第10話 参戦表明

 検証を続ける俺たちの後ろでロムレスの怒号が響き渡った。


「ぐえ!」

「この蛆虫どもが! 誰が腕立てをやめて良いといった!」


 とうとう兵士たちが限界を迎え、倒れ込んでしまったのだ。そんな兵士たちをロムレスは激しく罵倒した。ロムレスは兵隊たちを整列させると、一人ずつ殴りつけていった。平手では無く、拳でだ。だが部隊の中で一番ひ弱そうな男が、殴られた勢いで倒れ込んでしまった。


「この軟弱者めが! 貴様など役立たずだ! 死んでしまえ!」

「お、お許しください!」


 倒れ込んだ兵をロムレスがさらに足蹴にした。俺はその光景を見ていられなかった。俺も自衛官であるから似たような経験はあるし、訓練というのも分かるが見ていられなかった。……かつての自分を見ているようでだ。俺はロムレスを止めた。


「ロムレス!……さん。その辺にしてあげてください。やりすぎです……」

「これはわが軍の訓練! 部外者の口出しはご遠慮下さい! ……まあ貴殿から見れば恐ろしく見えるのも無理はないかもしれませんな。何しろ戦えぬ軍隊出身だそうですから……ハッハッハ!」


 ロムレスは俺の抗議を突っぱねた。それはいい。彼の言い分ももっともだ。だがよりにもよって自衛隊を馬鹿にしやがった! 俺の説明を聞いていた時にも馬鹿にした表情をしていたが、ここにきて言ってはならぬ事を言った!


 俺はともかく、自衛隊をコケにされて黙っているわけにはいかない! 例え三ヶ月しか在籍していなくても、俺は誇り高き陸上自衛官なのだ! 仲間を侮辱されるのは許せない!


 俺が奴に闘志を燃やすと、脳内で『挑戦』の文字がピコピコ点滅し始めた。格上との戦いに反応して戦技が発動したのだ。戦技の力も借り、俺は叫んだ!


「ロムレス! ならばその戦えない軍隊が編み出した、徒手格闘をその身で味わうがいい!」


 俺は両手を構えてファイティングポーズを取り、ロムレスに模擬戦を挑んだ。奴もニヤリと笑うと俺の挑戦に応じた。


「面白い! そうこなくてはな! ドムスギア流格闘術を見せてくれる! その細腕をへし折ってくれるわ!」


 ロムレスも構えを取り、俺と対峙した。奴は拳を固めずに開いていた。俺は格闘技に詳しくないが、以前テレビで見た総合格闘技の構えに似ていた。恐らくは関節技や寝技が中心なのだろう。レスリングのようなものかも知れない。


 俺が教わった徒手格闘は、日本拳法をベースとした、陸上自衛隊の格闘術だ。実戦を想定しているので、当然投げや絞め技もあるが、俺は基本の打撃ぐらいしか教わっていない。だが今はとにかく使える技で立ち向かうしかない!


 俺は教わった通りの突きを繰り出した。徒手格闘の特徴は、その打撃にある。ボクシングや空手は拳を突き出す際に捻るが、俺は構えた拳をそのまま突き出した。捻る方が威力が上がるが、その分速度が下がる。徒手格闘は何よりもスピード重視の武術なのだ。


 戦技により強化された俺の拳は、見事に奴の胸にヒットした。ロムレスはそのスピードに驚き、まともに喰らってしまったようだ。さらに俺は追撃の前蹴りを放った。これもみぞおちを捉え、奴は呻いた。ざまあみろ。この前のお返しだ。


 だが流石に奴も鍛え上げられた軍人だ。ダメージを受けながらも怯まずに俺に跳びかかってきた。奴は打撃を無効化しようと距離を詰め、俺を掴もうとしたが、俺は訓練で教わった足さばきで華麗に回避し、回り込んで奴の背中に蹴りをお見舞いした。ロムレスは吹っ飛んでいった。


