魔法少女はホワイト案件? (中編)
「はっ!?」
気が付くとそこは見慣れた景色、六畳一間の自分の住んでいるアパートの一室でした。
あれ?
私は大学に向かっていたはずで、途中で……。
「……夢、だったのですね」
夢というか悪夢を見たようです。
トレンチコートを前開き、その下は女性の下着のみと言う変態との遭遇の夢でした。
ああ良かった、あんなことが現実に起きていたらと思うとぞっとします。
「やあ、目が覚めたようだね」
びっくりして、声のした方を振り返ります。
部屋の隅、そこにはちょこんと正座をしているトレンチコートのあの男がいました。
(夢じゃなかったですぅ!?)
あれ、現実ですか!?
まだ夢の続きを見ているのではないかと疑いましたが、頬をつねっても目が覚める気配がありません。
「あ、あなた誰ですか!? 一体どうやってこの部屋に……」
言いさして、私は気付きます。
確か、私はショックで頭が真っ白になって……おそらく失神したのでしょう。
それをこの変態さんが、ここまで運んだということですか?
出会った場所は、アパートからそう遠くない距離とはいえ、初対面の人がたどり着けるほど近くはありません。
この人、どうやって私の部屋を知ったのでしょう。
いや、そもそも私は意識を失って寝ていました。
この場所にはふたりきり、変態を前にして私は無防備な姿をさらしていたのです。
ぞっとするどころか、私はガタガタと恐怖で震え全身鳥肌が立っていました。
「僕の名は、澄空 星夜(すみそら せいや)。澄み渡った夜空の星みたいな人たれと、僕の両親が名付けてくれたんだ。あと、君が気を失っていたから家まで運ばせてもらったよ。あ、大丈夫だよ、変なことはしてないから」
変なことはしてないって……全然信用できるわけないじゃないですか。
そもそも存在自体が変なのです。
それにしても澄空星夜さん、名前負けしてます……。
私も人のこと言えませんけど、この人の名前と外見のイメージ絶対合ってないません。
星も出ていない夜の暗い道、薄明るい街頭の下でトレンチコートを前開きにする変態を思わず想像してしまいました。
「あ、その顔は信用してないね。大丈夫、僕は童貞だから」
「……は?」
この
見た目の頭髪の薄さと中年太りの様子を見る限り、どう見ても三十代半ばは過ぎていると見受けられます。
それが童貞、確かに女性にモテなさそうな容姿をしていました。
そして明らかなる変態、姿もさることながら言動もです。
だからこそ、余計に不安になりました。
モテないからこそ、私のような地味女でも良いと、強攻策に打って出る可能性は高いのではないのだろうかと思ったのです。
「私に手を出していない、それを証明できますか?」
「うん、じゃあ証拠を見せるよ」
右手のひとさし指を立てると、そこにポッと灯がともります。
それだけではありません。
なんと正座した姿勢のまま、三十センチくらいでしょうか、ふわりと浮かんで静止したのです。
まるで魔法を使ったかのような……。
「キモイです」
思わず声に出てしまいました。
だって仕方ないじゃないですか。
トレンチコート(中は女性の下着)の中年男が指先に火をともしたまま正座して浮いている。
何ともシュールな光景と言うか、はっきり言えば気持ち悪いの一言です。
「いや、はっきり言われるとキツイなあ」
「あ、ごめんなさい」
確かに、さすがに失礼でした。
容姿を
それが、どんなに心を傷つけられることかも十分承知していました。
でも
「ああ、いいっていいって。僕も容姿については自覚しているから。ところで理解してくれたかな?」
「いえ、それでも悪かったと思っていますから、ごめんなさいです。ところで、理解ってどういうことでしょうか?」
「だからさ、僕が君に手を出していないという証明だよ」
私が、分からないと首をかしげていると、
澄空星夜は魔法使いである。
三十歳を過ぎるまで童貞でいると魔法使いになれる。
そして、童貞を失うと魔法使いとしての資格も失う。
なので、澄空星夜は魔法使いの資格を失っていないので、私には手を出していない。
以上、証明終了。
確かに一見、理屈は通っているかのように思えます。
ですが、それって証明になっているのでしょうか?
