第2話 異世界

 俺は彼女に案内されてとある部屋に通された。その部屋には長机と椅子が用意され、三人の男たちが座っていた。二人は見覚えがあった。ローブを着た老人と、西洋甲冑を着た金髪の男だ。もう一人初めて見る大男も鎧を着ているが、こちらはローマ風の装いだ。剣闘士の映画で見たような格好をしている。


 三人は俺を見ると立ち上がり会釈をした。やはりおかしい。いずれも外国人風の男たちだが、それにしては仕草が日本風だ。俺はふざけるのは大概にしろと言いたかったが、男たちは俺より年上だし、ローマ男に至っては俺を睨みつけている。何故だが知らないが敵対心を抱いているようだ。あんな大男に反抗などできない。


 そもそも初対面の人間に遠慮なく文句を言えるほど、俺は社交的じゃない。自慢じゃないが内向的なのだ、俺は。


 俺は自分でも嫌になったが、卑屈に笑いながら会釈を返した。それを見てから美女――ユリアナが俺に着席を促した。


「さ、こちらにお座りください。事情を説明しますので」

「は、はい……」


 俺は言う通りに席に座った。男たちは俺の着席を確認すると、無言で着席した。ユリアナは俺の向かい側に座り、その両脇に男たちが座るという構図になった。どうもこの部屋は会議室の類らしい。だが廊下もそうだったが、石造りの建物のようで、駐屯地のような鉄筋コンクリートには見えなかった。ユリアナは少し緊張しているのか、深呼吸をしてから話し始めた。


「勇者様には突然の事で、驚かれていると思います。混乱もあるでしょうが、まずは私どもの話をお聞きください」

「……分かりました。お話しください」

「まず、この世界は貴方様のいた世界とは別の世界となります。異世界と言ってよいでしょう。恐らく、貴方様のいた国は日ノ本、或いは大日本帝国と呼ばれているでしょうが、ここはエルシウスと呼ばれる世界のドムスギアという国です。そして、貴方は元の世界から勇者としてこのエルシウスに召喚されたのです」


 俺は彼女の非現実的な話を聞き、呆れてしまった。大人が真面目な顔して勇者を召喚しました等と言うので、呆れを通り越して笑えて来た。俺はつい半笑いで返事をしてしまった。


「はは。そうですか……異世界ときましたか……」

「……そのお顔……信じてはおりませんね。致し方ない事です。私も立場が逆ならそう反応するでしょう。ではこちらをご覧ください。貴方様の世界にこのようなものは存在しますでしょうか」


 彼女がそう語り、ローブを着た老人を指さした。老人が人差し指を立てると、その指先に突如光球のような物が出現した。そして指を部屋の隅にあった椅子に向けて光球を指から放った。光球が椅子に当たると、ボン! と音を立てて爆発した。俺はその光景を唖然として見ていたが、再びユリアナが話し始めた。


「どうでしょうか? 魔法と呼ばれる我が世界の神秘の力です。こういったモノは貴方の住んでいる世界には無いはずでは?」

「と、トリックだ! 手品の類だ! こんなもの、どうとでも説明がつく! 椅子に事前に火薬を仕込んで、指先の光はライトを使った演出だ!」


 俺は目の前で起きた出来事が信じられず、思わず大声を出していた。いくら何でもこの程度で魔法と言うなど無理がある。俺は興奮して叫んだ。


「さっきから何なんだこれは! 俺はこんな番組に出演することに同意した覚えはないぞ! いくら防衛庁や駐屯地の広報が協力しているからといって、こんな横暴がまかり通ってたまるか! 責任者を出せ! そもそもここは何処なんだ!」


 自分でも驚くほどに大声を出してしまった。目が覚めてから異常事態の連続で挙句の果てに魔法だ。俺はストレスの限界で喚き散らしてしまった。


 すると、ローマ野郎が席を立ち、こちらへ回ってきた。彼は俺より遥に背が高く、教育隊の助教より屈強な体つきをしていた。そんな彼が俺の前に無言で立ちはだかった。先ほどより明確な敵意を感じるが、俺は彼の短く刈り込んだ黒髪を見て少し親近感を覚えた。だがその印象はすぐに覆った。


