第9話 検証
「ロムレス! 貴様いい加減にしろ! 勇者様に失礼だぞ!」
ロムレスの嫌味にカインが激怒した。彼は俺に恩義を感じているので、直情的に反応した。姫も無表情だが怒っているようだ。ガルス翁も呆れている。
「そう言われてもな。私は勇者殿の活躍を見てはおらん。軍人たるもの情報は自分の目で確認した上で判断せねばならぬ。誰かさんの警備が甘いせいで敵に侵入された時に、私は現場にいなかったからな。軍部の責任者としてはキチンと確認する必要があるのだよ、近衛隊長殿」
「貴様……私を侮辱するか!」
カインは声を荒げて剣に手を掛けた。いかん! このままではカインが暴発してしまう! 俺は場を収めようと大声を出した。
「分かりました! 私の力を見せましょう! それで具体的に何が見たいんですか!」
俺の声にカインが引き下がり、ロムレスは顎に手をあて考え始めた。この野郎、具体的に何か要望があるわけじゃないのか、ふざけた奴め。しかしすぐに思いついたのか、ロムレスが俺にリクエストを出した。
「ふむ。そうですね。まずは勇者殿の武器を見せて頂けますか。どのような性能のモノなのか確認させて下さい」
俺はため息をつくと、目を閉じ念じた。折角なので声も出すか。
「銃!」
俺が呼びかけると、その手にろくよんが現われた。中庭を警備している兵士たちはおおーと声を上げた。なお彼らは近衛兵なのでカインの部下たちだ。ロムレス指揮下の兵隊たちは今も腕立て伏せを続けている。段々と動きが鈍くなっており実に気の毒だ。
「ほほ! それが銃ですか。昨日はあまりきちんと見ておりませんでしたが、先代の勇者様も使われていた武器ですな。文献に残っている絵にそっくりです。確か火薬で弾を打ち出す武器でしたな」
ガルス翁が反応し、過去の勇者について語りだした。どうやらこの世界にも火薬はあるらしい。もっとも、製法はドワーフしか知らず普及はしていないとの事だ。想像でしかないがドワーフあたりなら大砲を実用化しているかもしれない。
「ではその銃がどれほどの威力があるか試してみますか。……おい。盾を用意しろ」
影が薄くて気づかなかったが、ロムレスの後ろに副官らしき男がおり、彼は上官の命を受け、弓矢か何かの射場に盾を立てかけて的にした。
「あの盾に向けて銃を撃って頂けますか? それとも的が遠すぎますかな?」
ロムレスの嫌味にウンザリしながら、俺は黙って盾に向け正対した。距離は50mくらいで、小銃の射撃距離としては近すぎるがまあいいか。銃をよく見ると、ろくよんには弾倉が装填されていなかった。昨日はどうだったか覚えていないが、結果的には銃剣で戦って正解だった。
俺はやはり念じて、弾倉を召喚した。俺の左手に粒子が集まり、いつの間にか二十発入り箱型弾倉が握られていた。俺は弾倉の上部から中を覗き込み、ぎっちりと
ともかく、俺は片膝立ちの体制を取ると、
「弾込め良し……」
俺は安全管理上の手順を踏み、声に出して確認した。そして左手で銃の
射撃訓練であれば、班長の「撃て!」の号令で射撃を開始するが、今の俺には命令を出してくれる上官はいない。……これから俺は全て自分の判断で戦わなければならないのだ。今の俺は自衛官であって自衛官でなかった。
かっこよく言えばワンマンアーミーだが、この謎の異世界で孤独に戦わなければいけないのだ。人々の期待を一身に背負って。
俺は邪念を振り払って集中した。最後に安全装置を外し、切り替え部を単発に合わせた。標的に照準を合わせると、俺は一気に息を吐き出し、肺の中を空にして、引き金をゆっくりと引いた。
ドガアアーーーン! と爆音を立てて銃口が火を吹いた。
そして俺は耳を抑えて叫んだ。
「ギャアアアアアアア! 耳が! 耳が!」
うっかり耳栓を付けるのを忘れていたのだ。普段の実弾射撃の際には耳栓を付けており、俺は初めてまともに射撃音を聞いてしまった。何しろ俺は、昔から花火などのでかい音が大の苦手なのだ。俺は射場ではいつも神経質に耳栓を触っていた。もし耳栓が取れていたらどうしようと。
部隊配置されたベテランなら耳栓など使わずにバリバリ機関銃を撃ったりするらしいが、片方の耳が聞こえなくなっている年配自衛官も珍しくないと聞き、俺は心底銃声が怖かったのだ。
俺は安全装置を掛けて銃を置き、その場を転げまわった。慌てて姫が駆け寄り回復魔法を掛けてくれた。落ち着いた俺だったが、周囲の空気は冷え込んでいた。彼らも爆音には驚いていたが、俺の醜態に引いてしまったようだ。俺はてっきりロムレスが馬鹿にしてくると思ったが、奴は俺を無視して盾を確認していた。
「おおー。盾を見事に貫通しているな。素晴らしい威力だ……わが軍にこの武器があれば、ゴブリンやオークなどあっという間に叩いて見せるものを……」
