第9話 自分だけのスパイス

次の子ども食堂の日、唯は早めに施設を出て、おばあちゃんとの「カレーの味付け」を楽しみにしながら歩いていた。これまでカレーをただ食べるだけだった彼女が、自分の味を加えることができるなんて考えたこともなかった。今まで感じたことのない期待感が彼女の胸を満たしていた。


食堂に着くと、おばあちゃんはいつものように優しい笑顔で迎えてくれた。「唯ちゃん、今日は一緒にカレーの味を作ってみようね」と言われ、唯は少し緊張しながらも、心の中でワクワクが膨らんでいった。


まず、おばあちゃんが用意してくれたスパイスを並べて見せてくれた。カレー粉、クミン、ターメリック、コリアンダー…見慣れない香辛料が小さな器に入れられている。それぞれの香りをかぐと、唯はそれが持つ独特の刺激と温かみを感じた。


「唯ちゃん、今日はどんな味にしたい?」とおばあちゃんが尋ねると、唯は少し考えてから答えた。「…ちょっと、甘くて、でも少しだけ辛いのがいいです」


おばあちゃんは微笑みながら「いいわね。それじゃあ、少し甘みがあるスパイスと、ピリッとした辛さを出せるスパイスを一緒に入れてみましょう」と、スパイスを少しずつ混ぜ合わせていった。その様子を見ていると、唯は自分が何か特別なことに参加している気持ちになり、自信がわずかに芽生えていくのを感じた。


唯はおばあちゃんに教わりながら、ほんの少しずつ自分でスパイスを加えていった。最初は緊張していたが、香りが少しずつカレーに溶け込んでいくのを感じると、彼女の心もリラックスしてきた。スパイスの香りが部屋いっぱいに広がり、唯の中にある不安や悲しみが薄らいでいくようだった。


カレーが煮込まれる間、おばあちゃんは唯に「唯ちゃんが心の中で思う、自分だけの特別な味が、少しずつ見つかるといいね」と優しく話しかけてくれた。その言葉が、唯の心に深く響いた。自分だけの味――それは今までの人生で考えたこともなかった、初めての感覚だった。


しばらくして、カレーが完成した。唯が作り上げたスパイスの香りが湯気とともに立ち上り、部屋中に広がった。彼女はスプーンを手に取り、少し緊張しながらも自分のカレーを口に運んだ。


一口食べると、口の中に広がる少し甘くてピリッとした味わいが、彼女の心を温かく包んだ。自分が手を加えたカレーが、こんなにもおいしく感じるとは思わなかった。今まで味わったどのカレーとも違う、唯一無二のカレーだった。


「どう?唯ちゃんのカレー、とってもおいしいわよ」とおばあちゃんが笑顔で言ってくれると、唯の心は満たされ、思わず笑みがこぼれた。自分が作り上げた味が、おばあちゃんにも喜んでもらえたことが、何よりの誇りとなった。


その帰り道、唯は心の中で「またおばあちゃんと一緒にカレーを作りたい」と強く思った。おばあちゃんと一緒に、自分だけの味を見つけていく――それが、彼女にとって新たな目標となり、次に向かうための大切な希望になっていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る