第17話 小さな成功の余韻

子どもたちに自分のカレーを喜んでもらえたあの日から、唯は少しずつ自分に自信を持てるようになっていた。まだ幻聴に悩まされることもあったが、「自分は誰かの役に立つことができる」という思いが彼女の支えになっていた。


ある夜、唯は布団の中で一人、あのカレーを作った日のことを思い出していた。子どもたちの笑顔、カレーを頬張って「おいしい!」と叫んでくれた声が、今でも鮮明に耳に残っていた。それは、これまでの彼女の人生で感じたことのない喜びだった。そして、おばあちゃんの温かい言葉が心に深く響き、自分もまた誰かを笑顔にすることができるのだと感じられた瞬間だった。


次の子ども食堂の日、唯は自分から積極的にカレー作りの手伝いを申し出た。おばあちゃんも、そんな唯の変化に気づき、微笑みながら「唯ちゃん、今日は一緒に新しいスパイスを試してみない?」と提案してくれた。


おばあちゃんは、食堂でカレーの味に少し変化を加えるため、別のスパイスを用意していた。そのスパイスは少し甘みが強く、辛みが控えめなものだったが、カレーに深みを出す効果があるという。唯は興味津々で、そのスパイスを使った新しいカレー作りに挑戦することにした。


「唯ちゃん、このスパイスは少しずつ加えてみてね。香りを確かめながら、唯ちゃんが感じる『おいしい』を探してみて」とおばあちゃんが優しく教えてくれた。


唯はスパイスの香りを確かめながら、自分なりに少しずつ加えていった。その香りがふわりと鍋の中で広がり、部屋に温かい気配が満ちていくのを感じながら、唯は心の中で「自分のカレーがどんな風に変わるのか」を楽しみにしていた。


新しいスパイスを加えたカレーが出来上がり、唯とおばあちゃんは小皿に取り分けて味見をしてみた。一口食べると、いつものカレーよりも奥深く、少し甘みが増して優しい味わいになっていた。唯はその新しい味に感動しながら、おばあちゃんと顔を見合わせて微笑んだ。


「唯ちゃん、このカレーもとっても素敵な味よ。あなたが加えた工夫が、ちゃんとここに表れているわね」とおばあちゃんが褒めてくれた。その言葉に、唯は胸が温かくなるのを感じた。


その日も、子どもたちがカレーを楽しみに食堂に集まってきた。唯は少しだけ緊張しながら、自分たちが作った新しい味のカレーを見守っていた。子どもたちが一口目を食べ、次々と笑顔になっていくのを見て、唯は心の中で喜びが膨らんでいくのを感じた。


「今日のカレーもおいしい!」「なんだかいつもと違うけど、好き!」という声が飛び交い、唯はまたしても自分が何かを届けられたという充実感に包まれた。


その帰り道、唯はおばあちゃんに「おばあちゃん、私、もっといろんなカレーを作ってみたいです。いろんな味を試して、みんなにもっと喜んでもらえるようになりたい」と話した。その言葉には、以前の彼女にはなかった明るさと意欲が宿っていた。


おばあちゃんは唯の言葉を聞き、「唯ちゃん、それはとても素晴らしい夢ね。いろんなカレーを作ることで、あなたの心ももっと豊かになっていくわ」と優しく励ましてくれた。


唯は、おばあちゃんと一緒に歩きながら、自分が新しい夢を見つけたことに気づいた。「誰かのためにカレーを作る」というシンプルな願いが、彼女の心を軽くし、未来を明るく照らしてくれるものになっていた。


そして、唯はこれからも少しずつ新しいカレーに挑戦しながら、もっと多くの人に「おいしい」と笑顔になってもらえるように努力しようと決意した。

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