第13話 北方へ

 彼女は俺から視線を外したまま語り始めた。


「ありがとう、コータロー。この不思議な被り物。父が死んでからいつも好奇の目に晒されて、辛かったわ……。ほとんどの人は悪気が無いのは分かっていたけど、それだけに辛かった……下卑た視線の男は殴り飛ばせばいいけど、悪意が無いのなら仕方ないわ。……でも、そんな日々ももうおしまい。あの山の向こうにね、私の故郷があるの。今から援軍を出しても、もう間に合わないのは分かってるわ。でも私だけ生き残るわけにはいかない。例え一人でも私は行くわ」


 彼女が話し終えると、その目の端から涙が零れた。不謹慎だが、美女は悲しんでいても絵になるのだなと俺は思った。だがその直後に言いようのない感情が俺の胸中に渦巻いた。これは戦争であるから善悪は存在しないのかも知れない。ゴブリンとて彼らの正義があり、彼らの種族の存亡を掛けての戦いなのかも知れない。


 だがそんなことはどうでも良かった。俺は例え絵画のように美しくとも、これ以上彼女の泣き顔を見てはいられなかった。行こう! 彼女の故郷へ! 政治的なことを俺が考える必要は無い! 彼らに助太刀すると決めた以上は彼らを守り抜くために戦うのだ! 俺は叫んだ!


「守りたい人がいる!!」

「きゃ! 急に何よ、びっくりさせないでよ!」


 彼女が驚き文句を言うが、俺は躊躇せず彼女を無理やり背負った。


「ちょっと! 何するのよ! 下ろしなさいよ、殴るわよ!」

「いいから! ルセウムはあっちでいいんだな!」

「そうだけど……あなた何する気よ!」

「決まっているだろう! 俺は自衛官! 人々を守るのが俺の任務つとめだ!」

「さっきから何を――」

「口を閉じてろ! 舌を噛むぞ!」


 そう言いながら、俺はバルコニーに足を掛け、そのまま飛び降りた! 俺の頭の上で彼女がキャーキャー言うが、俺はそのまま着地し、北部の山に向かって走り始めた。三階くらいの高さだったが、俺の足には何の影響もない。俺の脳内では、『専守防衛』に加え、『献身』と『誠実』がピコピコ点滅していた。だが挑戦は点滅していなかった。


 戦闘中では無いからだろうが、今は少しでも能力を上げて、一刻も早く援軍に趣かねばならない。俺は心中で抗議した。


(おい! 『挑戦』! 俺は今、彼女の故郷を助けに全力で向かっているんだぞ! これは立派な挑戦だろうが! 500㎞とは東京大阪間だぞ! 俺は今、新幹線に挑戦しているのだ! のぞみは約二時間三十分で新大阪に着く。その記録に俺は挑んでいるのだ!)


 俺のこじつけのような抗議に根を上げたのか、『挑戦』の二文字がピコピコ点滅し始めた。よし! スピードが更に上がった! これならいける! ……たぶん。


 速度計など無いので、俺が今どのくらいのスピードで走っているのか見当もつかないが、俺は中世ヨーロッパ風なんだかローマ風なのかよくわからない街中を爆走していた。やがて城壁と門が見えてきた。衛兵らしき男たちが通せんぼをしているが、今は緊急事態だ! 身分証は無いが、通らせてもらうぞ!


「どけどけー! 勇者のお通りだー!」

「ひ、ひぃーー!」


 衛兵たちは驚いて道を明けた。……良く分からないが、普通は身を挺して止めるんじゃないだろうか。帝都を守る兵として。おかげで誰も傷つけずに済んだが。衛兵たちも人材不足なのかもしれない。きっと俺のような新米なのだろう。今頃上司に怒られているかもしれない。


 帝都を出ると、そこは随分と牧歌的というか、平野がどこまでも続くど田舎だった。電柱一つ無いのでやはりここは現代ではあり得ない。幸い石畳の道路は綺麗で走りやすい。交通インフラはしっかりしているようだな。その時、ようやく落ち着いたのか、ライアが話しかけてきた。


「ちょっと! 本気で行く気なの!」

「当たり前だろ! その為に俺を呼んだんだろ! ヒューマンは!」

「それはそうだけど……」

「とにかく俺はこの国……いや世界の事は分からないんだ! 道案内を頼む!」

「分かった……分かったわ! コータロー! あたしと貴方と二人でルセウムを救うわよ!」

「その意気だ! 必ず君の故郷を救って見せる!」


 こうして俺は、いや俺たちは北国への街道を爆走した。これから俺は戦場に赴くが、もう一人では無い。頼もしい相棒バディが出来た。俺はカー・ルイスのようなスピードでひたすら走った。目指すはあの山、そしてルセウムだ!


