第22話 過去と向き合うスパイス

リンゴ入りのカレーが大成功を収めた後、唯は次にどんなカレーを作ろうかと考える時間が楽しくて仕方がなかった。みなみもすっかり調理に夢中になり、次の子ども食堂でも新しいアイデアを出すことを楽しみにしているようだった。


そんなある日、唯はおばあちゃんから一つの提案を受けた。


「唯ちゃん、次はあなたの思い出の味をカレーに加えてみるのはどうかしら?」


「思い出の味…ですか?」唯は少し戸惑った表情を見せた。


おばあちゃんは優しく頷き、「あなたが子どもの頃、好きだった食べ物や、思い出に残っている味はあるかしら。それをカレーに取り入れることで、きっと特別な一皿になるわよ」と続けた。


唯はその言葉を聞きながら、遠い昔の記憶を探り始めた。しかし、思い出すのは両親とのぎこちない食事の時間や、食卓での静寂ばかりだった。


「思い出の味なんて、私にはないかも…」唯はそう呟きながら目を伏せた。


おばあちゃんは少し黙った後、唯に静かに話しかけた。「唯ちゃん、それでもいいのよ。無理に思い出そうとしなくても、今ここで新しい『思い出の味』を作ればいいの。食べることは、これから先の自分を育てるための時間だからね」


その言葉に、唯は少しだけ心が軽くなるのを感じた。そして、おばあちゃんと話していく中で、小さい頃に母が一度だけ作ってくれた「ハチミツを塗った焼きリンゴ」の記憶が浮かんだ。忙しくて家にいないことが多かった母が、珍しく時間を作り、笑顔で料理をしてくれた日のことだ。


「…あの焼きリンゴ、私、好きだったかもしれない」


唯が静かにそう口にすると、おばあちゃんは目を細めて笑った。「それなら、それをカレーに取り入れてみましょう。甘さと香ばしさをカレーに加えることで、きっと素敵な味になるわよ」


早速、唯とおばあちゃん、そしてみなみも加わり、「焼きリンゴカレー」の準備が始まった。唯が慎重にリンゴをスライスし、それにハチミツを塗って焼くと、甘くて香ばしい香りがキッチンに広がった。その香りに、唯の胸の奥に閉じ込められていた母との記憶が少しずつ蘇ってきた。


「これが私のカレーに合うかな…」唯は不安そうに呟いた。


「大丈夫よ。これは唯ちゃんのカレーだからね」とおばあちゃんが優しく答えた。


焼きリンゴをカレーに加え、じっくり煮込むと、スパイスの香りとリンゴの甘みが溶け合い、独特の深い味わいが生まれた。唯は一口味見をしてみて、その優しい甘さと懐かしさに思わず微笑んだ。


「おいしい!」みなみも目を輝かせながらスプーンを口に運び、唯の作ったカレーを褒めた。


その日の子ども食堂で、「焼きリンゴカレー」は大人気となり、子どもたちからも「こんな甘いカレー初めて!」「またこれが食べたい!」という声が飛び交った。唯はその言葉を聞きながら、自分の中の苦い思い出が、温かい味わいへと変わっていくのを感じていた。


帰り道、おばあちゃんがそっと唯の肩に手を置きながら言った。「唯ちゃん、あなたの思い出が、こうして新しい形でみんなを幸せにしているのよ。それって、とても素晴らしいことだと思うわ」


唯はその言葉に胸がじんと熱くなり、静かに頷いた。母との微かな記憶が、カレーを通して新しい意味を持つようになったことが、彼女にとって大きな癒しとなった。


唯はこれからも、過去の自分を否定するのではなく、新しい味を通して未来を築いていこうと心に決めたのだった。

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