第6話 皇女と側近
目が覚めると、俺は昨日と同じ部屋のベッドで寝ていた。服装はやはり布の服に変えられていた。ひとまずベッドから下りて昨日を事を思い返した。
「敵と戦って、何とか勝ったんだったな……今でも信じられない……」
俺は夢でも見ていたかのような気分になったが、目を閉じて念じてみた。すると、昨日のように、光りの粒子が集まり、迷彩服と半長靴を身に着けていた。鉄帽は今はいいだろう。どうやら召喚時に掛け声等は必要ないようで念じるだけで良いらしい。
迷彩服は汚れなどなく新品同様だった。プレスもしっかり掛かっているし、半長靴もぴかぴかだ。戦技で着替えられるのは便利だった。汚れても洗濯せずに済む。しかしSPを消費している訳だから、あまり乱発も考えものだ。
俺はテーブルに目を向けると、ベルが置いてあるのに気が付いた。ホテルのフロント等で見かけるものだ。これを鳴らせという意味だと受け取り、ベルを鳴らすとすぐにユリアナがやってきた。昨日同様に男三人も一緒だ。
ユリアナは俺に対して深々と頭を下げて礼を言った。鎧の男――カインに至っては跪いて土下座のような姿勢を取った。
「勇者様……一昨日は命を救って頂き、感謝の言葉もございません」
「このカイン。敵を城内まで侵入させた上に、手も足も出ず、弁解のしようもありません。いかような罰でもお与え下さい」
「や、やめてください!」
俺は慌ててカインを立たせた。思いつめた彼がこのままでは自害でもしかねないと感じたからだ。
そしてローマ野郎はぶすっとした顔つきで俺に近寄ると、「一昨日は申し訳ございません」と一言だけ謝罪した。明らかに言わされている感満載だったが、彼と揉めたくない俺は、卑屈にこちらこそと返してしまった。
ガルス翁も同じく俺に謝辞の言葉を述べた。敵にあっさりと倒され面目ないと恐縮していた。
……ん? 一昨日だと? 俺はてっきり眠っていたのは一晩だけだと思っていたが、実際には丸一日眠っていたのか……。それだけ戦闘の消耗が激しかったのだろうか。そう考えているうちに、俺の腹がぐうっと音を立てた。一昨日から何も食べていないので、体は正直のようだ。
姫は微笑むと、いつの間にか持っていたベルを鳴らし、すぐにメイドが部屋に入ってきた。……そう、メイドだ。秋葉原でしか見たことがないような服装の女だった。メイドはお盆を持っており、テーブルの上に料理が置かれた。
「ひとまず、召し上がってください。お口に合うか分かりませんが……」
「……カレーだ……」
出てきた料理はカレーライスだった。見た目はどこにでもあるカレーだ。匂いも普通で俺は思わず、ゴクリとつばを飲み込んだ。俺はこの期に及んで、まさか毒でも仕込まれているのではと一瞬思ったが、彼らがそんな事をする必要は無い。
俺は遠慮なく、スプーンを手にカレーをかき込んだ。起き抜けだが、俺は実家では朝カレーをよく食べていたので問題は無かった。カレーの香辛料が寝ぼけた脳を起こしてくれるようで、頭が冴えてきた。
味は何となく現代のカレーとは違う気がしたが、それでも充分に美味かった。ユリアナたちの目の前で俺はあっという間に平らげてしまった。その様子を見て、ユリアナはホッとしているように見えた。
「ご馳走様でした。美味かったです」
「お口にあったようで安心しました。……過去にいらした勇者様は、故国の味を懐かしみ、随分と苦労したと記録にあったもので」
「そうでしたか……カレーは元々、こちらの世界にある料理なのですか?」
「いえ。先代の勇者様が苦心して作り上げたそうです。世界中から香辛料を取り寄せたと聞きます。この地域では一般的でない米もですね」
先代の勇者は現代人の俺にもなじみ深い料理をいくつか残していったらしい。ただ醤油や味噌は作り方が分からず、本格的な和食は再現出来なかったようだ。それでもカレーがあるのは嬉しい。俺は先輩勇者に感謝した。
なお、メイドの服装なども、彼が考案したものらしい。……もしかしたら、海軍の軍人で、外国のメイドを見たことがあったのかもしれない。それか日本にも既にメイド服があったのかもしれないが、真相は謎だ。
「それで、昨日のことですが、勇者様――」
「す、すいません。その勇者様というのは、どうもむず痒くて……名前で読んでいただけないでしょうか……あ! そういえば、名前も名乗っていませんでした。俺は――いや、私は榊幸太郎といいます。職業は自衛官でした」
「存じております。サカキコータロー様……」
「ああそういえば、ゴブリンキングに向かって名乗ったんだっけ。あ、榊が苗字。幸太郎が名前です」