「な、なんな――おごへ!」


 俺はこわばりながらも、彼を非難しようとしたが、最後まで言葉を発することが出来なかった。彼にみぞおちに一発貰ってしまったからだ。俺は呼吸もできず、その場に転がって悶えた。


「ロムレス! なんてことをするのですか!」

「……この者が姫に無礼を働いたからです。言葉の意味は分かりませぬが、こちらの話を真向から疑い、姫に怒鳴り散らす等、軍人として看過できませぬ」

「ロムレス! お主の言い分は分らぬではないが、勇者様の身にもなって見よ! 我らの都合で振り回しているのだぞ!」

「ガルスおう、この者が勇者など……片腹痛いですな。まともに武の鍛錬をしていないことなど、私から見れば一目瞭然。カイン、貴様もそう思わぬか」

「……出ていけ」

「何だと?」

「姫に従わぬならば出ていけと言っているのだ。お前は勇者召喚に反対していたが、そもそも軍部がしっかりしていれば、この方も呼び出されることなど無かったのだ。いいから出ていけ!」


 男たちは転がり続ける俺を尻目に口論しはじめ、俺を殴ったロムレスとかいう男は、足早に部屋を出ていってしまった。姫と呼ばれていたユリアナは慌てて俺に近寄り、俺の腹部に手を当ててくれた。そして彼女が何か呟くと、俺の腹のよじれるような痛みは即座に収まった。


「……! 痛みが引いた!」

「回復魔法です。これで信じていただけましたでしょうか? あの者の無礼をお許しください。とにかく話の続きをお聞きください」

「……」


 俺は納得した訳では無かったが、黙って座り直して彼女の話を聞いた。……この世界、エルシウスは神々によって作られた世界だそうだ。神々は俺たちの世界のような宗教上の産物ではなく、実在する存在だという。


 そして、その神々によって与えられた力の一つが魔法だ。魔法は、生まれつきの才能によって、使える使えないがハッキリしているそうだ。魔法を使うには『魔力』と呼ばれる力が無いと、決して使うことはできないのだと言う。


 また、この世界には神々によって作られた多種多様な知的種族が存在するらしい。彼女たちのような俺と見た目は変わらぬヒューマンと呼ばれる種族だけでなく、様々な種族が独自の文明を築き、繁栄を極めている。


 ここからが問題なのだが、俺の世界とは違って、この世界ではヒューマンが最も種族としては弱く、常に他種族によって脅かされているのだという。


 この世界におけるヒューマンとはいかなる存在なのか、ユリアナが分かりやすく説明してくれた。


 魔力ではエルフに劣り

 体力ではオークに劣り

 技術力ではドワーフに劣り

 繁殖力ではゴブリンに劣った


「……そう評されるのが、ヒューマンなのです。……残念ですが、我々はこれらを事実と認めざるを得ません」


 俺は説明を聞きながら、エルフだの、ドワーフだの、テレビゲームでよく出てくる種族の名を聞き、くらくらしてしまった。あげくゴブリンにオークだと? モンスターじゃないか! 俺はとても信じられなかった。やはり騙されているのだろうか?


 だが、先程の回復魔法がトリックとは思えない。あの男のパンチもだ。いくらテレビでも流石に暴力は振るわないだろう。……考えてみると、エルフやゴブリンといったモノは元々は西洋のおとぎ話がベースになっている。もしかしたらこの世界から、俺たちの世界に渡った人間が過去にいるのかもしれない。そう考えれば理屈は合う。


 とにかく、俺は姫の話の続きを聞いた。そんな弱っちいヒューマンであるが、当然他種族との戦い……戦争になれば敗北を重ねてしまい、みるみる勢力は衰えた。これを哀れに思ったのが神々だ。この世界の神様は一神教ではなく、日本やギリシャのような多神教らしい。