そもそも三十歳童貞の魔法使いの話って、ネタ話で聞いたことがあります。
いや、確かに魔法みたいなもの使っていて、指に火をともしたり正座のまま浮いたりは出来ないでしょうけど……。
「信じてくれたかな?」
「いや、えーと……はい……です」
とりあえず信じてみることにしました。
確かに、この澄空さんは紛れもない変態だとは思っています。
でもこの短い時間で話をした限りでは、悪い人ではなさそうだと感じました。
しゃべり口が柔らかなのと、先程キモイと言ったことに対してもです。
ちょっと傷ついた表情をみせたものの、怒ったりせずに優しく許してくれましたから……。
いえ、心を許したわけではありません。
ただ、この変態に身を汚されたとか信じたくないのも含めての、総合的判断ということで……。
「私に手を出していないというのは、ひとまず信じます。ところで、失神した私を運んだのは澄空さんですよね?」
「うん、そうだよ」
「どうやって、私の住んでいる場所を知ったのですか? あと家の鍵は……ああ、私が持っているのを使ったのですね」
「だって、僕は魔法使いだからね。鍵も魔法でちょちょいのチョイさ」
ドヤ顔でウインクする
「それではお帰りください」
「え、何で?」
「何でって……失神した私を自宅まで送ってくださったのですよね?」
そう、一応安全そうな確認はとれたとはいえ、
得体のしれない男を、ひとり暮らしの女性の家にいつまでも置いておくことは出来ません。
「送っていただいたことは感謝します。ありがとうございました。ということで用は済んだはずです。」
「いや、用は済んでないよ。むしろ送ったのがついでで、本題は別にあるのだからね」
「私の方は用はありません。ということで、お引き取り下さい」
「え? だって君の方から、これに応募してきたんだよ」
さも不思議そうに言う
コートのポケットからスマホを取り出すと、サッと操作して私にその画面を見せてきました。
「あっ、これは昨日の!」
そこには、魔法少女のバイト募集のSNS、私がそれにDMをしたメッセージ画面が表示されていたのです。
「条件審査の結果、君は合格だよ、佐藤芙蘭さん」
そして画面が切り替えられ、審査結果とタイトルが書かれたものが表示されます。
それに目を通して、私は血の気が引く思いがしました。
(私の個人情報が丸裸ににされてますぅ!?)
住所、氏名、年齢、携帯番号、出身小中高から現在通っている大学名を皮切りに私のプロフィールが、実家のことも家族構成から両親の職業まで事細かに記されていました。
それだけに及ばず、初恋の相手や初潮が来た年齢、果てはお風呂に入ったらどこから洗うのかまで……。
何という……私の人権、プライバシーの侵害です!
そもそも昨日の今日ですよ、どうやって調べたのでしょう?
それに、これって必要な情報なのですか!?
「ああ、そうか。最初にこれを見せればよかったんだね。魔法でも使わなければ一日でここまで調べることは出来ないからね」
「ま、魔法で!?」
「そうだよ。僕はこう見えても偉大なる魔法使いだからね。ああ、今日から君の使い魔(法使い)という形で一緒に住まわせてもらうからよろしくね」
一緒に住むですって!?
何言っているんですか、この
そこで、はたと思い出す。
「ひとり暮らしの方にうってつけのお仕事ですって……」
「うん、そうだよ。魔法と言う存在は本来秘すべきものだからね。魔法使いや魔法少女も当然そのくくりに入る。だから、同居人が他にいないひとり暮らしの人間はうってつけなのさ」
そして、ほら魔法で記憶改ざんするのとか結構大変なんだよ脳への悪影響とか懸念されるしね、とか付け加えてきやがりました。
この人はおそらく倫理的側面が欠如しています。
私はそう感じました。
大抵の人は、他人の記憶(脳)をいじることに対する嫌悪感のようなものを感じます。
でも、この
単純に記憶改ざんの技術的難しさを、魔法の研究者然として語っている感じでした。
先程、この
確かに悪い人ではなさそうですけど、ヤバい人でした。
トレンチコートの下に女性の下着を着けた男性、その時点で相当なものです。
さらに、私のプライバシー情報を、執拗なまでに微に入り細に入り調べていることもそうでした。
そして、先程の発言でトドメと言えるでしょう。
多分、サイコパスという分類に入るのではないでしょうか?
この変態なサイコパスさんと一緒に住む?
(無理無理無理無理無理無理無理無理ですぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーー!!!!!!!!)
これはマズいです。
ホワイト案件なんてとんでもない。
深淵の闇の底とも思える程の、まさにブラック案件です。
「あの、応募の件ですけど、やっぱり辞退します」
「なんだって? もうフラグが既に立っているんだよ。今更なかったことにはできないからね」
「ふ、フラグって何ですか?」
「勿論、君と僕との出会いのことさ。街角で衝撃的な
「イベントって……昨日のDM返信にあったイベントってあのことだったのですか!?」
「あのイベントはね、運命というフラグを立てる魔法なのさ。君と僕はその衝撃的出会いにより、魔法契約を成立させたんだ。それによって君は魔法少女に、僕はその使い魔(法使い)になったということだね」
確かにあれは衝撃的な出会いだったのは認めます。
物理的にも、精神的にも……あまりに衝撃的すぎて思わず失神してしまうほどでした。
でも、決して喜ばしい出会い方ではなかったのは断言できます。
そんなので契約が成立するなんて納得できません。
「そうです、その契約はクーリングオフとかできないでしょうか?」
「運命を伴った魔法契約にクーリングオフなんてあると思うかい?」
「ですよね……」
ああ、やっぱりです。
この澄空さんが、変態且つサイコパスだということが判明しつつある昨今。
そのフラグとかいうのも、彼の独特な世界観と発想から生じたロクでもないものだと理解出来て、私はもう逃げられないと悟ったのでした。
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