「では以後はサカキ様とお呼びしますわ。……ジエイカンという職業は軍人とは違うのでしょうか?」
非常に答えづらい質問だったが、俺は第二次世界大戦後の日本の歴史を語った。勿論ざっくりとだが。戦後の日本の国防事情を中心に話をした。俺は政治経済学部を志望していたからこの辺はお手の物だ。
「――という訳で、戦後約六十年経って、日本は戦争を経験せずに平和を保っています。実戦を経験した人間というのは、現役世代では基本的には存在しないでしょう。……稀に傭兵となって国外の戦争に参加する人もいるようですが、私のような新米と違って、ごく一部の精鋭ですねそういう人物は」
「そうでしたか……ではコータロー様は実戦経験は無いと……」
「なれど、昨日のゴブリン王との戦いは見事でした。やはり貴方は勇者で間違いないでしょう」
カインがそう俺を褒め称えた。俺は照れくさくなってしまった。戦技によるバフのおかげで戦えただけで、俺自身の力では無いような気がしたので、とても威張り散らすことはできなかった。
それに俺の戦技には発動条件がある。もし今カインが俺に奇襲を掛ければ一撃で死んでしまうかも知れない。いずれ検証が必要だ。なお、ロムレスは自衛隊の話を聞き、小ばかにするように笑っていた。ローマ野郎め……覚えていろよ。
戦技と言えば、ろくよんはどうなったのだろうか? 昨日着ていた迷彩服もだ。俺はユリアナに聞いてみた。彼女によると、銃も迷彩服も部屋に置いていたそうだ。どうやら時間経過で消えてしまうモノのようだった。
とにかく、食事も済んだので昨日の会議室に皆で向かった。部屋に入り俺は席に着き、再び彼女たちの話を聞いた。まず、きちんとした自己紹介をしていなかったので、順番に自己紹介することになった。
唯一、俺に名前を名乗ったユリアナだが、彼女はこの世界唯一のヒューマン国家、ドムスギア帝国の皇女らしい。帝国と言っても、実態は連邦国家に近いらしく、複数の民族が暮らす地域を統括するのが帝国政府の役割のようだ。
ユリアナの父、皇帝ユスニエルは臥せっているらしく、今は彼女が皇帝代理の役割を果たしているようだ。……彼女の親戚というか主だった皇族たちは、軍を率いて出陣した結果、戦死してしまったらしく、残っているのは彼女と幼い者だけらしい。
俺は彼女の話を聞き、今の自分が置かれている立場の重さを思い知った。皇族の大半が戦死するなど、率直に言って国が亡びてもおかしくない状況だ。皇族が軍を率いる慣習があることも戦死者の多い理由の一つだろうが。
そして、俺を敵視する男……ロムレスだが、現在の軍首脳部の一人らしい。俺よりは年上だが、三十代前半に見えるため、軍の最高幹部としては若く感じる。
彼は簡潔に自己紹介したが、正確な役職としては、第一軍団長との事だ。第一といっても、他の軍団は既に壊滅状態で、すぐに戦えるのは彼の軍団だけらしい。
話を聞くたびに、俺の背中にはズシッとした何かが圧し掛かっていった。相次ぐ皇族の戦死と壊滅していく軍団……元々何個軍団あったのかは怖くて聞けなかった。
なお帝国軍とは別に、それぞれの地域でも独自に軍隊は持っているらしい。有事には帝国軍と現地の軍隊が協力して事に当たるとの事だ。
次に話し始めたのは鎧の男、カインだ。彼はユリアナやロムルスとは民族が違うらしく、北の出身だ。ちなみに帝国本国は中央だ。北方民族は個人としての強さはヒューマンでも随一らしい。彼の役職は近衛隊長で、ロムレスの軍とは指揮系統が違うようだ。
近衛というだけあって、皇族を守るのが仕事だ。それだけに昨日の件は堪えているようだった。みすみす敵を、それも敵総大将の侵入を許していたからだ。
最後に魔法使いのステレオタイプのようなジジイ……ガルス翁だ。彼は東部出身の、国一番の魔法使いとの事だ。役職は宮廷魔術師。彼は勇者召喚の責任者でもある。魔法使いの数は少なく、軍隊の様に組織化出来るほどの人員はいないらしい。
数は少ないものの、ガルス翁ほどの魔道士であれば、魔法の一撃で数十名の敵を壊滅させることもできるようだ。だが彼でさえ、あのゴブリン王には歯が立たなかった。
そして俺は改めて、自分のこれまでの経歴を話した。……経歴と言ってもほぼ学生で、自衛官どころか社会人としては三ヶ月のキャリアしかない。それを聞いたロムレスはハッ! と鼻で笑いやがった。カインが横目で睨みつけるがどこ吹く風だ。
ローマ野郎は無視して話を続けた。俺は現状、この国が具体的にどういった脅威にさらされているのか聞いてみた。
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