第3話 ほんの少しの変化

子ども食堂でおばあちゃんのカレーを食べてから数日が経った。唯の生活に大きな変化があったわけではなかったが、彼女の心の中には、以前よりも少しだけ明るい気持ちが残っていた。


朝、目を覚ますと、彼女は少しだけカーテンを開けてみた。外の光が差し込むと、部屋の中がほんのり明るくなった。いつもならカーテンを閉め切り、暗い中でじっとしているだけの彼女にとっては、小さな一歩だった。


「…今日も、行けるかな」


彼女は自分に問いかけるように、小さな声でつぶやいた。心の中には、まだ不安や恐怖が渦巻いている。幻聴のささやきも続いていた。「無駄だ」「誰も待っていない」「行っても意味がない」と、冷たい言葉が頭の中でリフレインする。


しかし、その冷たい声に反するように、おばあちゃんの優しい顔が心に浮かんだ。「いらっしゃい、唯ちゃん。今日も待ってるよ」というあの言葉が、彼女の心にわずかながらも勇気を与えてくれた。


その日の夕方、唯は再び子ども食堂へ足を運ぶ決心をした。重い足取りで歩きながらも、心の中でおばあちゃんのカレーの香りを思い出す。それが彼女の不安を少しずつ和らげてくれるような気がしていた。


子ども食堂に着くと、今日もおばあちゃんが笑顔で迎えてくれた。「唯ちゃん、今日もよく来てくれたね。カレー、たくさん作ったから、ゆっくり食べていってね」


唯は無言で席に着き、カレーの湯気を眺めた。スプーンを手に取り、カレーを一口食べると、温かい味が心に染み渡っていく。おばあちゃんは、話しかけることなく、ただ彼女の隣で静かに座って見守ってくれていた。その穏やかな時間が、彼女にとってどれほどの慰めになっているか、おばあちゃんはきっと気づいているのだろう。


唯は小さな声で「…ありがとう」とつぶやいた。おばあちゃんはにっこりと微笑んで、「どういたしまして、唯ちゃん。またいつでもおいで」と優しく応えた。その言葉に、唯の心の中でまた一つ、小さな灯がともった気がした。


帰り道、唯は自分が少しずつ変わり始めていることを感じていた。まだ孤独や不安は消えていないが、おばあちゃんとの時間が、彼女にとって確かな支えになりつつあった。彼女は心の中で、小さな希望の火が消えないようにと願いながら、静かに歩みを進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る