第14話 自分のための一歩

唯はおばあちゃんと一緒にカレーを作る時間が、自分にとってかけがえのないものになっていることを強く感じていた。おばあちゃんの言葉や笑顔が、彼女の心の壁を少しずつ崩し、彼女は自分に対しても優しくなれるようになっていた。


ある日、子ども食堂でのカレー作りがひと段落したとき、おばあちゃんがふと唯に声をかけた。「唯ちゃん、今度はお家でもカレーを作ってみない?自分のために、自分だけのカレーを作るのよ」


その提案に唯は驚いた。今までカレーはおばあちゃんと一緒に作るものだと感じていたし、施設で一人で料理をするなど考えたこともなかった。自分でカレーを作るというのは、少し不安で、同時に大きな挑戦のように感じられた。


「私…一人で作れるかな…」と唯は不安そうにつぶやいたが、おばあちゃんは優しく微笑んで言った。「大丈夫よ、唯ちゃん。今まで一緒にやってきたんだから、きっとできるわ。それに、これは唯ちゃんのためのカレーだから、どんな味になってもいいのよ」


その言葉が唯の心に深く響いた。これまで誰かのために何かをすることすら自信が持てなかった彼女が、自分自身のために料理を作る――それは今までにない勇気が必要だった。けれども、おばあちゃんの言葉に励まされ、自分でも試してみようという気持ちが少しずつ湧いてきた。


次の日、唯はおばあちゃんに教わった通りの手順でスパイスを揃え、野菜を切り、カレーを作る準備を整えた。初めての一人での挑戦だったが、心の中でおばあちゃんの温かい言葉を繰り返し思い出し、少しずつ不安が和らいでいった。


包丁で野菜を切る手つきも、スパイスを加えるときの手順も、これまでの経験が自然と体に染みついていて、唯は驚きながらも自信が湧いてくるのを感じた。鍋の中でカレーが煮込まれていく間、部屋中に広がる香りが、彼女の心を温かく包んでくれるようだった。


「おばあちゃんと作ったカレーの香りと同じだ…」と思わず口に出してしまうほど、その香りが懐かしく、心地よいものに感じられた。


やがてカレーが完成し、唯は自分のためにカレーを盛りつけた。スプーンを手に取り、一口食べてみると、おばあちゃんの作るカレーと少し違う味だったが、自分の心が込められていると感じられる味わいだった。自分自身のために作った初めてのカレー。その味が、唯の心に深い満足感を与えてくれた。


「私でも、一人でできたんだ…」


その瞬間、唯の心の中に確かな自信が芽生えた。小さな一歩ではあるが、それでも自分のために行動できたことが、彼女にとって何よりも大きな意味を持っていた。自分を否定せず、何かを成し遂げることができた――それは彼女がこれまで感じたことのない感覚だった。


唯は心の中で、おばあちゃんに感謝を伝えた。おばあちゃんが自分に教えてくれた「自分を大切にする」気持ちが、カレーという形で彼女の中に根付いたことを感じたのだった。


その夜、唯は布団の中でおばあちゃんとの時間やカレーの味を思い返しながら、これからも少しずつ自分に優しくしていこうと心に決めた。自分自身のために、一歩一歩を大切に歩んでいこうと、静かに思いを馳せた。


これが、唯にとって「自分のための一歩」となる、心の旅の新たな始まりだった。

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