彼らは死など恐れてはいない。ただ、多くの女子供を守れぬ事だけが無念だった。一同は宮殿を出て城門へと向かった。ミルグレーブは宮殿内の男たちを皆引きつれ、城門へと続く中央通りを進んだ。途中、朝日が昇りはじめ、街を、そして男たちを照らした。
「最後の朝日か……何と美しいのだ、世界は……」
歩きながら朝日を仰ぎ、世界との今生の別れを噛みしめたが、そのうちおかしな事に気づいた。太陽の中心に影ができたのだ。何かがこちらへ落ちてくるようだ。もしや敵の投石か! と身構えるが、敵の投石機は全て破壊したと報告があった。ではあれは何だ?
ミルグレーブが首を傾げると、段々影が大きくなり、何かが聞こえ始めた。男女の叫び声だ。女の声はどこか聞き覚えがあった。そして影の正体に気づいた。
「ひ、人か! あれは!」
彼は自分の目を疑った。人間が何かを背負って飛んできたのだ。訳も分からず、とにかく着弾点から離れると、轟音を立てて人が着陸した。降りてきたのは不思議な格好をした全身緑色の男で、誰かを背負ったまま右手を掲げてこちらに向かって叫んだ。
「陸上自衛官、榊幸太郎! 他一名、集合完了!」
呆然とするミルグレーブだが、何が起きたのかを説明するには少し時を遡る必要があった。
●
俺たちは街道を走り続け、段々と日が昇ってきた。そしてようやく城壁に囲まれた都市が見えてきたが、隣で走るライアが悲鳴を上げた。
「なんてこと! もうあんなに囲まれてしまって! 城門が破られたら終わりだわ!」
よく見ると、町全体を夥しい数のゴブリンが包囲しているようだった。緑色一色なのでゴブリンだと分かった。ゴブリンたちは城門前だけでなく、城壁にも取り付き、梯子を上り果敢に攻めていた。だが本命は城門なのだろう。戦力の大半はそこに集中しているようだった。
とにかく包囲軍に近づくと、城門は波状槌で攻撃され、崩壊寸前に見えた。門が破られればゴブリンが街中に侵入し、地獄絵図ができるだろう。……あの村で行われた凶行がもっと大きな規模で再現される。それだけは避けなければ!
しかしどうしたものか。後方から攻撃すれば奇襲としてそれなりの効果はあるだろうがこちらは二人しかいない。俺たちが攻撃している間に前衛部隊は突入してしまうだろう。おそらく敵の本陣は中央だ。普通は一番守りの固い場所に置く。敵の総大将を仕留めて一気にとはいかないだろう。
走りながら考えていると俺はクレーンのような物を見つけた。どうやら投石機らしい。トレビュシェットとよばれるタイプのものだ。ゲームで見たことがある。城からの攻撃で土台が壊れ、放置されているようだ。かなり大型の物でクレーンのアームのような部分が天高く伸びていた。
「あれだ!」
「もう! いつも急に大声を出さないでよ!」
俺は思わず大声を出した。打開策を閃いたからだ。文句をいう彼女を無理やり背負い、俺は来た道を引き返した。
「ちょっと何するのよ! ここまで来て逃げる気! 見損なったわ! さっさと下ろしなさい!」
「いいから黙って! 今から突入するんだ!」
「突入ってあなた何を――」
俺は彼女を無視して思いっきり助走をつけ、投石機に向け走り出した。敵の軍勢を前にして戦闘状態に入り『挑戦』が発動したので戦技は全て全開だ! 俺はまたしてもカー・ルイスになっていた。投石機のアーム部分に飛び乗り、天へ向け思いっきり走る。そして、ホップステップジャーンプ!! アトランタ五輪の再現だ!
「きゃあああああああああああああ!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
背中のライアが絶叫するが、俺は構わずに空中を足で掻いた。俺は太陽を背にし、眼下にはゴブリンの軍団が拡がっていたが、ひたすら足で掻いた。そして城門を飛び越えた。よし! 成功した! 後は着地するだけだ!
俺は空中で姿勢を制御し、着陸姿勢に移った。ここで着地に失敗しては俺はともかく背中の彼女が危険だ。ちょうど街の真ん中に着地できそうだ。着地地点に人だかりがあり俺は焦ったが、幸い彼らはこちらに気づいて避けてくれた。
そして俺は大地に降り立った。戦闘機が空母に着艦するようにだ。物凄い轟音と衝撃が俺を襲うが何ともなかった。冷静になると、とんでもないことをしているのだが戦技の影響で俺は恐怖を感じなくなっているようだ。それはそれで恐ろしかった。
おっといかん。考え込んでいる暇はない。気づくと、立派な体格の男が大口を開けて俺を見ている。着ている鎧も立派で冠のような物を付けているのできっとこの人がミルグレーブ氏だろう。取り巻きを沢山従え、偉そうな風格を漂わせているから間違いない。
ともかく、ここの最高指揮官に、俺は挨拶を兼ねて到着の報告をした。ライアを背負ったままだが挙手の敬礼をして、叫ぶように言った。
「陸上自衛官、榊幸太郎! ……他一名、集合完了!」
俺は自ら進んで指揮官の掌握下に入った。戦闘間隊員の一般心得の一つだ。まずは現地指揮官と情報共有せねばならない。
俺は挙手の敬礼をしたまま、ミルグレーブ氏の言葉を待った。
【用語解説】
戦闘間隊員の一般心得:文字通り戦闘中に守るべき心得。全部で11個ある。
挙手の敬礼:右手をこめかみの辺りにかざす敬礼。一般的に敬礼と言えば、大半の人がイメージするもの。必ず着帽時に右手で行う。右手を怪我してるからといって、左手で行ってはいけない。
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