第4話 小さな約束

子ども食堂に行くことが、唯にとって特別な楽しみになりつつあった。学校にも行かず、友達もいない彼女にとって、唯一の温もりと安心感を感じられる場所だった。おばあちゃんのカレーと、彼女を迎えてくれる優しい言葉が、ほんのわずかでも唯の心に居場所を与えてくれた。


ある日、おばあちゃんは唯がカレーを食べ終えた頃を見計らって、そっと話しかけてきた。「唯ちゃん、今日は少し手伝ってみる?」


唯は驚きと戸惑いで顔を上げた。自分が何か役に立つなんて考えたこともなかった。しかし、おばあちゃんは彼女の反応を察したかのように、優しい目でこう続けた。「ほんの少しでいいの。おばあちゃん、お皿を並べるのを手伝ってもらえたらうれしいわ」


唯はしばらく考えてから、こくんと小さくうなずいた。カウンターの向こうに立ち、並んだお皿をそっと触ると、何か新しい感覚が生まれてきた。自分がこの場にいても良いのだと、おばあちゃんがそう言ってくれているように感じられた。


おばあちゃんと一緒にお皿を並べる間、静かで穏やかな時間が流れた。唯はおばあちゃんのそばにいることで、少しずつ心が安らぐのを感じた。何気ない作業だったが、それでも「自分が何かの役に立っている」と感じることが、彼女にとっては初めての経験だった。


「ありがとうね、唯ちゃん。助かったよ」とおばあちゃんが微笑むと、唯の心に小さな満足感が広がった。おばあちゃんが、ただ笑顔で自分に「ありがとう」と言ってくれるだけで、唯の孤独がほんの少し和らいだように感じられた。


帰り際、おばあちゃんは唯に「また次もお手伝い、お願いできるかしら?」と尋ねた。唯は少し考えてから、再びうなずいた。おばあちゃんとの約束ができたことで、彼女の心に新しい小さな目標が生まれたのだ。


その夜、唯は布団の中でおばあちゃんとの時間を思い返していた。学校でのつらい記憶や、幻聴の冷たいささやきがよぎるたびに、おばあちゃんの優しい声が彼女の心を包み込んでくれるように感じられた。おばあちゃんとの小さな約束が、次に会う日まで彼女を支えてくれる気がした。


それは、唯にとって初めての、誰かとの約束だった。

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