第11話 女戦士

 中庭での騒ぎが落ち着くと、丁度昼飯時となったので俺たちは食堂へと向かった。姫と幹部三人も一緒だ。


 やや古めかしいがヨーロッパ風の立派な食堂に案内されると、料理が運ばれてきた。またカレーかと思ったがパン食で、やや薄めのトーストとソーセージやハム、そしてサラダなどのこれも馴染み深い洋食だった。味も満足のいくものだった。


 食べ慣れた物ばかりでひとまず食生活は安心だが、冷静に考えると俺の食べているものは国の最高権力者が食べる水準の可能性があった。姫やロムレスが一緒に食べているぐらいだ。そう考えるとどうも居心地が悪い。不意に、税金泥棒と呼ばれた過去が蘇ってきた。


 俺はぶるぶると頭を振り、ネガティブな考えを振り払った。とにかく俺を召喚したのは彼らの都合なのだから、あまり卑屈に考えるものではない。戦って恩を返せばいいだけだ。……恩と言えるのかは分らなかったが。


 食後にはコーヒーまで出てきたのでこれも堪能した。俺は開き直って香りを楽しんだ。コーヒーに拘りは無いが、普段飲んでいたインスタントより美味い気がした。俺はコーヒーを飲みながら、今後の行動について話した。


「それで、戦争の推移はどうなっているんでしょうか? 北部での戦いはどんな具合なのですか?」

「最後に伝令が来た時には、国境の要塞が陥落し、ルセウムの中心都市、ヴァイスランに敵主力が迫りつつあると……以後の情報は途絶えています」

「通信手段は伝令だけですか? 伝書バトだとか、狼煙なんかは?」

「無論狼煙はありますが、細かい状況の伝達は無理です。ヴァイスランが陥落すれば、狼煙が上がるでしょうが、幸いにしてその報告はありません。伝書バトもありますが、距離が遠すぎます。ここからヴァイスランまで500㎞ありますので」


 軍事関係という事で、ロムレスが答えてくれた。彼も随分と殊勝になったものだ。ちなみにルセウムとは北部地帯を示す言葉だ。北部の都市にはそれぞれ首長がおり自治権があるらしい。しかし500㎞は遠いな。……待てよ、単位まで俺の世界と同じなのか? そもそも何故日本語が通じるのだ? 今まで気づかなかった。俺はガルス翁に聞いてみた。


「単位については、世界共通での統一単位はありませんな。メートル法は六十年前に先代の勇者様より伝わり、ヒューマンは採用しております。一部地域では古い単位を使用することもありますが。言葉については我らの世界に異なる言語というのは存在しません。種族によって多少語尾が変化したりはしますの。文字は種族ごとに変わりますな」


 なかなか衝撃的な内容だった。言語が一種類しかないというのは不思議だった。だが魔法が存在する世界だ。俺は深く考えないことにした。俺は再びロムレスに軍事関係の質問をした。


「敵と味方の戦力比はどの程度ですか?」

「概算ですが、ゴブリンは二十万、ルセウムの現地部隊は二万程度です。ルセウム側は民兵等も含めた数です。開戦当時の戦力ですので、現在は双方ともに数は減少しているでしょう」


 衝撃的な数字だった。二十万対二万だと? 十倍の戦力差だぞ! こちらは城や要塞で防御できる分、有利に戦えるだろうが、それでもこの差は厳しい! ……もっともそんなことは彼らも分かり切った事なのだろう。だから俺に期待しているのだ。


 その後も色々と聞いたが、幸いなことに標準的なゴブリンの強さはヒューマンよりも圧倒的に劣るらしい。やはり普通のゴブリンは子供ぐらいのサイズだそうだ。その為、ヒューマン一人に対してゴブリンは三人でようやく互角との事だ。


 だが、一部にホブゴブリンと呼ばれる、ヒューマン並みの体格を持つ者たちや魔法を操るシャーマン等はこの限りではない。指揮官クラスになると、ロードと呼ばれるこれも立派な体格を持つゴブリンになるそうだ。キングはロードの中で最も強いものが選ばれるらしい。


 ともかく、ホブゴブリンにしろロードにしろそこまで数は多くない。故に七~八万と二万の戦いと見ていいのかも知れない。それでも四倍の戦力差だが。


 その後も話を続けていると、ロムレスの副官らしき男が現われ、彼に耳打ちをした。副官の言葉を聞いたロムレスは顔をしかめた。どうも悪い報告らしい。そして姫に報告を始めた。


「姫……たった今、ルセウムより伝令が到着しました。報告を要約しますと、ヴァイスランは未だ抵抗を続けるも陥落の危機にあり、即刻援軍を派遣されたしと。そして問題なのは、伝令がライア嬢でした」

