第5話 居場所の感覚
次の日曜日、唯はいつもより少し早く施設を出て、子ども食堂へ向かった。歩きながら、彼女の心の中には小さな緊張と期待が混ざり合っていた。おばあちゃんとの「お手伝い」という約束を果たすために、自然と足が早くなっていたのだ。
食堂に到着すると、おばあちゃんがすでに準備を始めていた。「唯ちゃん、来てくれてありがとうね。今日も助かるわ」と、穏やかな笑顔で迎えてくれた。その笑顔に、唯の緊張が少しほぐれた気がした。
おばあちゃんの指示で、今日もお皿を並べることになった。唯はカウンターの向こうで一つ一つ丁寧にお皿を並べながら、手元に集中していた。小さな作業だったが、それでもおばあちゃんの役に立っていると思うと、心の中に小さな喜びが湧き上がってきた。
作業がひと段落すると、おばあちゃんが唯に「ありがとうね、唯ちゃん。おばあちゃんも、唯ちゃんと一緒にいるとなんだか楽しいわ」と言ってくれた。その一言が、唯の心に深く響いた。今まで「楽しい」という言葉は、彼女の生活から遠ざかっていた感覚だったからだ。
「…わたしも、楽しいです」
唯は小さな声でそう答えた。おばあちゃんが驚いたように少し目を見開き、すぐに微笑んでくれた。それが嬉しくて、唯の心が少しずつ温かくなっていった。
その後、唯はおばあちゃんと一緒にカレーの仕込みを見学することになった。おばあちゃんが具材を一つ一つ丁寧に切り、炒めていく様子を見ながら、唯はカレー作りの手順に興味を持つようになった。香ばしい香りが漂う中で、おばあちゃんが話す料理のコツや、家庭での小さな思い出が、唯にとっては新鮮で心地よかった。
「カレーは、ただおいしいだけじゃなくてね、人の心を温めてくれるんだよ」とおばあちゃんが言ったとき、唯はふと、自分もそんなカレーを作ってみたいと思った。しかし、その気持ちを表に出すのはまだ早いような気がして、心の中でそっとその思いを温めるにとどめた。
帰り道、唯はふと自分が少し変わり始めていることに気づいた。以前はただ暗闇の中で孤独に包まれていた生活に、ほんの少しの温もりが差し込んできていた。おばあちゃんと過ごす時間が、彼女にとってかけがえのない居場所になりつつあることを感じていた。
今まではただ辛いだけの毎日だったが、今はおばあちゃんと過ごす時間があるおかげで、次の日曜日が待ち遠しくなっている自分がいることに気づいた。それは唯にとって、初めての「居場所」の感覚だった。
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