第5話 宣戦布告
ガルス翁の授業は、思わぬ邪魔が入り中断を余儀なくされた。
「では話の続きを――」
『その必要はない……貴様らは全員ここで死ね!』
突如として部屋に見知らぬ男の声が響き渡ったのだ。俺が驚いて声の聞こえた方向に目を向けると、気づけば部屋の隅に黒いローブを纏った大男がいた!
その顔は緑色で明らかに人間とは言えなかった。瞳は赤く、鼻と耳は細長く尖がっていた。顔つき自体はゴツいが精悍で、俺はその肌色からバトル漫画に出てきた主人公のライバルを思い起こした。そう、ナメッコ星人の彼だ。
俺がどこか現実逃避気味に考えていると、カインと呼ばれていた鎧の男が椅子から飛び上がり
ローブの男はカインの剣を何と素手で受け止めた。……いや違う! 奴の手に何か黒いオーラが集中している! それが剣を阻んでいるのだ! 男はそのままカインを後ろへと投げ飛ばした。カインはすぐに立ち上がろうとしたが、男の手から放たれた黒い何かを受け、身動きが取れなくなってしまったようだ。
「
ガルス翁が魔法を唱えたか、手の先から真っ赤な火球が生じ、男に向かって放たれた。こんな室内でファイヤーボール的なモノを使うなよ! と俺は心中でツッコんだが、俺が爆発に巻き込まれることはなかった。男が火球に手を向けると、黒い穴――小さいブラックホールのようなものが出現し、火球を吸い込んでしまった。
「返すぞ」
男がそう言うと、ブラックホールがガルス翁の前に出現し、そこから火球が飛び出してガルス翁を直撃した。爆発は思ったより小さく、俺に被害は無かったが、ガルス翁は部屋の隅に吹っ飛んで伸びてしまった。死んではいないようだが無事なのは彼の魔法防御力が高いせいなのか、或いは魔法でガードしたのか。
爆発音が届いたのか、廊下が騒がしくなってきた。聞き覚えのある声……ローマ野郎の大声が聞こえてきた。
「姫! 何がありました! くそ、どうなっている! ドアが開かんぞ!」
ドンドンとドアを叩く音が響くが廊下の連中は中に入れないようだ。これも男の魔法だろうか? 結界的なモノを展開しているのだろうか……
「勇者様! お下がり下さい!」
気丈にもユリアナが俺の前へと立ち、大男の前に立ち塞がった。先程から俺はあまりに現実離れした戦いに惚けるばかりだ。そんな俺を見て男が嘲笑った。
「フ……勇者とあろうものが、女の背に隠れるか……無理をしてここまで来たが、とんだ無駄骨になりそうだな」
「黙れ! 薄汚いゴブリン風情が! 王自ら乗り込むとはその蛮勇見上げたものよ! 今ここで妾が討ち取ってくれるわ!」
俺には優しかった姫が、随分とキツイ言葉を奴に浴びせていた。姫の言葉から相手がゴブリンと判明したが、俺のイメージするゴブリンとは違いすぎる。しかも王だと? ゴブリンキングというやつだな。王だけあって、そこいらの雑魚とは風格が違った。おまけに魔法まで使いやがる。ゲームで言えば後半の四天王クラスだぞ。こんな大ボスが最初に出るなよ。ゲームバランスが悪すぎるぞ!
「我が戦技を受けよ!
現実逃避を続ける俺を尻目に、姫は光の剣を産み出し、両手で剣を振るいゴブリンキングへ斬りかかった。意外にも姫の戦技は近接戦闘型だった。
だが彼女の剣はカインの剣同様に右手で受け止められ、ゴブリンキングはそのまま空いている左手で姫の首根っこをつかみ、片手で宙吊りにした。光の剣はいつの間にか消えてしまった。奴は俺を警戒してか、右手は自由にしていた。
「が、がは!……」
首を絞められている姫はキングの腕を必死に叩いたが、その太い腕はビクともしない。俺が唖然として見ているとゴブリンキングが俺を馬鹿にするように言った。
「この期に及んで惚けたままとは……呆れたものだ。……正直ヒューマンに同情するぞ。神託により勇者降臨を知り先手を打ったが、これほど惰弱な勇者とはな。まあいい。そこで見ていろ。我らに敵対せぬなら悪いようにはせん」
その言葉に俺は我に返った。これまでは非現実的な戦闘が繰り広げられていたが、急に現実感が湧いてきた。女の人が男に首を絞められているのだ! この状況を黙って見ているわけにはいかない! 俺は床に置いていたろくよんを手にし、震える手で銃口を向けた。足も手同様に震えていたがやるしかない!
「ひ、姫を離せ! 撃つぞ!」
「変わった武器だな。どうも射撃武器らしいが、撃ってみるがいい。この女に当たっても知らんがな」
奴の言葉に俺は引き金を引く指を止めた。確かに誤射の危険性がある……一体どうすれば……
その時俺の脳内で、『挑戦』『献身』『誠実』の三つの文字が浮かび上がり、ピコピコと点滅しはじめた! 俺の戦闘意思を読み取り、戦技が発動したのか! その瞬間俺は不思議と恐怖や迷いといったものが消え失せ、闘志が湧いてきた。そして頭に浮かんだ言葉を叫んだ!
