第8話 訓練

 俺は相変わらず敵意を向けるロムレスに半ば呆れていた。軍人の癖に反抗的な男だ。俺はともかく、なぜ姫の前でもそれを隠そうともしないのか。勇者召喚には反対していたとカインが言っていたが……ま、まさか、召喚には何か恐ろしい秘密があるのでは? 呼び出すのに人柱がいるとか?


 非人道的な手段であるからこそ、禁じ手で有って、それでロムレスは怒っているのだろうか?


「私は先に向かって準備をしますので、少ししてから中庭までお越しください」


 ロムレスはそう言って立ち去った。もちろん俺にでは無く、姫に向けての言葉だったが。とにかく奴のいない今がチャンスだ! あいつが反抗的な理由を聞いておこう。嘘をつかれる可能性もあるが、聞かないわけにはいかない。俺は姫に尋ねた。


「あの、彼は何故私に対して敵意を向けるんでしょうか? それに姫にも思う所があるようですが」

「お恥ずかしい限りです。一言で言えば、ロムレスは驕っているのです。勇者などいなくても我が軍は勝てると、元より、始めから自分に全軍を任せてくれれば全て上手くいったと……」


 何だそれは、と俺は思ったが、姫は詳細を教えてくれた。何でもロムレスは軍神の加護を授かっているそうだ。そしてその戦技は、本人の力は強化しないが軍を率いた場合、その指揮下にある部隊の能力を強化するらしい。聞く限りでは強力な加護だ。シミュレーションゲームではよくある力だ。隣接するユニットを強化するとか。


 だが加護と言っても一口にピンキリらしく、同じ神の加護でも個人差があるらしい。ロムレスの加護は余り大きなものでは無く、戦技により強化される上げ幅はあまり大きなものでは無いようだ。ゲーム的に表記すれば、軍神の加護(小)といった具合なのだろう。ゴブリンキングは恐らく闇の神の加護(大)だな。


 それでもロムレスは自分の加護に自信を持ち、いざ実戦になれば、必ず軍神は自分の加護を強化してくれると疑わなかったらしい。……その自信の根拠は不明だが、苦難に陥った時に加護が強まる事はあるそうだ。と言っても確率的にはハッキリ言って神の気まぐれでしかないので、それをあてにするのは自殺行為らしいが。


 彼は個人では加護を抜きにしても優秀な人物らしいが、その性格が災いして大隊長止まりだったらしい。だが南部戦線で彼の率いた大隊は戦果を挙げた。その功で軍団長に昇りつめたが、彼からすれば、自分が全軍の指揮を取っていれば、オークとの戦争そのものに勝てていたと不満たらたらなのだ。


 それを聞いて、真実かどうかは分からないが、ひとまず最悪のケースは避けられたと思った。自分の召喚の為に生贄にされた人がいたなど考えたくもない。ロムレスの無念も分からんではないが、それでもあの態度は無いだろう。加護と同じく器も小さい奴だ。


 一応、召喚に生贄が必要なのかどうか、ストレートにガルス翁に聞いてみた。彼は聞いた直後はぽかんとしていたが、すぐに笑い飛ばしてくれた。……演技の可能性も有るが、この反応なら真実と見ていいだろう。……あまり考え込んでもネガティブな妄想ばかり膨らむ。


 究極的には今までの話が全て嘘という可能性もある。本当はヒューマンは侵略者で、俺はいいように使われているのかもしれない。悪者のゴブリンは本当は迫害されていて、黒幕は帝国政府かもしれない。子供の頃に見たアニメ、機動空母タチバナはそんな展開だったぞ……


 もっとも、昨日のゴブリンキングの様子から見てそれは無いだろう。ヒューマンを憐れんでいたぐらいだ。……今は負けているだけで、元はヒューマン側から仕掛けた侵略戦争という可能性も無くは無いが。


 だが俺の戦技の内容から判断してもその可能性は無いはずだ。何しろ『専守防衛』だからな。本当は侵略戦争だとしたら、俺は役立たずだ。流石に神様までグルというのは考えづらい。ひとまず、俺は彼らの話を信じて戦うしかない。彼らの為に戦う義理は無いのかもしれないが、戦う力を持った者がその義務を果たさないのは罪だろう。……そうですよね、班長。