 どうも不思議なことに、俺は訓練では碌に動けなかったにも関わらず、指導教官の様な教本通りの動きを再現していた。前回の銃剣格闘もそうだ。戦技は単に能力値を底上げするだけでは無いのかもしれない……ある意味で不気味だ。俺の体が何者かに操作されているようだ。


 ……もしかしてこの世界はやはりゲームの中で、俺は神という名のプレイヤーに動かされているのだろうか……俺は戦闘中にも関わらず、考え込んでしまった。そしてその隙をロムレスに突かれてしまった。


「戦闘中によそ見をして考え込むなど! ドムスギア軍人を舐めるなよ!」

「しまった!」


 俺はロムレスに右腕を掴まれてしまった。そのまま関節を決めてこようとするロムレスに対し、俺は力任せに引っ張り、奴の態勢を崩した。今度は俺の方が奴の腕を両手で掴んで一本背負いを決めた。最後は柔道になってしまったが、まあいいだろう。日本男児たるもの一本背負いは必修科目である。俺はロムレスの首に残心を決め、勝利を宣言した。


「ぐは!」

「どうだ! 自衛隊の強さ、思い知ったか!」

「ロムレス。勇者様の強さ、身をもって思い知ったであろう! 今後は態度を改めるのだな」


 カインがそう言って模擬戦を締めた。周囲の幹部たちは俺たちの戦いを静観していたが、これ以上やっては大けがになると踏んだかカインに試合終了を宣言させた。俺も気が済んだ。これ以上ロムレスがごちゃごちゃ言わなければ、揉める気は無い。だがロムレスは黙って立ち上がると俺に向け頭を下げてきた。


「……これまでの非礼をお詫びします。確かに貴方の強さは本物だ。その強さで我が国を助けていただければ、私の命などいくらでも捧げます。どうかお見捨てにならぬようお願い申し上げます」

「そ、それは勿論ですが……」


 ロムレスは思った以上に真摯に謝罪してきた。その殊勝な態度に俺は気が削がれてしまい、彼の言葉に返事をしてしまった。その瞬間、俺の脳内に『専守防衛』の四文字が浮かび上がり、ピコピコ点滅し始めた。


 この突然の出来事に俺は、はてな? となってしまったが、今まで、正式には彼らを助けるとは表明していないことに気が付いた。ゴブリンキングと戦闘状態になったが、あれはなし崩し的なもので、あの時専守防衛が発動したのは、俺とゴブリンキング個人間の戦争という扱いなのだろう。恐らくだが。


 だが、俺がロムレスの言葉に答えたことで、正式に、ヒューマン=ゴブリン間戦争への参加と見做されたのであろう。その為、専守防衛が発動しているのだ。今は既に戦争中だから常に発動しているのだろう。俺は既に彼らを助ける気ではいたが、やはり戦争に参加するのは勇気がいる。だが今更嫌ですとは言えなくなってしまった。


 姫やカインも俺の言葉に反応し、俺に駆け寄ってきた。ガルス翁に至っては泣いていた。


「勇者様! そのお言葉をお待ちしておりました! どうか我らをお助け下さい!」

「「「勇者様! 勇者様!」」」

「…………」


 姫たちだけでなく兵士たちまで駆け寄って俺を囲み始めた。近衛兵まで駆け寄ってきている。お前らの任務は警備だろう、キチンと仕事をしろ。また敵に侵入されるぞ。俺は内心で毒づいた。


「「「勇者様万歳! ヒューマン万歳! ドムスギア万歳!」」」


 遂には万歳三唱まで始めやがった。俺はこの世界にも万歳があるのだなと現実逃避気味に考えていた。大方先代勇者の影響だろうが。俺は鳴りやまぬ万歳三唱を聞きながら呆然とその場に立ち尽くしてしまった。


 かくして俺こと、榊幸太郎は晴れてヒューマンの勇者として、異世界での防衛戦争へと参加することになった。果たして、俺はこの戦いを生き残ることができるのだろうか……

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