「
俺がそう叫ぶと、ろくよんの銃口の下部分、銃剣止めと呼ばれる箇所に、光りの粒子が集まり、やがてそれは銃剣を形成した。俺の一声で、ろくよんは着剣状態になったのだ。これで奴を倒せということか! やってやる!
「
俺は銃剣格闘の訓練で教わった通りに相手の喉笛に目掛け、叫びながら突きを放った。普段の俺からは考えられないようなスピードで一気に距離を詰め、キングの首へと銃剣が迫った。
キングは姫を手放すと、両手を重ねてろくよんの銃剣を受け止めた。だが先程までと違い余裕は無さそうだ。俺は渾身の力を込めて、銃剣を押し込んだ!
「ぐ! この力! 流石は勇者か! だがこの程度で余を倒せると思うな!」
だがキングに黒い何かで銃剣を押し返されてしまった。俺は衝撃を受け、後ろへと突き飛ばされたが、戦技の影響か些かも戦意は衰えず、再び攻撃を試みた。先程と同じように直突を放ち、やはり手で受け止められたが、今度は止まらずにそのまま銃を引き、水平方向に回転させ横打撃を放った。そして見事にろくよんの銃床部分が奴の顔面にヒットしたのだ!
キングは顔を手で押さえると、ひざ蹴りを放ってきた。普段ならビビッて目をつぶる所だが、俺は冷静に軌道を見極め、素早く後方へと下がった。
「いい気になるな! その程度では余は倒せぬぞ! 我が魔力の前にひれ伏すがいい!」
打撃が思ったより効いているのか、キングは激昂して手に黒い粒子を集め始めた。俺は本能的に相手の必殺技だと悟った。俺の能力は戦技で強化されているようだが、奴を倒すにはまだ力が足りない! 一体どうすれば?
その時俺は、まだ発動していない戦技があることに気づいた。発動条件は不明だが、俺はあることを思い付き、キングに問いかけた。
「その言葉! 俺に対する宣戦布告と見做すが間違いないか!」
「イチイチ気が削がれる事を抜かす奴だ! とっくに戦いは始まっておるわ!」
「了解した! これより俺は貴様からの防衛戦争を展開する!」
その瞬間、俺の脳内に『専守防衛』の四文字が浮かび上がった。しかし文字が点滅しない。まだ条件を満たしていないのか! 一体どうすれば! 俺が
それからの光景はひどくゆっくりと感じた。俺に魔法が迫るが、俺は無我夢中で銃剣を突き出した。銃剣の切っ先が黒球に触れると、不思議なことに球は雲散霧消してしまった。俺はそのまま銃剣を構えキングへ向け突撃した!
「
「馬鹿な!」
驚いたキングはまともに銃剣を受けてしまった。銃剣が奴の腹部に突き刺さるが、すぐにキングはろくよんを掴み、俺に向け波動のような何かを放った。俺はまともに喰らってしまい、ろくよんを手放して吹っ飛んでしまった。だが余りダメージは無かった。これも戦技で強化されたおかげか。
キングはろくよんごと銃剣を引き抜くと、血を流しながら呻いた。血は俺たちと同じく赤色をしていた。流石のキングも今の一撃で軽くはないダメージを受けたようだ。ろくよんの銃剣は長い。剣先は内臓まで届いたかも知れない。だがキングは俺を睨むと意外な一言を放った。
「……余はゴブリン王、ザルトス。勇者よ、貴様の名を聞いておこう」
「!……俺は、榊幸太郎! 陸上自衛官、榊幸太郎だ!」
「サカキコータローか……その名前、忘れぬぞ! 次は戦場にて貴様を倒す!」
ザルトスはそう言い放つと、黒い粒子を体中に集め、次の瞬間全身が黒い球に覆われ、消えてしまった。テレポーテーションの類か……この部屋に突然現われたのもこれでか……俺は危機が去ったことを確かめ、ホッと一息ついた。そして気づけば脳内の文字は消えていた。戦いが終わり戦技が無効になったのだろう。
「ご無事ですか! 姫!」
「ぐえ!」
突然ドアが吹き飛び、俺は下敷きになってしまった。そして強烈な重みが俺を襲った。あのローマ野郎が乗っかっているのだろう。俺はそう思考したが、戦いの疲労が一気に襲い掛かり、やがて意識を失っていった。忌々しいローマ野郎の声が妙に頭に残った。
【用語解説】
銃剣:近接戦闘時に小銃に取りつける剣の形の武器。
銃剣格闘:旧軍の銃剣術を元にした陸上自衛隊の格闘術の一つ。
着剣:銃剣を小銃に取りつけること。号令の掛け声は着け剣。外すのは取れ剣。
銃床:一般にはストックとも呼ばれる、銃の下部にある発射時の反動を抑えるために肩に当てる部分。
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