第8話 カレーの記憶
唯は、おばあちゃんの「誰かがそばにいる」という言葉を胸に、日々の苦しさに少しずつ立ち向かう勇気を得ていた。幻聴のささやきが完全に消えるわけではなかったが、おばあちゃんの言葉やカレーの温かい香りを思い出すと、心が少しだけ穏やかになるのを感じた。
ある日、子ども食堂でいつものようにカレー作りを手伝っていたとき、おばあちゃんがふと思い出話を語り始めた。
「唯ちゃん、私が初めてこのカレーを作ったのはね、自分の家族のためだったのよ」
唯はその言葉に興味を引かれ、手を止めておばあちゃんの話に耳を傾けた。おばあちゃんは、少し懐かしそうに目を細めて話し続けた。
「若い頃ね、子どもたちに少しでも元気になってほしくて、よくカレーを作っていたの。カレーって不思議ね。食べると、どうしても心が温かくなる気がしてね」
唯は黙って聞きながら、自然と自分の家族のことを思い出していた。自分の家では、両親が忙しくて食事を家族みんなでとることはほとんどなかった。でも、カレーの香りはどこか懐かしさを感じさせ、家族と過ごした数少ない温かな瞬間を思い起こさせた。
「私も、こんな風に…家族とカレーを食べてみたかった…」
唯の小さな声を、おばあちゃんは聞き逃さなかった。おばあちゃんはそっと唯の手を握り、「そうね、唯ちゃん。カレーはみんなで食べると、もっとおいしく感じるものなのよ」と優しく言った。
その言葉に、唯は胸の奥で何かが込み上げるのを感じた。家族に見捨てられ、孤独を抱え続けてきた彼女にとって、おばあちゃんの言葉はまるで家族の一員として迎え入れられたように感じられた。
カレーが完成し、唯はおばあちゃんと一緒にその香ばしい料理を味わった。カレーの香りが広がると、彼女の心にほんの少しの安らぎが訪れ、家族と過ごしたかった温かな記憶が胸の中でよみがえった。
「唯ちゃん、今度は一緒にカレーの味付けをしてみない?もっと唯ちゃんの味が出せるように、一緒に作ってみよう」とおばあちゃんが提案すると、唯は驚きながらも小さくうなずいた。
おばあちゃんと自分だけの特別なカレーを作り上げる――それが彼女にとって新しい目標となり、心の中に小さな希望が生まれたのだった。
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