唯ちゃんと、おばあちゃんのカレーライス
星咲 紗和(ほしざき さわ)
第1話 出会いの香り
唯は、静かな朝の空気を切り裂くように響く子どもたちの声を窓越しにぼんやりと聞いていた。ここは児童養護施設。ここでの生活が始まって数週間が経ったが、彼女はまだ心を閉ざし、誰とも関わろうとしなかった。
「誰も、私のことなんて気にしてない」
そう思いながら、唯は窓の外を見つめ続けた。施設の部屋は冷たく、いつも寂しさが心を覆っている。両親に見放されて、居場所が見つからない彼女にとって、ここもまた、ただ過ぎ去る日々の一部でしかなかった。
ある日、施設の職員が唯に声をかけた。「唯ちゃん、今日は子ども食堂の日だよ。行ってみる?」
唯は最初、断ろうとした。しかし、職員の優しい目に見つめられ、気がつけばうなずいていた。何も期待せず、ただ外に出るという感覚だけが、少しだけ彼女の心を揺らした。
子ども食堂に到着すると、ふわりとカレーの香りが唯の鼻をくすぐった。その香りは温かく、まるで誰かに優しく包まれているかのように感じられた。
カウンターの向こうには、笑顔で迎えるおばあちゃんがいた。柔らかなシワの刻まれた顔からは、どこか懐かしい安心感が漂っていた。
「いらっしゃい、唯ちゃん。おいしいカレーをたくさん用意して待ってたんだよ」
その声は、彼女の心の奥深くに染み込むように響いた。唯は、無言のままカウンターの前に座り、湯気の立つカレーを見つめた。その濃厚な香りが、冷えきった彼女の心を少しずつ溶かしていくようだった。
スプーンを口に運び、一口食べると、ほんのりとした甘さとスパイスの風味が口いっぱいに広がる。初めて感じた温かさに、唯の目が自然と潤んだ。
「またおいでね、唯ちゃん。待ってるから」
おばあちゃんのその言葉に、唯は小さくうなずいた。心の奥にわずかながら生まれた温もりが、彼女を少しだけ安心させた。孤独と痛みが重くのしかかる日常の中で、彼女がほんの一瞬、居場所を見つけたように感じたのだった。
それが、唯とおばあちゃんのカレーライスとの出会いだった。
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