第10話 揺れる心

唯はカレー作りを通じて自信を少しずつ取り戻し始めていた。自分が手を加えた味が誰かに喜ばれるという経験は、彼女にとって新しい感覚だった。そしておばあちゃんと一緒にいる時間が、唯にとって何よりの安らぎになっていた。


しかし、そんな小さな幸福を感じる中でも、唯の心にはまだ暗い影が残っていた。施設に戻ると、また幻聴が冷たくささやき始める。「おばあちゃんもいつかお前を捨てる」「ここにいる意味なんてない」「その喜びも一時的なものだ」と、その声は唯の心をかき乱した。


「本当に、私がここにいていいのかな…」


唯は不安な気持ちに包まれながらも、おばあちゃんとの時間が大切であることを心の奥で信じていた。それでも、幻聴の声が彼女の心を押しつぶそうとしてくる度に、自分の価値や存在意義を見失いかけることがあった。おばあちゃんがどれだけ温かい存在であっても、自分が誰かに愛される資格があるのか、いつも疑い続けてしまう。


そんなある日、唯がいつものように子ども食堂に向かうと、おばあちゃんが先に厨房で準備をしていた。唯が顔を出すと、おばあちゃんは変わらぬ笑顔で「いらっしゃい、唯ちゃん。今日も来てくれてありがとう」と声をかけてくれた。その温かさが、唯の心の中で幻聴の冷たい声を少しずつ薄めてくれるようだった。


今日もおばあちゃんと一緒にスパイスを混ぜ、野菜を切り、カレーを煮込む作業をしていった。作業に集中していると、唯は一瞬だけでも幻聴の声から解放され、心の中が穏やかになるのを感じた。おばあちゃんとの時間が、彼女にとって救いになっていることを再認識した。


おばあちゃんは、ふと唯の顔を見て、優しく尋ねた。「唯ちゃん、何か悩んでいることがあるのかしら?」


唯は一瞬戸惑ったが、おばあちゃんの穏やかな表情を見て、心の中で押し隠していた不安を少しだけ打ち明けることにした。「…私、本当にここにいていいのかなって思うんです。おばあちゃんにも、迷惑かけちゃうかもしれないし…」


おばあちゃんは少しだけ驚いたように目を細め、それから深くうなずいた。「唯ちゃん、あなたがここに来てくれることが、私にとってどれだけうれしいことか知っているかしら?あなたは何も迷惑なんてかけていないのよ。むしろ、唯ちゃんと一緒にカレーを作る時間が、私にとっても大切な時間なの」


その言葉を聞きながら、唯の心がじんわりと温かくなっていくのを感じた。おばあちゃんの言葉が、まるで彼女の心に光を射し込むようだった。


「唯ちゃん、あなたはここにいていいのよ。ここが、あなたの居場所なんだから」


その言葉に、唯は涙があふれそうになるのをこらえながら、小さくうなずいた。幻聴の声がまだ遠くでささやいているが、おばあちゃんの言葉が彼女に力を与えてくれるようだった。彼女の心に、小さな希望がまた一つ生まれた瞬間だった。


帰り道、唯はおばあちゃんとの時間がどれだけ自分にとって大切かをかみしめながら歩いた。まだ自分自身に完全に自信を持ててはいないが、おばあちゃんの言葉を信じて、少しずつでも心の壁を崩していこうと決心した。


この小さな変化が、彼女の未来への一歩につながっていくのだと、唯は静かに感じていた。

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