ロムレスは軍人らしく、武器の性能が気になるようで、銃があれば戦争には負けないと悔しがっているようだ。その後もロムレスは、カインから話を聞いていたのか銃剣を見たがった。立ち直った俺が着剣の号令を掛けると、銃剣が装備された。
「うーむ。遠近両用とは実に合理的だ。素晴らしい! 勇者殿……その武器は分解できないのですかな。構造を確認して我らで再現出来れば、量産が可能かもしれません。量産の暁にはゴブリンなど根絶やしにしてくれるわ!」
ロムレスは両手を握りしめ興奮気味に話した。俺はこの世界の技術水準では無理だと思ったが、奴の気持ちを汲んで分解ぐらいはしてやろうと思った。俺は銃を下に向けて、銃床に格納されている携帯工具を取り出した。工具と言ってもチャチなドライバーだが。
そのドライバーで銃の分解を試みたが、どういう訳か出来なかった。留め軸がどうやっても外れないのだ。普段ならあっさり外れてしまう部品なのだが。そんな俺にガルス翁が声を掛けた。
「恐らくは分解できぬでしょう。過去にも勇者様の銃の分解を試みたとありますが、どうやってもできなかったと記録されています。壊すこともできなかったそうで、恐らくその銃は、厳密には武器では無く、戦技によって実体化された魔法のようなモノなのでしょう」
それを聞いたロムレスはガックリとうなだれた。彼のろくよん量産化計画はここに潰えた。落ち込んでしまったロムレスは俺を無視して項垂れた。
……落ち込むのはいいが、いい加減小隊の腕立てを止めてやれよ……すでに兵士たちの腕は限界に達し、腕立ての姿勢を維持するだけで精一杯だ。腰を持ち上げることもできず、股間を地面すれすれにしている。
あの状態は俺も経験があった。体力の限界まで腕立てをやらされるとああなるのだ。班長はそれを見て、地球とS〇Xしてんじゃねえよ! と俺たちを罵倒したものだ。気の毒な兵士たちを尻目に、ガルス翁が俺の武器装具召喚についてもっと検証すべきと提案してきた。
まず、俺はこの状態で更にろくよんを召喚してみた。すると粒子が集まりあっさりと、ろくよん二号が現われた。どうやらSPを消費すればいくらでも出せるらしい。次に召喚した銃が俺以外の者に使えるのか検証した。
ロムレスが射撃を熱望したので、使い方をレクチャーし、撃たせてみた。ロムレスが引き金を引くと、しっかりと弾は出た。俺は指で耳栓をしながら見届けた。ロムレスは興奮して俺が銃をいくつも召喚すれば量産できると踏んだようだが、残念ながら時間経過で消えてしまうと伝えると再び落ち込んでしまった。
どの道、弾丸も俺が召喚しないと出せないので、あまり意味が無い。だが下手をすれば、勇者という名の武器製造装置にされる所だった。こうならない為に時間経過で消えるのかも知れない。神もよく考えているようだ。
その後も弾倉をいくつも出してみたり、追加で半長靴や鉄帽も出してみた。他にどんなものが出せるか試してみたが、官品ではないPXで購入したL型ライトであるとか、ドーラン等も出せた。
不思議なのは俺が購入したことのない物まで出せたことだ。カネモウ社製のドーラン等がそうだ。俺は安物の米軍仕様のものしか購入したことが無いのにだ。だが手に取ったことはあるので、一度でも触れていれば召喚出来るのかもしれない。
それならばと、トラックやジープが出せないか試してみたが、無理だった。あくまで武器装具召喚であるから、車両は出せないのだと俺は解釈した。
俺はガルス翁と二人で検証を続けた。
【用語解説】
弾倉:銃に銃弾を供給する為の給弾部品。いわゆるマガジンのこと。
照星:銃身の先端にある突起状の照準装置。64式小銃は折り畳み式。
照門:銃の後方にある照準装置。照星と合わせて照準を定める。折り畳み式。
槓桿:弾丸を薬室に送り込む動作を行う際に引くハンドル。
薬室:発射前の弾が入る銃の部位。
被筒部: 銃身部を覆う部品。銃の保持や銃身の熱から手を保護するための部品。
握把:銃の握る部分。いわゆるグリップ。
切り替え部:単発と連発の切り替えや安全装置を操作するレバー。
留め軸:銃床部分を銃の機関部に留めている部品。
官品:官給品のこと。只でもらえるが、紛失すると反省どころでは済まない。
PX:駐屯地内の売店を指す言葉。日用品から訓練用品まで多彩な品揃えを誇る。
L型ライト:訓練で使用する、L字型の懐中電灯。自腹で購入します。
ドーラン:顔に塗ってカモフラージュする為の軍用ファンデーション。やはり自腹で購入する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます