第15話 休息

 救助や消火活動が一段落した俺たちは、村長の家で情報収集をしていた。あの一番大きな家が村長宅で、皆ここに避難して籠城していたのだ。俺たち以外にも、家を失った人々が大勢避難していた。


「勇者様とライア様にはこのようなむさ苦しい場所で申し訳なく」

「い、いえ、被害に遭った人々を優先してあげて下さい。俺たちはすぐ出ていきますから」

「コータロー。いくら何でもこのままヴァイスランに向かうのは無茶よ。あなた帝都から走ってきたのよ。その上、ここでの戦いが初陣なんでしょ? 少しは休まないと……」


 ライアが俺を心配して止めた。そう言われると相当無茶をしている。だが疲労感は無い。どうも戦技で強化されているせいか、今の自分の限界等が良く分からない。俺の四つの戦技はどれもピコピコ点滅しているので、これがMAXパワーなのだろう。


 ともかく、道が暗くて走れなくなってきた所だ。今日はここに泊めてもらうか。


「村長さん。俺たちはヴァイスランに救援に行く途中でして、ここで一晩泊めていただけますでしょうか」

「おお、勿論でございます! 勇者様に宿を提供するなど、我が家にとって誉。末代までの栄誉となりましょう」

「ははは……恐れ入ります」


 俺は村長の感激ぶりに思わず恐縮してしまった。その瞬間、頭の片隅の『挑戦』がすーと消えていくのを感じ取った。……俺が今日はもう休むと意思決定したので、『挑戦』が停止したのか。そう考えているうちに、俺は全身に倦怠感を感じた。そしてズン! とした重みを脳に受け、いつしか意識を失っていた。


「ちょっとコータロー! どうしたの!」

「ゆ、勇者様! お気を確かに!」


 二人の声が届くが、俺の意識は急速に闇に沈んでいった。


 ●


 ……なんだか胸が苦しいな……何かが俺の胸を圧迫しているような……。俺はボーっとしながら意識を取り戻しつつあったが、胸に違和感を覚えていた。顔を向けると、大きなマシュマロが俺の胸に乗っかっていた。それも二つだ。


 大きな丸っこいマシュマロだ。ははあ、このマシュマロが胸を圧迫しているのか。なんだか知らんがとにかくどかすか。俺はマシュマロを鷲掴みにした。ムニっとしてとても掴み心地がいい。


「ううーん」


 その瞬間、女の声が聞こえた。俺は徐々に脳みそが覚醒していき、視界がハッキリしてきた。そして気づいたのだ。俺の胸を圧迫しているのは、マシュマロではなく、ライアだ。ライアが俺にもたれているのだ。そしてこの白い物体は……


「おおおおおお!」

「きゃ!」


 俺が驚いて声を上げると、彼女も目を覚ました。そして起き上がりこちらを見た。それはいいが、彼女は全裸だった。下半身は角度の関係で見えないが、俺は彼女の一糸まとわぬ上半身をもろに見てしまった。昨日は装甲に隠されていた、先端の突起部分も丸見えだ。俺は母親以外で始めて生で女性の乳房を見てしまったのだ。


 これまで俺の人生は女性とは無縁だった。中学生の頃に告白はしたことはあったが、玉砕し、それ以降積極的に成れずにいた。自衛隊での初給料で風俗に行く同期は大勢いたが、俺は恥ずかしくて付いていけなかった。ホントは興味津々だったのだが。戸惑う俺にライアは嬉しそうに話しかけてきた。


「コータロー! 目が覚めたのね! 一日中寝ていたから心配したわ!」

「そ、それより前を隠してくれ! なんで裸なんだ! というかなんで俺と寝てるんだ!」

「何よ。鎧なんか着たまま寝れるわけ無いでしょ。服を着たら戦技が反応しちゃうんだからしょうがないでしょ!」


 彼女はそう反論した。俺はとにかく股間を抑えながら周囲を見た。どうやら村の一室らしいが、ベッドではなく、床に布団を敷いて寝ていたようだ。布団といっても粗末な物だが。ライアが不意に手を上げ、なにか念じるような素振りを見せると、ビキニアーマーが装着された。俺の迷彩服と同じ原理らしい。ちなみに俺は城で着ていた簡素な服を着たままだ。