「何と! 彼女が伝えに来たのか……ではミルグレーブ殿は覚悟を固められたか……」

「どういう事です? 俺にも分かるように説明してもらえますか?」


 悲壮感を漂わせるカインが説明してくれた。ライア嬢というのは、ルセウム屈指の名家の令嬢らしいが、女戦士でもあるらしい。彼女は加護持ちで、多少癖のある能力だが、その実力はルセウム一、いや下手をすればヒューマン随一の戦士と言えるそうだ。


 そんな彼女が伝令に来たという事は、彼女を逃がす算段なのだろうと。一番体力がある彼女が、伝令として最も早く帝都に辿り着けるという面もあるが、ヴァイスランの首長、ミルグレーブ氏の真意は、もはや戦局は覆せずヒューマン側の切り札となる彼女を逃がすことにある。また、うら若き令嬢を死なせまいとする配慮であろうと。


 ルセウムはカインの故郷でもあり、辛そうに俺に語ってくれた。そんな状況でロムレスはさらに続けた。


「姫……実はライア嬢がお目通りを願っているそうです。一刻も早く援軍派遣をと、さらに勇者召喚のことを聞きつけたようです」

「何ですって! 勇者召喚は秘中の秘! なぜ彼女が知っているのですか!」

「どうやら応対した近衛が漏らしてしまったようで……」


 ロムレスはジロっとカインを睨んだ。これにはカインも小さくなってしまった。ゴブリンキング侵入にしろ、今のところ近衛は失態続きだ。カインの監督不行き届きはともかくとして姫は決断した。


「仕方ありませんね。彼女をここへ。勇者様……いえサカキ様。お手数ですが彼女と会ってやってください」

「勿論です。とにかく話を聞きましょう」


 俺が威勢よく答えると、副官はライア嬢を呼びに行った。俺たちは起立して彼女を待った。だがなぜか男たちは顔を後ろへ向けていた。


 俺が不思議に思っていると、ガチャガチャと金属音が響いてきた。そして立派な剣を背負った女戦士が部屋に入ってきた。


 彼女は少しウェーブのかかった長いブロンドの女性で、その顔立ちも貴族令嬢らしく、上品で凛々しく美しかった。俺はこんな美人な女の子は見たことが無かった。姫も美人だが、ライア嬢はまだ年若いのか、可愛らしさがあった。だがそんな彼女の顔より、俺は首から下に目が釘付けになってしまった。


「ビ、ビキニアーマーだと!!」


 俺は思わず叫んでしまった。彼女の服装は、テレビゲームでよく見る女戦士そのままであった。


 順に当たっていこう。まず、肩にはいわゆる肩パットと呼ばれるような赤い装甲がついている。そして腕にはガントレット。脚部は膝まであるブーツ上のクリーブと呼ばれる足甲というモノだ。


 そして問題はここからだが、本来鎧として一番重視すべき、胴体部分は何も無いのだ。可愛らしいおへそが丸出しになってしまっている。腰回り部分は、これもビキニパンツそのままだ。金属では無いようだが何の素材で出来ているのかは不明だ。


 そしてこれも鎧としては重要な胸部分だが、水着のビキニそのものといった感じで、胸の先端部分だけ丸い装甲のようなもので覆われている。装甲部分の面積は狭く、非常に卑猥な表現で恐縮だが、いわゆる横チチ部分は丸見えだ。


 俺は彼女の姿を見て、思わず腰を引いてしまった。男子諸君なら理由はお察しだろう。股間から発せられる何かを抑えるべく、俺は海老のように腰を引きつつ、後ろへ下がっていった。


 彼女の格好は、はっきり言ってエロ過ぎた。俺とてアダルトビデオで女性の裸ぐらいは当然見たことがある。だが彼女の今の格好は、何というか、裸よりも卑猥に見えてしまった。


 何より彼女は控えめに言っても絶世の美少女なのだ。日本でこんな可愛い子は見たことがない。俺は芸能人を生で見たことが無いので、単純に比較できないが、アイドルにも負けていないと思う。


 とにかく、俺は彼女を直視することが出来なかった。そんな俺をじっと見るライア嬢。こんな醜態をさらして、きっと軽蔑されていると思ったが、意外にも彼女はその美しい顔を真っ赤に染め、目に大粒の涙を溜めて、俺にツカツカと近づいてきた。


 そして次の瞬間、俺の視界はぐるんと一周していた。遅れて衝撃と痛みを感じて、初めて俺は彼女にビンタされたのだと気が付いた。物凄いスピードで捕捉出来なかったのだ。『専守防衛』が発動していなかったら死んでいたかも知れない。そして彼女の愛らしい声が食堂に響いた。


「何よ! 勇者だって聞いてたけどアンタも他の男と同じよ!」


 彼女はそう叫ぶと、涙を流しながら部屋を出て行ってしまった。俺は呆然と姫の方を向いた。


「あの……姫……」

「わかっております。サカキ様、あなたは悪くありません。殿方であれば、そのように反応してしまうのも無理からぬこと。ですが、あの子を責めないでやってください。あの娘も哀れな身の上なのです」

「と、言いますと……」


 俺は海老のポーズを取ったまま、ライアのことを聞いた。

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