 神様の種類は、火の神、水の神、風の神など元素を司る者から、武芸の神、学問の神、音楽の神などの技能を司る神、そして、自由、平等、平和など抽象的な概念を司る神など様々らしい。


 そういった神々がヒューマンを哀れに思い、一部の者たちに『加護』を授けたそうだ。加護の内容は色々あるが、火の神の加護を授かったものは、強力な火の魔法を操れるようになり、武芸の神の加護を授かったものは、あらゆる武器を達人のように使いこなせるようになった。


 そうして、加護を授かったエリートたちの力により、ヒューマンは戦局を挽回した。だが、この世界の神々というのは実に気まぐれというか無責任で、ヒューマンが盛り返すと、今度は敵対する他の種族にも加護を与え始めてしまったらしい。


 これにより、ヒューマンのアドバンテージは失われてしまった。今でも、加護を授かるのはヒューマンが一番多いらしいが、加護の独占を失ったことは大きく、やはり他の種族によって存亡の危機に立たされてしまった。


 そしてここでも神が出しゃばったのだ。今度はヒューマンに、他の世界から強力な加護を持つ、勇者を召喚する術を与えたのだ。これまでに数人が勇者として召喚されたが、どうも話を聞く限り、皆日本人らしい。


 四百年前に召喚された勇者は、この世界には存在しない形の剣と鎧を装備し、さらに槍と弓を操る戦士だったそうだ。……どうも戦国時代の武士のように思えた。そして今から六十年前に召喚された勇者は、何と空を飛ぶ乗り物を召喚し、それに乗って戦ったそうだ。……第二次世界大戦時の軍人で間違いないだろう。たぶん戦闘機か何かのパイロットだったのではないか。


「召喚される勇者様には条件があるのです。まず一つ目は戦士であること。これは当然ですね。戦闘能力の無い一般人を召喚しても意味がありません」


 姫がそう説明して合点がいった。確かに自分は新米とは言え自衛官であるから、戦士というか兵士なのは間違いない。だがなぜ自分なのだ? もっと相応しい人間がいるだろうに。


 自慢じゃないが、体力がからきしの俺は教育隊でも落ちこぼれだった。なにしろ昔から運動神経が最悪で、体力訓練は勿論、銃の分解結合、衣服のアイロンがけに、靴磨き。どれをとっても俺は要領が悪く、人の倍は時間を要した。これまで人生の大半をゲームや漫画、アニメ等に没頭して費やしてきたツケが回ってきた。


 実弾を使った射撃など、全く当たらず、補習で人の倍は撃たされた。無駄に弾を消費したとなじられ、あげく税金泥棒呼ばわりされてしまった。そんな俺が何故? 


 いや、それ以前に新米自衛官を選ぶ方がおかしい。自衛官であればもっと経験豊かな、屈強な人間がいくらでもいるはずだ。空挺隊員とかそういったエリートが呼ばれるのではないか?


 俺が感じた疑問に姫が答えてくれた。その語り口は今までと違い、随分と重く、ひどく言いづらそうにしていた。


「もう一つの条件は……召喚したタイミングで、……死亡した人間であること。……つまり、勇者様は、元の世界では死んでいるのです。……何と申し上げてよいか……本来ならば、貴方様の魂は安らかに眠りにつくべき所を、我々の世界に呼び寄せ、神の御業によって、その肉体を再構築されているのです」


 彼女の口から衝撃的な言葉が飛び出した。



【用語解説】


 分解結合:小銃を文字通りばらばらに分解して、そこから組み立て直すこと。

 空挺隊員:落下傘(パラシュート)で空中から降下する空挺部隊の隊員。多くの国で精鋭部隊として運用される。

 教育隊:新隊員教育隊のこと。三個区隊で構成される。一個区隊は約三十名、区隊の中に約十名で構成される班が三つ存在する。区隊=小隊 班=分隊

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