魔法少女はホワイト案件? (後編)

 私こと佐藤芙蘭の前には、トレンチコート(下は女性のブラとパンティ姿)の中年男(澄空星夜)さんがいます。

 この澄空さんは外見もそうですが、先程交わした会話などによりサイコパスの疑いが極めて濃い人だと思われます。

 そしてたった今、魔法契約によって私が魔法少女で、男が使い魔(法使い)になったと告げられました。

 そもそもの事の発端は、SNSにあった魔法少女のアルバイト募集から始まったのです。


(そういえば魔法少女のアルバイトって一体何をするんでしょうか?)


 募集要項には正義の味方とか書いてありました。

 それにアルバイトだからお給料とかもあるはずです。

 高額報酬とかうたっていましたけど、条件とかそういう話は未だ出てきません。

 ホワイト案件とありましたが、この澄空さんを見る限りその可能性は極めて薄いと断ぜざるを得ません。

 まさに深遠の闇の底のようにブラックな案件だと思えるほどに……。

 クーリングオフといったキャンセルも付加とのこと。

 警察に通報ですか?

 例えそれをしても、奇妙な魔法とやらで簡単にもみ消すことができそうなので、諦めざるを得ないと思います。

 何しろ何もない空間に浮かんだり、私の個人情報はたった一日で私の個人情報は丸裸にされ、家族の情報まで握られている現状なのです。

 もう逃げ道は塞がれたも同様です。

 うっかり私が、SNSバイトの魔法少女募集に応じたばかりに……。

 そんなことを考えていると、変態サイコパスの澄空さんは、何やら布のようなものを私に差し出しました。


「それじゃ、これに着替えて」

「何ですか、これ?」

「魔法少女のコスチューム、いわゆる正装だよ」

「はあ、そうですか……」


 差し出された衣装とやらを、嫌々ながら受け取ります。

 見る限り、布地部分が妙に少ないように見えます。

 広げてみると、それは長い耳、黒くテカテカした面積の薄い衣装でした。

 おそらくバニーガールの衣装と思われます。

 でも、何かがおかしいと感じました。

 あらためて見てみます

 仮に、それを自分が着用したと考えると、肩と腕と足は覆われている一方、股間から胸までが丸出しというとんでもない格好となりそうです。

 そうこれは、いわゆる逆バニーと言うやつでした。


「あ、ごめん。それ僕が着るやつ」

「ひぃっ!」


 気持ち悪かったので、思わず放り投げてしまいました。

 だって、この人が身に着けていたかも知れないものですよ。


「おっと」


 澄空さんはちょっと傷ついた表情で、逆バニー衣装をキャッチしました。

 手を振ってそれを消すと、それがフリフリひらひらのピンクを基調としたドレスっぽいものに変わりました。

 何もない空間から魔法少女の衣装が突然現れたように見えます。


(あ、これも魔法……)

「こっちが本物だよ」


 手渡されたものは、布地面積もたっぷりありそうでちょっとだけ安心しました。


「それじゃ着替えてみて……あ、どこにいくの?」

「どこって、浴室で着替えようと思ったのですけど」

「ここでよくない?」


 平然とした顔で何を言っているのでしょう……。

 しかも、スマホを構えて動画撮影する気満々と見ました。

 やっぱりこの人、かなりおかしいです。

 私は無言で浴室に入り、しっかりと鍵をかけて着替えることにしました。

 ここは、ワンルームでユニットバス(本当はバストイレ別の方が良かったのですけど)なので、扉はガラスではなく木の扉なのでシルエットすら見ることが不可能です。

 着替えて部屋に戻りました。


「おー、可愛い可愛い。馬子にも衣装ってこのことだね」


 何気に失礼です。

 もっとも言っていることは正しいとは思いましたけど……。

 着替えた私自身、鏡に映った自分の姿を見て、普段の地味な印象がガラっと変わるほどに可愛く変身したと感じていたのですから。


「じゃあ、呪文を教えるね」

「呪文ですか?」

「うん、変身の呪文」

「……変身ですか?」

「うん、これを唱えればいちいち着替える必要なく、瞬時に衣装チェンジしてしかもメークもしてくれるという優れものさ」

「……何で、わざわざ着替えさせたのですか?」

「それはね、僕の趣味みたいなものかな。女性の着替えシーンって興奮するよね。残念ながら見せてもらえなかったけどね」


 そう言いつつも澄空さん、何か満足げな顔をしていました。


(あ、魔法!)