 ●


 一方その頃、ユリアナと幹部たちは食堂で待ちぼうけを喰らっていた。ユリアナは幸太郎を追いかけようとしたが、ガルス翁が止めた。今は二人で話させた方が良いと。姫は不安はあったが、年の近い者たちで話させた方が上手くいくかも知れないと言う通りにした。しかしいつまでも戻ってこず、不安になっていた。


「……帰って来ないわね。二人とも……」

「ううむ。もしや喧嘩にでもなったのか? ライアも大分気が立っていた」

「いやいや、お似合いの若い二人じゃ。意気投合して逢引しているのかもしれんぞ」

「何を馬鹿な……とにかく探してきましょう」


 ロムレスはそう言いながら立ち上がった。だがすぐに副官が大慌てで部屋に入ってきた。


「大変です! 勇者様がライア嬢をおんぶして、バルコニーから飛び降りました!」

「何だと! どういう状況なのだ!? もっと正確に報告をしろ!」

「は! 詳細は不明ですが、街中へ下りた後、北へ向かって物凄い勢いで走っていったと……」

「な、なんと、……まさかルセウムへ向かったのか?」

「ロムレス! 第一軍団は編成が完了次第、ルセウムへ出発なさい。訓練などしている暇はありませんよ。若い二人が戦っているのをただ傍観するわけには行きません!」

「仰せの通りに……おい! 幕僚たちを全員集めろ! 予定を組みなおすぞ! 最短でルセウムへ出兵する!」


 ロムレスは大声で副官に指示を出すと、ユリアナに一礼をして部屋を出た。六千人もの部隊が移動するのだ。兵糧輜重の手配やその他諸々、仕事はいくらでもある。ロムレスの戦いは既に始まっていた。


 彼が去った後、残された三人も今後について話し合った。


「ガルス翁……老身の身に堪えるでしょうが、軍に先行して勇者様を追ってください。近衛の一個分隊を付けます」

「なんの。若い頃には寝ずに修行に明け暮れたものです。どうという事は有りません。では私もこれで」


 ガルス翁もその場を辞した。残された二人の間には沈黙が続いたが、ユリアナがカインを労わった。


「カイン、貴方も行きたいでしょうが、帝都の守りを疎かにするわけにはいきません。……無念でしょうが、辛抱してください」

「姫、そのような気遣いは無用です。私が行っても大したお役には立てぬでしょう。今はあの若者を信じるしかありません」

「異世界の碌に戦いも知らぬ若人に、国の運命を託すことになるとは……妾も先祖に合わす顔がありません。……今は勇者様のご無事を祈るのみ……」


 二人とも、幸太郎に種族の命運を託すことに忸怩たる思いがあった。神の導きとはいえ、何の義理もない人間を戦いに趣かせるなど彼らも本意ではない。今でも国の内部には勇者召喚に反対する者が多かった。ロムレスなどまだ穏健な方だ。


 武断的な性格の強いドムスギアでは何よりも誇りを重んじた。異世界の死者を勇者等と祭り上げて戦わせることに、皆思う所があったのだ。それでも誇りを守って滅亡するより、恥を忍んででも助けを求めるよりなかった。覚悟の決めた大人たちはともかく、子供たちまで死なすのは忍びない。


 運命に翻弄されているのは幸太郎やライアだけではない。この世界に生けるものはみな神のお遊びによって明日を左右されているも同然であった。しかし、ユリアナはその気まぐれな神に祈ることしか出来なかった。



【用語解説】


身分証:駐屯地の出入りには最低限、自衛官身分証明書が必要。その他、立場によって外出証などが必要になる。

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