第7話 現状把握

 俺はこの国、ドムスギア帝国の現状を知るべく姫に質問してみた。


「あの……現状戦争状態にある国はどれくらいあるのですか? 戦争していないにしても、潜在的な敵国――仮想敵国と言うんですかね。それも知りたいです」

「ほお。新米兵士の割には難しい言葉を知っているな。大した軍師様だ」

「ロムレス……黙っているか、出ていくか選びなさい」


 俺の言葉を聞き、ローマ野郎が感心したような声を上げたが、すぐにそれは嫌味に変わった。温厚そうな姫も流石にキレかかっているのか、言葉が鋭い。その言葉が効いたかのかロムレスは黙り込んだ。へ、ざまあみろ。お前など上役の不興を買って、剣闘士にでも落とされてしまえ。


 俺の質問に答えるため、ガルス翁がテーブルに地図を広げて見せてくれた。まずヒューマン国家ドムスギアは大陸のほぼ中央に位置していた。この時点で、俺はヒューマンが苦境に陥った一因を見た。周囲を他の国に囲まれている状況というのは、防衛上極めて不利だ。常に四周に防衛部隊を展開せねばならない。


 戦略ゲームでは、まずは隅っこにある国から始めるのが基本だ。大陸中央などゲームに慣れた上級者がプレイするハードモードの国だ。現実的には交通の要だから、貿易等で財を蓄えることも可能だろうが、戦争では不利一択だ。


 俺の内心を悟ったのか、ガルス翁が声を掛けてきた。


「ふむ。勇者様には軍学のたしなみがあるようで、この国の苦境がお判りになられましたか。周囲を他種族に囲まれたヒューマンは常に周辺諸国から圧迫を受けていました。幸いにして北のドワーフと東のエルフたちは不干渉的な立場を取っているので、戦争には至っておりませんが決して友好関係とは言えませんな。問題は南のオークと北西のゴブリンです」

「ガルス翁。そこからは私が話そう。南のオークとはつい先ごろまで戦争状態でしたが、何とか休戦に持ち込みました。……しかし、軍部は壊滅的な被害を受け、余力はありません。そして北西のゴブリン共がこのタイミングで侵攻を始めました。北部の勢力が決死の防戦を続けていますが、長くは持たぬでしょう」


 カインがそう説明してくれた。北部はカインの故郷でもあり思う所があるようだ。地図には現在の勢力図が書かれていたが、ヒューマンの勢力圏は随分と狭い。南部一帯をオークに取られてしまったのが響いているようだ。


 なおドムスギアの西部には海が広がり、ゴブリンがヒューマンを責めるにはまず北部の山岳地帯を突破するしかないようだ。海からの上陸は揚陸に適した港が存在せず不可能らしい。俺は軍事力に頼るよりも、外交で事態を打開できないか聞いてみた。


「あの……今のままだとオークやゴブリンが勢力を伸ばして下手をすると大陸随一の国になる恐れがあると思うんですが、エルフやドワーフからの支援は頼めないんでしょうか? 我々が倒れれば次は自分たちの番だと説得してみては?」

「もっともな意見です。ですが両国には既に援軍派遣を要請しましたが、断られております。……エルフは高慢で他者を見下していますから、他の種族など恐るるに足らずと思っております。またドワーフも自国の防衛に絶対の自信を持っています。それに両国ともヒューマンが滅亡したとしても、ゴブリンとオーク同士で潰しあうと踏んでいるのです。我らを助ける気などさらさら無いのでしょう」


 カインが力なく答えた。俺はこれがゲームならどうするか考えてみた。……考えた結果はリセットして始めからやり直す以外に思いつかなかった。つまり現状では詰んでいるという事だ。


 俺は腕組みをして唸ってしまった。現実ではリセットなどできない。ゲームのような世界だが、これはあくまで現実なのだ。俺の様子を見たカインが再び口を開いた。


「ですが、勇者様いえサカキ様の力があれば必ず戦局は挽回できます! 昨日のゴブリン王との戦いは見事でした! 奴は闇の神の強力な加護を得ていますが、深手を負わせました! 必ずや貴方様は我らの救世主となるでしょう」