 考えてみれば、火をともしたり宙に浮いたりするだけではなく、私の個人情報を丸裸に出来るような魔法を持っているのです。

 扉越しの透視なんてお手の物では……。


「ああ大丈夫、覗いたりしてはいないから安心してよ、僕は想像だけでイケるからね」


 私の身体を上から下まで舐めまわすように眺めると、ニチャアという気持ち悪い笑みを浮かべて語り出します。


「脱衣、身に着けていたものを一枚一枚無防備になっていく瞬間っていいよね。ううん、僕はそれよりも身に着ける瞬間の方がいい。着衣、だって無防備な状態からそれが覆い隠されていく残念な感じ、それがたまらないんだ」


 正直どうでもいいです。

 というか、そんな性癖の告白なんて聞きたくありませんでした。

 既にトレンチコートの下に女性の下着の時点で、異常性癖なのは分かりすぎる程でしたから今更ですけど……。


「で、これが呪文の候補なんだけど、どれがいい?」


 スマホ画面を私に見せてきます。

 そこにはいくつかの呪文候補が記述されていました。


『きゅるるんきゅるるんシュガードリップ♪ 甘く切ない恋の花~♪ オーキッドハイビスカス・ブルーミングアーーーップ!!!」

『甘いトキメキきゅんきゅんきゅん(はぁと) ホワイトラブリーエンジェル! ビューティ・フランここに見参っ!』

『エル・オー・ブイ・イー。ジェー・ユー・エス・ティー・アイ・シーイー! 愛(LOVE)と正義(JUSTICE)の使徒、富士山に代わって大噴火!」


 ……やめてください。

 何の罰ゲームですか、これ?

 特に富士山に代わって大噴火とか意味不明すぎます。

 しかも「佐藤⇒砂糖、シュガー(甘い)」「芙蘭=オーキド、ハイビスカス」みたいに微妙に私の名前が入っているのがムカつきます。

 さらに仕様説明の表記とやらに、振り付けとかポーズがキメ細やかに指定されていました。

 ウインクとかカテーシーとか横ピースとかはまあ普通にあり得るでしょう。

 でも、このアへ顔ダブルピースってこれ……何ですか?


「日常生活で簡単にぽろっと変身したら大変なことになるからね。普段使わない言葉をパスワードにするような感じかな。気に入らなかったら自分で一から作成することも可能だよ」


 澄空さんのその一言で、無難なものを自分で決めました。

 えー地味すぎだよ、と言われましたが地味で無難なのが一番です。



「じゃあ、行こうか」

「行くって、どこにですか」

「魔法少女とそのお供、使い魔達の集会みたいなものがあるんだよね」


 そういえば、アルバイトについての説明を全然聞いていません。

 そのことを質問すると、その場で説明するよ何百聞は一見に如かずだよ、そう言ってトレンチコートの前を開いて私に覆いかぶさってきたのでした。


(ギャーーーーーーー!!!!!!!!)


 男の人の素肌がwたしにmっちゃkぅ……。

 ……ってあれ……です?


「着いたよ」


 包まれたコートから解放されると、そこは何やら広いホールのような場所でした。


「びっくりした? 今のは転移魔法だよ。僕のコートの内側に入った人間も魔法の対象に入れることが出来るので、君も一緒に転移出来たって寸法さ」


 ええ、別の意味でビックリしましたよ。

 女性ものの下着の布地の肌触り(シルクでした)と、ぶよぶよ中年の肌の感触(キモかったです)が今でも残っています。

 気を取り直して、あらためて辺りを見回してみます。

 背中が入口だとすると、正面に何やらステージのような一段高くなった場所があります。

 学校の講堂……よりは豪華な印象があるので、客席のないコンサートホール? みたいな感じでしょうか。

 結構な広さで、百名は超えると思えるほどの人がそこにはいるようでした。

 でも、そこにいた人は半数ほどでほぼ女性で占められており、残りは奇妙な性別も不明の多種多様な生き物のような存在だったのです。

 

「女性は全員魔法少女で、奇妙な生き物に見えるあれらは全て使い魔だよ」


 澄空さんに言われて、あらためて観察します。

 確かに女性は皆、魔法少女の衣装と言われれば納得できるような独特なものが多く見受けられます。

 そして使い魔の方は、猫、ペンギン、オウム、犬、ネズミなど他にも見たことの無いような様々な個性で溢れていました。

 人間の男性……は澄空さんだけです。


(ハズレを引かされました……)


 私も可愛いワンちゃんが良かったです。

 チラと横目で見ると、澄空さんはそんな私の心情など知らぬが仏と、ドヤ顔で説明を続けます。


「僕はフリーランスの魔法使いでね。使い魔の大半は魔法少女連盟とか自由正義協同組合とか結社マジカルガールみたいなところに属している。まあ、大元の魔法協会と魔法少女管理機構には登録だけはしているから、モグリではないけどね。今回はその魔法協会主催のイベントだよ。結構多方面から多くの魔法少女が集まるから、貴重な機会なんだよ」


 しばらくすると、正面のステージにスポットライトが当たり、周囲が騒がしくなります。


「お、始まったね」


 ……。

 ……。

 ……。


(な、何ですか……コレ?)


