第6話 少しずつ心を開く
次の日曜日、唯はまた子ども食堂へと向かっていた。施設を出るとき、職員が「最近、元気そうだね」と微笑んで声をかけてくれたが、唯はそれにどう答えればよいのか分からなかった。ただおばあちゃんに会うために足を向けているだけで、それが「元気」と言えるのかどうか、彼女にはまだ分からなかったからだ。
食堂に着くと、おばあちゃんが笑顔で迎えてくれた。「いらっしゃい、唯ちゃん。今日も来てくれてありがとうね」と、優しい声が彼女の心をほっとさせた。唯は「お手伝いします」と言い、すぐにお皿を並べ始めた。何度も繰り返してきたこの作業が、いつの間にか唯にとって大切な「役割」となっていた。
おばあちゃんはそんな唯の様子を見て、「唯ちゃん、今日はカレーの具材を切ってみる?」と提案してきた。唯は驚きながらも、その提案に少しだけ興味を感じた。今までただ食べるだけだったカレー作りに、自分も関われるのだと思うと、どこかワクワクする気持ちが湧いてきた。
唯は包丁を手に取り、玉ねぎをゆっくりと切り始めた。おばあちゃんがそばで見守ってくれていたので、安心して集中することができた。包丁を握る感触、野菜が切れる音、そして玉ねぎの香りが立ち込める中、唯は不思議と落ち着いた気持ちになった。
「上手に切れてるよ。唯ちゃん、すごいわね」とおばあちゃんが褒めてくれると、唯の顔が少し赤くなった。誰かに褒められることが、こんなにも嬉しいことだとは思ってもみなかった。
その後、唯はジャガイモやニンジンも切り、少しずつカレーの具材が準備されていった。自分が切った具材が、やがてカレーの中で煮込まれていくのを見ていると、唯の心に達成感が湧いてきた。これまで自分が何かを「作る」ことに関わったことはほとんどなかったが、その感覚が新鮮で、心が温かくなるのを感じた。
おばあちゃんは、「唯ちゃんが切った野菜で作ったカレーは、きっとおいしいわ」と微笑んで言った。その言葉が唯にとって何よりのご褒美だった。
カレーが完成し、唯はおばあちゃんと一緒に食べることになった。自分が手伝ったカレーを口に運ぶと、今までとは少し違った味わいが広がった。ほんの少しだけ、カレーが自分のものになったような気がしたのだ。
その帰り道、唯は心の中で小さな変化を感じていた。誰かと一緒に何かを作り上げる楽しさ、そして自分が役に立てたという実感が、今まで感じたことのない温かさとして胸の中に残っていた。
次の週も、またおばあちゃんのカレー作りを手伝いたいと、唯はそっと心の中で思った。それは彼女にとって、初めての「やりたいこと」だった。
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