「コータロー。あなた覚えてる? 急に倒れたのよ。そのまま一日中眠り続けたのよ。私も疲れてたし、あなた一人にさせておけないから一緒に寝ていたのよ。とにかく元気そうで良かったわ」


 あっけらかんとライアが答えた。彼女は俺に胸を見られて平気なのだろうか? てっきりぶん殴られるかと思ったが、とにかく俺は昨日……いや一昨日なのか? まあいい、意識を失う前のことを思い出したが、『挑戦』が消えてすぐに意識を失った。


 察するに、バフで高まっていた、HPなのか、スタミナなのか分からないが、体力の最高値が下がり、一気に限界を迎えてしまったのだろう。ウーム。これは厄介だな。『挑戦』は原則的には戦闘時のみしか発動しないだろうから余力を残しておかないと戦闘終了時に下手をすると死ぬかもしれない。


 『専守防衛』は戦争が終わらない限り大丈夫だろうが、『献身』と『誠実』は微妙だな。やはりステータスがマスクデータなのは厳しいな。ステータス表示! とかいったら出ないだろうか? ……やめておこう。いくら何でもそれは都合が良すぎる。ここはゲームのような世界だが、間違いなく現実だろう。


 考え込んでいるうちに、ぐうっとお腹が鳴った。城で食べてから飲まず食わずだった。ライアは微笑むと、俺の手を引いた。


「起きたらいつでも食事できるように、用意してくれているわ。行きましょう」

「わ、わかったからあまり強く引っ張らないでくれ」


 物凄い力でグイグイ俺を引っ張るライア。加護が無ければ脱臼しているかもしれない。なお股間は収まりつつあったので、問題ない。


 部屋のドアを開けると村長宅の居間だった。避難民たちは帰ったのか、片付けが進んでいた。村長以下家族が俺に平伏しようとしたので、慌てて止めた。水戸黄門じゃあるまいし、現代日本の一般人である俺にはかえってきつい対応だ。それに俺は自衛官だ。人々を助けるのは仕事だ。


 とにかく俺は席に着き、すぐに食事が運ばれてきた。外は夜のようだが、俺が起きたらすぐに提供できるように用意してくれていたらしい。メニューはキャベツたっぷりの野菜スープだ。どうもこの世界と俺の世界は野菜に変わりはないようだ。少し形は違うが。味は塩味が効いて美味かった。空腹のせいかやたらおいしく感じる。


 他にサーモンの塩焼きや茹でたジャガイモの盛り合わせがきた。ジャガイモにはバターが添えられ美味かった。縁日で食うじゃがバターを思い起こす。俺はペロリと平らげ満足した。俺の食いっぷりに皆喜んでくれた。


 腹は膨れたが、今はどういう状況なのだろうか? 俺はライアに聞いてみた。


「あれから結局どうなったのかな? 敵はみんな倒したと思ったけど、この辺は安全なのかな?」

「詳しくは分からないけど、多分後方攪乱の部隊なんじゃないかしら。本隊はまだヴァイスランを攻略中のはずよ。村長に聞いたけど、まだ落ちてはいないはずだと。もし陥落していれば今頃大勢の避難民が押し寄せているでしょう」

「なるほどな……ところで、今は何時なのかな? あ、そもそも時計はあるのかな?」

「ええ。貴重品だけどあるわよ。私の首にも掛けてあるでしょ」


 今までビキニアーマーに目が行き気づかなかったが、彼女は首飾りをしていた。ライアは首飾りを開いて時間を確認し始めた。どうも懐中時計のようだ。聞いてみると、ドワーフ製の高級品らしい。一般人にはとても手が出ぬ代物のようだ。貴族の家なら振り子時計があるそうだが、どうも文明水準がわかりづらい。一六世紀くらいなのだろうか?


「今は二時よ。今から出発すれば、明け方にはヴァイスランに着くかしら」

「そうか……なら今から向かおう。日の出と共に攻撃するのが基本だからな」


 俺は訓練で教わったことを思い出し、今から出発することにした。なお時間表記まで現代日本と同じだ。しかも二四時間表記が基準だ。俺にとって余りにも都合が良すぎるが、これ以上深く考えるのはやめた。とにかく今は戦争の真っ最中だ。余計なことに気を取られてはいけない。


 しかし時間が分からないのは不便だ。腕時計は出せないか、試してみると、何と召喚できた。PXで売っていたからだろうか……ミリタリー仕様の立派な奴だ。時間を見てみると、彼女が言った通り、二時を示していた。時間合わせも済んでいる。しかし戦技は何でもありだな。


 とにかく、俺は戦闘準備を整えた。戦いはこれからが本番だ。俺は念じて迷彩服を出したが、今回はそれだけで無く、完全武装のスタイルだ。弾帯を締め、サスペンダーを装着する。そして弾帯に弾嚢だんのうを大小二個ずつ付ける。大には二個、小には一個、弾倉が格納され、計六弾倉百二十発のフル弾倉だ。


 弾帯の一番後ろには水筒をつける。勿論中身は表面張力でひたひたの状態だ。これは自分用の飲料ではなく、傷ついた仲間の傷を洗ったり、被災者に提供するための物だ。弾帯の左側には銃剣をぶら下げる。なお、今まで気付かなかったが銃剣には刃が入り、ナイフのように斬ることが出来た。


 本物の銃剣には刃などついていない。尖っているだけなので、突きしか出来ないが、これは戦技によって産み出された戦闘用なのだろう。短剣としても使えるので丁度いい。サスペンダーにはL型ライトをつける。さらに鉄帽とろくよんを召喚し、これで準備完了だ。


「武器、装具異常なし!」


 俺は声に出して装備を確認した。ひとまず、ろくよんを負い紐で背中に背負う。移動中は邪魔だからな。ライアも準備が整ったようだ。彼女はポンチョを着ていないが、既に戦闘に趣く段階となり、羞恥心は消え去っているようだ。


「では、俺たちはヴァイスランに向かいます。また敵が来ないとも限りません。くれぐれもお気をつけて」

「無事ヴァイスランを解放したら、使いを寄越すわ。それまで警戒を続けて」

「ははー! 勇者様のご武運をお祈りします!」


 深々と頭を下げる村長一家。俺たちは村を出て、再び走り出した。既に敵地と言っていい。彼女も自分の足で走っている。おんぶしていてはかえって危険だ。幸い、彼女も戦技によって強化され、足はかなり早い。『挑戦』が発動していない俺と足並みを合わせて走るのに丁度良い早さだった。


 俺たちは暗闇の中、街道を走った。この暗黒の先に、助けを待っている人々がいるのだ。俺の気持ちを反映してか、『献身』の二文字が強く点滅していた。



【用語解説】


 弾帯:迷彩服の上から着用するベルト。これに弾嚢や水筒などを装着する。

 弾嚢:弾倉を格納する入れ物。マガジンポーチ。弾倉が二つ入る大と、一つ入る小が存在。それぞれ二つつける。個人携行弾倉としては六弾倉がフル装備。厳密に言えば小銃に装着されている分を含み七弾倉。

 水筒:勿論自分用の飲料水としても使用する。満タンにしていないと怒られる。

 サスペンダー:弾帯がずり落ちないように取り付ける。L型ライトを取りつけたり使い方は多彩。映画では手榴弾を付けていたりするが、そのようなことはしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る