 昨日のことで恩義を感じているのか、随分とカインは俺に心酔しているようだ。戦技が発動している最中は強気でいられるのだが、どうも普段は小市民な本性が出てしまう。俺は恐縮するばかりだ。居心地の悪くなった俺は話題を変えてみた。


「昨日のゴブリン王が再びここに侵入してくる可能性は無いのでしょうか?」

「奴の使う瞬間移動テレポートの闇魔法は消耗が激しく、またそれほど長距離は使用できません。侵入を許したことは慙愧ざんきに耐えませんが、警戒を強化しております。勇者様の強さを知った今、迂闊うかつにこちらの本陣に飛び込む真似はせんでしょう。それに奴の瞬間移動は夜しか使えません。闇が世界を覆う夜のみの力です」


 話によるとゴブリンキングは闇の神の加護を受けているらしい。神々にも上位と下位がいるらしいが、闇の神は上級神のようだ。ただし、昼間には本領を発揮できないらしいが。


 それでも加護が消える訳では無いので、あくまで魔力などの上昇量が低いだけのようだ。という事は、姫も昼間には魔力が上昇するのかもしれないな。何しろ光の神だ。昨日は夜襲で本来の力を発揮できなかったのだろう。


 とにかく、一通り話を聞いて、全体状況は大分整理できた。南のオークとの戦争に事実上敗北し、帝国軍は壊滅。残存戦力は一個軍団……これは六千人が定数との事。それと北部の現地勢力。これは正確な規模は良く分からないらしい。民兵やら豪族やらの集合体で実数把握は困難なようだ。


 だが、帝国軍よりは質が劣るのは間違いないそうだ。例外は少数存在する加護持ちのエリート戦士だ。加護持ちは流石に本国でも把握しているそうだ。もっとも、加護を他者が知る手段は限られているので、本人が黙っていれば把握できない可能性が高いようだ。


 この世界では、七歳の時にお祝いをするらしい。これは日本でも同じだ。要するに七五三のお祝いだろう。そのお祝いの際に加護を授かることが最も多い。手順としては親が必ず確認するようになっているそうだ。国に黙っていれば、重罪となる。


 基本、加護を授かることは名誉なことで、エリートへの道は約束されている。だが稀にその才能を国にいいように使われることを恐れるものが、黙っていることもあるという。……気持ちとしては分からなくはない。この劣勢の国勢であっては尚更だ。


 ともかく、現状では南のオークに対する最低限の抑えを残した上で、各地の加護持ちなどは大半がゴブリンとの北部戦線に投入されているらしい。帝国軍第一軍団も、編成と訓練が完了次第、北部に投入される。第一軍団といっても、敗残兵と新兵の寄せ集めらしく、すぐには行動できないようだ。


 しかしこれだけ戦局が悪化してから勇者に何とかしろというのも随分と酷な話だ。俺は文句を言う訳では無いが、思わず聞いてしまった。


「あの、こういっては何ですが、もっと早く勇者召喚は出来なかったのでしょうか」

「儂から答えましょう。我々もオーク戦線に投入……失礼。参戦していただくべく、幾度となく召喚を行いましたが、成功しませんでした。原因は分からずじまいです。もっと戦局が悪化しないと神々の許しが下りないという事だと判断しましたが」


 再びガルス翁が質問に答えてくれた。あくまで勇者召喚は最後の救済措置というか、ゲームで言えばチート行為という事なのかもしれないな。そう感じているのは俺だけではないようで、姫が語りだした。


「異世界から他者を召喚するなど、禁じ手中の禁じ手という事でしょう。滅亡寸前の状況でなければ認められぬと。さて、そろそろ話はこれぐらいにしましょう。サカキ様には実際に帝国軍がどのようなものか見てもらった方が良いでしょう。ロムレス、軍の訓練をお見せしなさい。サカキ様への無礼は許しませんよ」

「……承知しました」


 姫がそう命じると、ロムレスがぶすっとした顔で返事をした。

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2024年12月2日 18:01 毎日 18:01

ろくよん! ~新米自衛官 榊幸太郎の異世界戦争録~ 大島ぼす @1957141

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