第12話 自分に優しくする方法
おばあちゃんから「自分に優しくしてあげてほしい」と言われたその日から、唯はその言葉を何度も思い返していた。しかし、彼女にとって「自分に優しくする」ということが、どうすればよいのか分からなかった。これまでの人生、周囲からの否定や自分に対する否定的な思いばかりが心に染みついていたからだ。
唯はその疑問を胸に抱えたまま、次の日も子ども食堂へと向かった。幻聴の声がまたささやいてくるが、今日はいつもより少しだけ、その声に対抗する力が心にあるように感じられた。おばあちゃんが「話してもいいのよ」と言ってくれたことが、彼女にとって大きな支えとなっていたからだ。
食堂に着くと、おばあちゃんは温かい笑顔で唯を迎え、今日もカレー作りを手伝わせてくれた。おばあちゃんは、唯がスパイスを混ぜる手元を優しく見守りながら、ふと語りかけてきた。
「唯ちゃん、自分に優しくするって、難しいことじゃないのよ。例えば、辛いと感じたときはその気持ちを否定しないで、『今、私は辛いんだな』と認めてあげるだけでいいの。心の中で自分を責めずに、そっと寄り添ってあげるように」
その言葉を聞いて、唯は少し驚いた。自分の辛さや悲しみを「認める」ことは、今までほとんどしたことがなかったからだ。彼女はいつも、その感情を無理やり押し殺し、隠そうとしてきた。しかし、おばあちゃんの言葉は、ただその感情を受け入れるだけでもいいのだと教えてくれた。
「それに、唯ちゃんが頑張っていることを自分で認めてあげることも大事なのよ。唯ちゃんは、こうして食堂に来てくれて、カレーを一緒に作ってくれているでしょう?それだって、立派なことなんだから」
唯は思わず目を伏せ、少し照れくさい気持ちになった。おばあちゃんの言葉に、自分の行動がどれだけ大切かを初めて感じた。いつも何もしていないと感じていたが、こうして誰かのために手伝い、カレーを作ることが、自分にとっても意味ある行動だと気づかされた。
その後、おばあちゃんがカレーを煮込んでいる間、唯はふと思い出したように、おばあちゃんに小さな声で尋ねた。
「…おばあちゃん、自分に優しくするって、本当にそれだけでいいんですか?」
おばあちゃんは少し笑みを浮かべて、唯の目を見て答えた。「そうよ、唯ちゃん。大げさなことじゃなくていいの。自分の気持ちに正直に向き合って、それを受け入れるだけで、人は少しずつ楽になっていけるものなのよ」
唯は、その言葉を胸に刻むようにゆっくりと頷いた。心の奥で、いつも否定されてきた自分の気持ちを初めて正面から見つめる勇気が湧いてきた気がした。そして、もしまた幻聴が聞こえてきたとしても、その時は自分の辛さを否定せずに、ただ「今は辛いんだな」と受け止めてみようと心に決めた。
カレーが出来上がり、唯はおばあちゃんと一緒にゆっくりと味わった。その一口一口が、心に染み渡るように感じられた。自分に優しくすることが、どれだけ心を軽くするのかを少しずつ学び始めた唯は、今までよりも穏やかな気持ちで帰り道を歩いた。
その夜、唯は部屋で布団にくるまりながら、再び幻聴が聞こえてきた。しかし、彼女はおばあちゃんの言葉を思い出し、自分に言い聞かせた。「今、私は辛いんだ。でも、これでいいんだ」と。すると、不思議と心が少しだけ軽くなったように感じられた。
自分に優しくする方法を知った唯は、小さな一歩を踏み出し始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます