第13話 小さな自信の芽生え

唯は「自分に優しくする」ことを少しずつ学びながら、子ども食堂での時間を心から楽しめるようになっていた。幻聴が聞こえてくることはまだあったが、おばあちゃんが教えてくれた「受け入れる」方法を試してみると、以前よりも恐怖や不安が少しずつ和らいでいるのを感じた。


ある日、子ども食堂でカレーを作っているとき、おばあちゃんが「今日は少し難しい作業をお願いしたいんだけど、唯ちゃん、やってみる?」と声をかけてきた。唯は一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。自分にできるかどうか不安はあったが、おばあちゃんの信頼を感じ、その期待に応えたいと思ったのだ。


その作業は、スパイスの分量を自分で調整してカレーに加えるというものだった。おばあちゃんが普段使うスパイスの量を大まかに教えてくれた後、「唯ちゃんが感じる『おいしい』っていう気持ちを頼りにしてみてね」と優しく見守ってくれていた。


唯は慎重にスパイスを計りながら、「少し甘みがあって、でも後から辛さが来るような味にしたい」と心の中で味をイメージした。これまでおばあちゃんのカレーを食べながら、どんな味が自分にとって一番おいしいのかを考えたことがなかったが、今は自分が作りたい味が少しずつ頭の中に浮かんできた。


スパイスをカレーに加え、静かに煮込んでいく間、おばあちゃんは唯のそばで温かく見守ってくれていた。「唯ちゃんのカレーがどんな味になるか、楽しみだわ」と、まるで自分のことのように喜んでくれているおばあちゃんの言葉に、唯は心が満たされていくのを感じた。


やがて、唯が作ったカレーが完成した。おばあちゃんと一緒にお皿に盛り付け、テーブルに座ってスプーンを手に取ったとき、唯の胸は少し緊張と期待で高鳴っていた。自分が手がけた味がどうなっているのか、不安と興奮が入り混じっていた。


一口食べてみると、スパイスの香りが豊かに広がり、口の中に唯が思い描いた「少し甘みがあって、後から辛さが来る」味が広がった。思わず目を見開き、唯は自分が本当にこんなカレーを作れたことに驚いた。


「唯ちゃん、とってもおいしいわ。これは唯ちゃんのカレーね」と、おばあちゃんが微笑んで言った。その言葉が唯にとって何よりのご褒美だった。自分が手がけたカレーが「おいしい」と言われることが、こんなに嬉しいことだと知ったのは初めてだった。


唯はカレーを口に運びながら、胸の中に小さな自信が芽生えているのを感じた。これまで、何をしても失敗ばかりだと感じていた彼女にとって、初めて「自分にもできる」という感覚が生まれた瞬間だった。


その帰り道、唯は心の中で小さな光が灯り続けているのを感じていた。幻聴の声がまだ聞こえてくる日もあるが、その声に対抗する力が少しずつ強くなっているのを感じる。おばあちゃんのカレー作りを通して、彼女はただの料理ではなく、自分の心に自信という新たなスパイスを加え始めていた。


唯は静かに決意した。次の子ども食堂でも、もっと自分のカレーを作ってみたい。そして、いつか本当に「唯のカレー」と呼べる味を完成させたいと、心の中で小さな目標が生まれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る