 俺が考え込んでいる間に、準備が整ったようで、俺は姫に先導されて中庭へと向かった。道すがら、この場所について聞いてみたが、帝都内の砦らしい。建物内部はやや武骨な印象があったが、軍事施設なら納得だ。皇宮はすぐ近くにあるそうだ。


 石造りの簡素な廊下を進み、中庭らしき空間に出た。天気は晴れており、俺は久しぶりに日光を浴びたような気がした。中庭の中央ではやはり映画で見たようなローマ風の部隊が二つ向かい合っていた。それぞれ三十人程の一団だから二個小隊なのだろう。手には大きな長方形の盾を持っている。これも教科書で見たスクトゥムと呼ばれるローマ式の大盾にそっくりだ。


 俺たちは中庭の隅にあるベンチに座り、演習を見守った。ロムレスが合図をすると、盾を構えた小隊同士がぶつかり合った。ラグビーのスクラムのように押し合いをしている。やがて片方の部隊が押され始め、前衛が崩れると、押していた側が一気に部隊を展開し、崩れた部隊を制圧し始めた。


 手には木製の剣を持っており、それで相手の首を斬る動作をしていた。木製だがローマ兵が使っていたグラディウスと呼ばれる剣だろう。どうもドムスギア帝国はローマ帝国と同一の文化を持っているらしい。俺もローマに詳しい訳では無いので、表面的にしか分からなかったが。


 とにかく、訓練はなかなか迫力があった。あの密集隊形から繰り出される盾による押し出しはそう簡単には崩せないだろう。しかしオーク戦線では大敗を喫したというのだから、それだけオークたちは強いのだろう。オークでは無く、ゴブリンが相手で良かった。


 もっともゴブリンが俺の想像する小柄な個体とは限らないが。流石に種族全体がキングのような体格はしていないだろうと俺は願望じみた予想をした。そんな俺にロムレスの罵声が届いた。


「そのザマはなんだ第二小隊! この根性無しどもめ! あっさりと崩れ追って、姫の前で恥ずかしくないのか! 貴様らは俺が良いというまで腕立てをしていろ!」


 怒鳴られた第二小隊の面々が腕立て伏せを始めた。俺はその光景を見て彼らに同情してしまった。俺もつい先日までは彼らと同じ立場だった。何かとミスをしては反省という名目で腕立て伏せをやらさせたものだ。予定に五分遅れた時には五分間腕立て伏せを命じられた。


 しかし異世界に来てまでこの光景を見る羽目になるとは……何とも言えない気分だ。指示を終えたロムレスがこちらに来て、俺に感想を聞いてきた。言葉尻は丁寧だがどうも嫌味っぽい言い方だ。


「さて、いかかでしたか勇者殿。わが軍の演習は?」

「は、はあ、迫力があって強そうだと思いましたが」

「ほほぉー。勇者殿に褒めて頂き光栄ですな。……聞いたかお前たち! 勇者殿にお礼を言え!」

「「「お褒めに預かり光栄です! 勇者殿!」」」

「声が小さい!! 舐めているのか! 貴様らも腕立てだ!」

「申し訳ございませんでした! 軍団長閣下!」


 小隊長らしき男が敬礼をして謝罪し、第一小隊も腕立て伏せを始めた。自衛隊も厳しかったが、ロムレスも厳しい。何しろ彼らは戦争の真っ最中だ。それも国家存亡レベルの。やはり気合が違うというか切迫感があった。なお彼らの敬礼はやはりローマ式で、右手を開いて斜め前方に掲げるスタイルだ。現代社会で行うと、国によっては逮捕される例のあれだ。


 複雑な表情で彼らを見つめる俺にロムレスの嫌味な声が届いた。


「さて……今度は勇者殿のお力を見せて欲しいですな。お強いのでしょう?」


 ローマ野郎は俺に何の恨みがあるのか、ニヤニヤしながら俺に言い放った。

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