第12話 蛮神
ひとまず俺は不自然な体勢のまま椅子に座った。他の面々もだ。……しかしなぜ彼女はあんな格好を? ゲームだけでなく、蛮族をモチーフとした映画であんな格好をした女戦士を見たことがあるので、必ずしも異常な格好では無いのかも知れないが、それにしては様子がおかしかった。
その理由を姫が語ってくれた。彼女の家は、ルセウムでも屈指の名家と聞いたが、武家として高名な家らしい。要するに軍事貴族という事か。彼女の一族は代々『蛮神の加護』を授かっているそうで、その戦闘力はヒューマン随一を誇るという。
蛮神の加護は当主が代々受け継ぐらしいが、与えられる戦技はかなり癖があるらしい。何でも、強力なバフを与えられる代わりに、防具や衣服が身に着けられなくなるらしい。戦時でも平時でもだ。それ故、代々の当主は常にふんどし一丁で過ごすのだという。
その代わりに、暑さ寒さからも身を守れるし、金属鎧などより肉体が頑健になるそうだ。野蛮人たるもの、衣服など身に着けるなという事か……それにしても随分と極端だ。蛮族だって服ぐらい着るのではないか?
ともかく、ライアの父は、オーク戦争でも縦横無尽に活躍したらしい。しかし戦いで深手を負い、その傷が原因で亡くなってしまったそうだ。問題はここからだ。当主が死ぬと、その加護は次代の当主へと引き継がれるらしい。
だが彼には一人娘であるライアしかいなかったのだ。いずれ婿を取るつもりだったようだがその前に戦争になり、それどころではなくなってしまった。ライアの父は、娘に自分のような戦技が与えられるのは忍びなかった。うら若い娘が、いや若くなくても女性がふんどしだけで過ごすのは余りに惨い。
それで死に際に、蛮神に娘に慈悲を与えて欲しいと願ったそうだ。そして神はそれを聞き入れた……のだがその結果があれらしい。……何というか、あれなら胸にサラシを巻くだけの方がマシのような気がした。あの格好は卑猥に見えて仕方が無い。
それでも彼女は父の思いを引継ぎ、女戦士として責務を果たそうとしたのだ。だが一部の男どもは、彼女を下卑た目で見て、コソコソと陰口を叩いたそうだ。あんな格好をしているのだから、彼女はスキモノなのだろうと。例え戦技のせいだとしても、彼女の男好きの本性があの卑猥な格好に表れているのだと散々に言ったそうだ。
無論、男の全員がそう考えでいる訳では無く、こんなことを言うのは、一部の恥知らずな連中だけだ。しかし困ったことに彼女は誰が見ても美人だ。そんな娘があんな格好をしていたら男なら反応してしまう。俺のように。
皆、彼女を傷つけまいと、なるべく見ないようにするのだが、どうしてもチラチラと見てしまうそうだ。男の本能には抗い難い何かがある。俺は今になって、三人が後ろを向いていた理由を悟った。それにしてもガルス翁も元気だな。見た目は枯れているように見えるが。
この状況に、ライアの乙女心は深く傷ついた。彼女も武家の娘であるから、一通りの戦闘訓練は受けているらしいが、それでも貴族令嬢なのだ。恥じらいのある乙女だ。それがあの格好ではさぞかし辛かったろう。
この世界の貞操観念が、まだ現代のように大らかな価値観であれば良かったが、どうも未婚の女性がへそを晒すなどあり得ないことらしい。水着のビキニも存在しない。彼女の格好について、何とかならないのか俺は姫に聞いてみた。
「あの、戦闘中は仕方ないですが、普段だけ服を着ることはできないのですか」
「厳密に言えば、服を着ることはできるようです。しかし罰則が生じ、全能力が下がってしまうのです。時間経過で元に戻るようですが、元の格好に戻ってもすぐには回復しません。その為、有事に備えて常にあの格好をするしかないのです」
彼女は戦士としての義務を果たすため、あの格好を常にしているのだ。だが彼女の心は限界なのかもしれない。何しろ初対面の俺を平手で殴るくらいだ。……後で知ったのだが、彼女は加護の影響であまり感情の抑えが効かないらしい。蛮族たるもの常に自分の気持ちに正直になれという事か。
防具や服でなくても、シーツのようなものを巻くのもダメらしい。例え布といえど、厚着すれば鎧と変わらない。あくまで防具の類として認識されてしまい、物質は全てNGのようだ。