 一言で言うなら、サバトです。

 そう、まさに魔女の狂宴でした。

 スポンサーと称する上流階級っぽい人達による、功績を上げた魔法少女への表彰式までは、まだマトモだったように思えます。

 悪の首領や幹部の処刑の実行に始まり、捕らえられた悪魔や改造魔法生物のオークションなど正義とは程遠いと思えるほどの醜くもおぞましい饗宴でした。


「今回壊滅した悪の組織の資産は相当なものだったようだね。組織の壊滅に貢献した魔法少女には相当な報酬が支払われるはずだよ」


 オークションの売却益もそう、所属する組織に半分は取られるが、残り半分は手に入れた魔法少女とその使い魔のものとなる。

 SNSに書かれていた高額報酬とはこのことだと説明されて、私は気が遠くなりそうになりました。

 ホワイトですか? 正義の味方ですか?

 そんなレベルなど超越している事象を目の当たりにしました。

 魔法協会等による組織的隠ぺい、個人的な魔法による事実の歪曲や証拠隠滅。

 なるほど、現実世界では証拠どころか事実ですらないこととされ、犯罪立証されず シロということなのでしょう。

 そして、正義とは相対的なもの、相手を悪と認定すればこちらは正義なのです。


「あ、さすがに銀行振り込みはいろいろ面倒だから、バイト代は現金で渡すからね」


 資金洗浄(マネーロンダリング)と言う言葉が頭に浮かびます。

 ブラックもブラック、深遠の底のさらに黒い底なし沼に沈み込むかのような真っ黒な世界でした。


「じゃあ、早速だけど今夜から早速働いてもらうよ。夜は悪い奴らが闊歩する時間だからね。」

 

 では、夜に活動する私たちは悪い奴らでないと……?

 澄空星夜さんの手が肩に乗ってきます。

 私はその手を振り払う気力もなく、もう逃げられない絶望にただただ打ちひしがれていたのでした。




 それから数カ月がたちました。

 人間、慣れとは怖いものです

 私は魔法少女としてのバイトを着々とこなしていました。

 いえ、もうバイトではないです。

 フリーランスの魔法少女として独立した存在となり、ひとかどの名前が知られた存在となっていました。


「さて、今夜は麻薬密売組織の壊滅だ」

「そう、さぞかし悪銭を稼いだのでしょうね」

「みたいだね。だけど、僕はお金にはそれほど興味はない」

「星夜さんならそうでしょうね。では麻薬の方かしら?」

「そうなんだよ芙蘭、いや僕自身は麻薬そのものに興味はないよ。あるのは麻薬中毒患者の方だ」


 麻薬中毒患者が見る幻覚の世界。

 大抵は取るに足らないものであるけど、時には芸術とも見まがうほどの美しい世界であったり、地獄と見まがうほどのおぞましい世界であったりするという。

 それらを魔法で具象化する。

 ああ、そんな世界がこの世の顕現したらと思うと楽しくて仕方ないよ。


(そんなことを言っていましたけど、相変わらず、精神のタガが外れた人ですね……)


 そういう私も人のことを言えないかも知れないですけど……。

 正義の基準は人それぞれ、だけど麻薬に苦しむ人達を少しでも救い、当然のことながら対価を得られるのは魅力だと思います。

 少なくとも私的基準では間違っていないと思いました。


(ああ、楽しいです!)


 正しいことをして、お金を稼げて、それだけじゃない! 

 地味な自分がこんなにも華やかで可愛い姿になっているのです。

 最初は戸惑うことも多かったけど、今は充実感でいっぱいでした。


「どうする?」

「全員眠らせて生け捕りにしましょう」

「そうだね。生きていれば実験材料にもなるし」

「オークションでお金にもなりますしね」


 うふふ、あははと夜の空に私達の笑い声が響き渡りました。



 END


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――※この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

 ※現実世界において破格の高額報酬をうたったアルバイトは、全て犯罪に加担させられると思ってください。

 ※簡単な気持ちで応募して人生を棒に振ることの無いようお願いします。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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魔法少女はホワイト案件? にしき斎 @nishikisai

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