第2話 心に灯る小さな火

次の日、唯は自分の部屋でじっと天井を見上げていた。おばあちゃんのカレーの香りと、その温かさが心の中にわずかに残っていた。普段なら、部屋に閉じこもって誰にも会わず、ただ時間が過ぎるのを待つだけの彼女だったが、今日は何かが少し違っていた。


「おばあちゃん、また会いたいな…」


その小さな願いを胸に、唯は自分でも気づかないうちにおばあちゃんの顔を思い浮かべていた。優しい目と、柔らかい笑顔。言葉は少なかったが、あの温もりが心に深く染み込んでいた。


しかし、それと同時に、不安と戸惑いも湧き上がってきた。おばあちゃんは自分のような存在をどう思っているのだろうか。自分は本当にあそこにいてもいいのだろうか。


学校ではいじめられ、家庭では愛されなかったという記憶が、彼女の心に陰りを落とす。幻聴がささやき始める。「誰もお前なんかを必要としていない」「行くだけ無駄だ」「また傷つくだけだ」と、冷たい声が彼女の心に突き刺さる。


「やっぱり…行かないほうがいいのかもしれない」


唯は布団に顔をうずめ、膝を抱えて小さくなった。何も考えず、何も感じず、ただ自分が消えてしまえばいいと思っていた。けれども、ふと、昨日のカレーの香りがふわりと蘇った。その瞬間だけは、あの苦しみの中で一瞬の平穏を得られた気がした。


その数日後、再び子ども食堂の日がやってきた。施設の職員が「行ってみる?」と声をかけてきたとき、唯は少し迷ったが、最後にはそっと頷いた。幻聴の声が頭の中で否定的な言葉を繰り返していたが、それでもおばあちゃんの笑顔とカレーが恋しかった。


子ども食堂に入ると、またあの香りが彼女を包み込んだ。そして、おばあちゃんがカウンター越しに「いらっしゃい、唯ちゃん。今日も待ってたよ」と、あたたかく迎えてくれた。


その言葉に、唯の心の中で小さな火が灯ったような気がした。スプーンを手に取り、一口カレーを食べると、まるで心に染み渡るような温かさが広がった。おばあちゃんは、彼女に無理に話しかけることもなく、ただ静かに、優しく見守ってくれていた。


その日の帰り道、唯の心は少しだけ軽くなっていた。冷たい孤独の中に、わずかながらも温もりを感じることができた。まだ自分を信じられるわけではないけれど、おばあちゃんの存在が、彼女にとって心の拠り所になりつつあることを感じたのだった。

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