いつの間にか、股間の熱は引いていた。俺は彼女が気の毒で仕方が無かった。俺も運命に翻弄されているが、彼女はそれ以上かも知れない。なんというか、神に玩具にされているようで気分が悪くなってしまった。
何とか彼女の助けになれないか、必死で考えてみた。その時、俺は何か引っかかりを覚えた。彼女のビキニアーマーはどういう原理で装備されるのだ。
「あの、彼女のビキニ――いえ鎧は誰が作ったのですか?」
「彼女の鎧は、戦技で生まれたものです。丁度サカキ様のその戦闘服と同じ原理でしょう」
それを聞いて俺にある仮説が浮かび、俺は思わず走り出していた。彼女を追って。
「サカキ様! どちらへ!」
背後から姫の声が聞こえるが、俺は無視してしまった。部屋を出ると、先ほどの副官がいたので、ライアの居場所を聞くと、バルコニーの方へ走っていったらしい。俺は夢中で向かった。
バルコニーを発見し、外に出てみると彼女がおり、遥か彼方を見ていた。恐らく北の方角なのだろう。今、戦火に襲われつつある故郷を思っているのだろうか。俺は彼女のお尻に目が行ってしまったが、気を取り直し勇気を振り絞って話しかけた。
「あの、さっきはすみませんでした」
「……私の方こそ、ごめんなさい。いきなり叩いたりして……」
彼女の声はやはり美しかった。その姿同様に。しかし声が震えている。まだ泣いているのだろうか。俺は少しでも彼女の助けになればと、先程の思い付きを実行に移した。
俺は目を閉じて念じた。そして俺の手に粒子が集まり、やがてそれは迷彩ポンチョを形作った。すぐに俺は彼女に掛けてやった。だが彼女は慌てて振り払おうとした。
「ちょっと何するのよ! 戦技が反応したらどうするのよ!」
「お、落ち着いて! 多分戦技は反応しないはずだ!」
「何を言って――」
彼女は顔を怒りに歪めたが、俺の言葉を聞くと目を閉じ、戦技の状態を確認したようだ。
「う、嘘……戦技に影響が出ていないわ……一体どうして?」
「そのポンチョは服でも防具でもない。俺の戦技が産み出した魔法みたいなものだ。だから反応しないんだと思う。さ、キチンと着てごらん」
俺は彼女に着方を教えてやり、彼女は頭から被り、すっぽりとポンチョで覆われた。彼女のセクシーボディが見られないのは残念だが、これで彼女が恥ずかしい思いをしなくて済む。
俺はろくよんが武器では無く、魔法が実体化した何かではないかと推察したガルス翁の言葉を思い出し、俺の着ている迷彩服も同じではないかと考えたのだ。
防具や服で無いのなら、蛮神の加護は反応しないはずだ。でなければ彼女のビキニアーマーが例外となる説明がつかない。俺の予想は見事に当たった。迷彩服でも良いのだが、サイズが合わないだろうし、戦闘時にすぐ脱げるポンチョの方が良いだろう。PXで触っておいて良かったぜ。
彼女は状況を把握して理解したようだ。そして俺を見て微笑んだ。美しく、そして可愛らしい笑顔だった。だがどこか影のある笑みだと俺は思った。彼女は先程とはうって変わり、穏やかに話し始めた。
「ありがとう……嬉しいわ。叩いたのにこんなことをしてくれて」
「い、いや、別に気にしないで。お、俺は榊幸太郎。榊が苗字で幸太郎が名前だ」
「私ったら勇者様に名乗りもせずに……ラル族の英雄、ライアスが娘、ライアよ」
「あ、これはご丁寧に。いやそうじゃなくて、勇者様はやめてくれ。名前でいいよ」
「あらそう? じゃ遠慮なく、コータローと呼ぶわ」
彼女はざっくばらんに俺に話した。俺も同年代と思われる彼女には気兼ねなく話せた。今まで話してきた人たちは、年上だし、どうも偉そうな雰囲気を漂わせているにも関わらず、こちらに遜って話すものだから、気疲れするばかりだった。彼女は蛮神の加護の影響か、俺にへりくだるような素振りは無い。だがどこか元気が無いのが気兼りだ。
彼女は再び、北へ向けて視線を移した。その横顔はどこか哀愁があり、彼女の美しさを曇らせていた。
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